Valveは2025年11月12日、2026年発売予定の新型ハードウェア「Steam Machine」を発表した。リビングルーム向けの据え置き型ゲーム機で、AMD Zen 4 CPU(6コア/12スレッド、最大4.8GHz)とAMD RDNA3 GPU(28 compute unit(コンピュート・ユニット)、2.45GHz)を搭載し、Steam Deckの6倍以上の性能を実現する。
メモリは16GB DDR5と8GB GDDR6 VRAM、ストレージは512GBと2TBの2モデルを用意。4K 60FPSでのゲームプレイ、レイトレーシング、FSRに対応する。OSはSteamOSを採用し、DisplayPort 1.4(最大4K@240Hzまたは8K@60Hz)とHDMI 2.0(最大4K@120Hz)を搭載。同時に発表されたSteam ControllerとSteam Frameとともに、Valveのハードウェアエコシステムをさらに拡充する。
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Valve’s new Steam Machine finally brings PC power to the couch
【編集部解説】
今回のSteam Machine発表が注目に値するのは、Valveが過去の失敗から得た教訓を活かした戦略転換を示している点です。2015年に発売された初代Steam Machineは、未完成のSteamOSと限定的なゲーム対応、そして複数のOEMパートナーに製造を任せる分散型アプローチが災いし、市場から姿を消しました。当時のSteamOSはLinux上のゲーム互換性が著しく低く、多くのタイトルでパフォーマンス低下が見られたのです。
しかし、Steam Deckの成功が状況を一変させました。2022年2月の発売以来、数百万台を販売したSteam Deckは、Proton compatibility layer(プロトン互換性レイヤー)の開発により、Windowsゲームをほぼネイティブに近い性能で動作させることに成功しています。この技術的ブレークスルーが、今回の新型Steam Machine実現の基盤となりました。
市場環境も大きく変化しています。グローバルのゲームコンソール市場は2025年に294億ドル、2035年には634億ドルに成長すると予測されており、特にハイブリッド型コンソール分野が最も高い成長率を示しています。リビングルームでのゲーム体験とポータブル性を両立させるニーズが高まる中、Valveは据え置き型とハンドヘルド型の両方を提供することで、包括的なエコシステムを構築しようとしているのです。
技術面では、AMD RDNA3アーキテクチャの採用により、4K解像度でのレイトレーシングやFSRといった最新技術に対応できる点が重要です。これにより、PlayStation 5やXbox Series Xといった既存コンソールと同等の視覚体験を提供できる可能性があります。また、DisplayPort 1.4による8K@60Hz対応は、将来的な高解像度ディスプレイの普及を見据えた仕様と言えるでしょう。
長期的視点では、ValveがSteamOSを他社製ハンドヘルドにライセンス供与する戦略が、Android型のオープンエコシステムを形成する可能性を秘めています。Lenovo Legion Go SなどがすでにSteamOSを採用しており、ハードウェアメーカーにとってValveのエコシステムは魅力的な選択肢となりつつあります。これは、Sony、Microsoft、Nintendoが築いてきた垂直統合型のビジネスモデルに対する挑戦とも言えるでしょう。
画像提供 Valve
【用語解説】
SteamOS
ValveがLinuxベースで開発したゲーム専用OS。Proton互換性レイヤーによりWindows専用ゲームをLinux上で動作させることができ、プラグアンドプレイの使いやすさを重視している。
AMD RDNA3
AMDが2022年に発表したGPUマイクロアーキテクチャ。チップレット構造を採用し、Graphics Compute Die(GCD)とMemory Cache Dies(MCDs)を組み合わせることで高性能と電力効率を両立させている。
Compute Unit(コンピュート・ユニット)
AMDのGPUアーキテクチャにおける演算処理の基本単位。複数のシェーダーコアやキャッシュメモリで構成され、並列処理によりグラフィック描画や汎用計算を実行する。
Proton
ValveがWineをベースに開発した互換性レイヤー。Windows専用ゲームをLinux環境で動作させるための技術で、Steam DeckやSteamOSの成功の鍵となっている。
FSR(FidelityFX Super Resolution)
AMDが開発した画像アップスケーリング技術。低解像度でレンダリングした画像を高品質に拡大することで、フレームレートを向上させながら視覚的品質を維持する。
AMD Zen 4
AMDが2022年に発表したx86-64 CPUマイクロアーキテクチャ。5nmプロセスを採用し、AVX-512命令セットのサポートや5GHz超のクロック速度を実現した。
レイトレーシング
光線の物理的な挙動をシミュレートすることで、リアルな反射、屈折、影を描画する3Dグラフィックス技術。従来の手法より計算負荷が高いが、写実的な映像表現が可能になる。
【参考リンク】
Steam Machine公式ページ(外部)
Valveが運営するSteam Machineの製品ページ。スペック詳細、価格情報、予約開始時期などの最新情報が掲載される。
Steam Hardware(外部)
ValveのハードウェアラインナップであるSteam Deck、Steam Machine、Steam Frame、Steam Controllerの全製品情報を掲載。
AMD FidelityFX Super Resolution(外部)
AMDが提供するFSR技術の公式ページ。アップスケーリング技術の仕組み、対応ゲーム一覧、開発者向けSDKなどが提供されている。
Proton GitHub(外部)
Valveがオープンソースとして公開しているProtonの開発リポジトリ。技術仕様、開発履歴、コミュニティによる貢献などが閲覧できる。
【参考記事】
Valve announces three new Steam Hardware devices(外部)
Steam Machine、Steam Controller、Steam Frameの詳細スペックを表形式で掲載。Gabe NewellのコメントやSteam Deckとの比較情報も含む技術的に詳細な発表記事。
What happened to Steam Machines?(外部)
2014年に発表された初代Steam Machineの失敗要因を分析。OEMパートナー戦略の問題点、SteamOSの未成熟さ、限定的なゲーム対応などを詳細に解説している。
Gaming Console Market Size & Share | Industry Report, 2033(外部)
グローバルゲームコンソール市場の現状と将来予測。2025年の市場規模294億ドルから2035年には634億ドルに成長すると予測し、ハイブリッド型コンソールの成長率が最も高いと分析。
Microbenchmarking AMD’s RDNA 3 Graphics Architecture(外部)
RDNA 3アーキテクチャの技術的詳細をマイクロベンチマークで分析。Compute UnitのWGP構成、LDSの構造、クロック速度の最適化などを解説している。
AMD’s Zen 4 Part 1: Frontend and Execution Engine(外部)
Zen 4マイクロアーキテクチャの詳細な技術解析。AVX-512命令セットのサポート、フロントエンドの改良、実行エンジンの性能向上などを深く掘り下げている。
Valve finally updates its Deck Verified program(外部)
Deck Verified プログラムの最新アップデート情報。SteamOS互換性評価の導入により、Steam Deck以外のハードウェアでも動作保証を確認できるようになった経緯を報告。
What Are Valve Company’s Growth Strategies and Future Plans(外部)
Valveのビジネスモデルと成長戦略を分析。ハードウェアエコシステムの拡大、SteamOSのライセンス戦略、コンテンツ配信プラットフォームとしての競争優位性を解説している。
【編集部後記】
Valveが10年越しのリベンジに挑む背景には、Proton互換性レイヤーの成熟という技術的な自信と、Steam Deckで証明したエコシステム戦略の有効性があります。注目すべきは、同等スペックのゲーミングPCと比較した際のコストパフォーマンスです。AMD Zen 4とRDNA3を搭載し、4K 60FPSでレイトレーシングに対応するゲーミングPCを自作すれば、GPUだけで10万円以上、総額では20万円を超えることも珍しくありません。
Steam Machineがもし10万円前後で提供されれば、リビングルームに最適化された小型筐体と完成されたソフトウェア環境を含めて圧倒的なコストメリットを提供できます。SteamOSを他社にライセンス供与する戦略は、Androidのような成功を収めるのか、それともWindowsに対抗できずにニッチな選択肢に留まるのか。PCゲーミング市場の新たな選択肢として、歴史的な転換点を目撃しているのかもしれません。

























