OpenAIは2025年8月、オープンウェイト言語モデルgpt-oss-120bとgpt-oss-20bをApache 2.0ライセンスでリリースした。
これらはインターネット接続なしでローカル実行が可能で、gpt-oss-20bは16GBのメモリで動作する。シアトルのスタートアップEdgeRunner AIは、gpt-oss-20bをベースに軍事タスクに特化したEdgeRunner 20Bを開発した。
同モデルは軍事文書とウェブサイトから精選された160万件のレコードで訓練され、戦闘兵科、戦闘衛生兵、サイバー作戦、一般軍事知識の4つのテストセットで評価された。
EdgeRunner AIは2025年5月にシリーズAで1,200万ドルを調達し、総資金調達額は1,750万ドルに達した。
同社は米陸軍戦闘能力開発司令部陸軍研究所と共同研究開発協定を締結している。
また、AI翻訳企業Liltは2024年12月、国防総省チーフデジタル・人工知能オフィスから数百万ドル規模の契約を獲得した。
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Introducing gpt-oss | OpenAI
【編集部解説】
OpenAIが2025年8月にリリースしたオープンウェイトモデルgpt-oss-120bとgpt-oss-20bは、AI業界における重要な転換点を示しています。これまで「ClosedAI」と揶揄されることもあったOpenAIが、6年ぶりにオープンモデルをリリースした背景には、中国のQwenやDeepSeekといったオープンモデルの台頭と、米国の国家安全保障上の懸念があります。
最も注目すべきは、これらのモデルが軍事利用を前提に設計されている点です。gpt-ossはインターネット接続を必要とせず、ローカル環境で動作するため、機密情報を扱う軍事・防衛分野での利用が可能になりました。特にgpt-oss-20bは16GBのメモリで動作し、ノートPCやエッジデバイスでも実行できる軽量性を実現しています。
軍事特化型AIの最前線では、EdgeRunner AIが象徴的な存在です。同社が開発したEdgeRunner 20Bは、gpt-oss-20bをベースに160万件の軍事文書で追加訓練され、戦闘兵科、戦闘衛生兵、サイバー作戦、一般軍事知識の4分野でGPT-5と同等以上の性能を実証しました。これは「エッジで動作する小型モデルが、クラウドベースの大型モデルと同等の性能を発揮できる」という技術的ブレークスルーを意味します。
EdgeRunner AIのCEOであるTyler Saltsmanは元陸軍将校で、AWSとStability AIでスーパーコンピュート責任者を務めた経歴を持ちます。同社は2024年6月に550万ドル、2025年5月に1,200万ドルを調達し、わずか1年で総額1,750万ドルの資金を獲得しました。投資家にはMadrona Ventures、HP Tech Ventures、Four Rivers Groupが名を連ね、米陸軍戦闘能力開発司令部とCRADA(共同研究開発協定)を締結しています。
一方、AI翻訳分野ではLiltが国防総省CDAO(チーフデジタル・人工知能オフィス)から数百万ドル規模の契約を獲得しました。国防総省が扱うデータの約半分は英語以外の言語で書かれており、その量は指数関数的に増加しています。国防言語研究所での完全な言語習熟には8年かかりますが、典型的な入隊期間は5年しかありません。この人材不足をAIで補うことが、Liltの契約の核心です。
しかし、業界関係者の評価は分かれています。Liltによれば、gpt-ossモデルはテキストのみの処理に限定され、軍が必要とする画像や音声には対応していません。また、一部の言語での性能や、限られた計算能力での動作に課題があるとされています。Vector 35やEdgeRunner AIなど、gpt-ossを統合した企業は好意的な評価をしていますが、実際にペンタゴンのプロジェクトでデモ段階を超えたものはまだないようです。
オープンソースモデルの軍事利用には、明確な利点と欠点があります。利点としては、即座の応答が必要な状況やインターネット干渉が懸念される場合(ドローンや衛星のAIシステムなど)での使用が挙げられます。Georgetown大学のKyle Millerは「オープンソースAIモデルは、クローズドモデルでは単純に利用できないアクセシビリティ、制御、カスタマイズ性、プライバシーの程度を軍に提供する」と指摘しています。
一方、Ask Sageの創業者Nicolas Chaillanは、オープンソースモデルの深刻な欠点を指摘します。最良の商用モデルと比較してハルシネーション(誤った情報の生成)が多く、大規模モデルを実行するインフラコストが、クラウド経由の商用モデルライセンスと同等かそれ以上になる可能性があると警告しています。
この動きの背景には、OpenAIの大きな方針転換があります。同社は2024年1月まで「軍事と戦争」への技術使用を明確に禁止していましたが、その制限を撤廃し、2025年6月には国防総省から最大2億ドルの契約を獲得しました。Doug Matty(ペンタゴンのChief Digital and AI Officer、トランプ政権が「Department of War」と呼ぶ組織)は、生成AIを戦場システムとバックオフィス機能の両方に統合する計画を明らかにしています。
OpenAIにとって、オープンモデルの提供は戦略的に複数のメリットがあります。アクセスの容易さが専門家コミュニティを拡大し、正式な顧客登録が不要なため、軍事などの物議を醸す可能性のある顧客から批判を避けることができます。
技術面では、gpt-ossモデルは混合専門家(MoE)アプローチを採用しています。gpt-oss-120bは合計128の専門家を含みますが、各トークンでは4つしか活性化せず、実際のアクティブパラメータは51億にとどまります。これにより、大規模な性能を維持しながら、効率的な推論を実現しています。
今後の展望として、EdgeRunner AIは2025年11月から米陸軍と空軍でEdgeRunner 20Bのテストを開始する予定です。同社はこれを「戦闘員のアイアンマンに対するJ.A.R.V.I.S.」と位置づけており、最も必要とする人々から始めるアプローチを取っています。
この流れは、AI技術の民主化と国家安全保障の交差点を示しています。中国のオープンモデル優位に対抗し、「民主的なAIレール」を構築するという地政学的な文脈の中で、OpenAIのオープンウェイトモデルは技術革新と国家戦略の融合として位置づけられています。今後、他のAI企業も追随する可能性が高く、軍事AI分野での競争はさらに激化するでしょう。
【用語解説】
オープンウェイトモデル(Open-Weight Model)
訓練済みニューラルネットワークの最終的な重み(パラメータ)を公開したAIモデル。ユーザーは自分のハードウェアで実行、カスタマイズ、ファインチューニングが可能だが、訓練データや訓練プロセスの詳細は必ずしも公開されない。
エアギャップ(Air-Gapped)
インターネットや他のネットワークから物理的に隔離されたコンピュータシステムのこと。軍事や機密情報を扱う環境では、セキュリティ確保のため意図的にネットワークから切り離して運用される。
MoE(混合専門家、Mixture of Experts)
AIモデルの訓練・推論手法の一つ。モデルを複数の専門家(サブネットワーク)に分割し、各タスクでは一部の専門家のみを活性化させることで、効率的な処理を実現する。
CRADA(Cooperative Research and Development Agreement)
共同研究開発協定。米国連邦政府機関と民間企業が共同で研究開発を行うための契約形態。
CDAO(Chief Digital and Artificial Intelligence Office)
国防総省チーフデジタル・人工知能オフィス。2022年に設立された米国防総省のAI・データ分析戦略を統括する組織。
ファインチューニング(Fine-tuning)
既存の訓練済みAIモデルを特定のタスクやドメインに特化させるため、追加のデータで再訓練すること。
RAG(Retrieval Augmented Generation)
検索拡張生成。外部データベースから関連情報を検索し、その情報をもとにAIが回答を生成する技術。
エッジデバイス(Edge Device)
クラウドではなく、ネットワークの端(エッジ)に位置するデバイス上でデータ処理を行うコンピューティング手法。
Apache 2.0ライセンス
オープンソースソフトウェアのライセンスの一つ。商用利用、修正、再配布が自由に認められる寛容なライセンス形態。
DDIL環境(Denied, Disrupted, Intermittent, and Limited)
拒否、妨害、断続、制限された環境。通信が制限または遮断される可能性がある軍事作戦環境を指す。
【参考リンク】
OpenAI公式サイト(外部)
ChatGPTを開発したAI研究企業。gpt-oss-120bとgpt-oss-20bのオープンウェイトモデルを2025年8月にリリース
EdgeRunner AI公式サイト(外部)
軍事向けエアギャップ・オンデバイスAIエージェントを開発するシアトル拠点のスタートアップ。元陸軍将校が創業
Lilt公式サイト(外部)
AI駆動の翻訳およびコンテンツ作成プラットフォームを提供する企業。国防総省CDAOから数百万ドル契約を獲得
OpenAI gpt-ossモデルページ(外部)
OpenAIのオープンウェイトモデルgpt-oss-120bとgpt-oss-20bの公式情報ページ。Hugging Faceからダウンロード可能
Hugging Face – gpt-oss(外部)
OpenAIのオープンウェイトモデルをダウンロード可能なコミュニティハブ。使用例や推論も提供される
米国防総省CDAO公式サイト(外部)
国防総省のチーフデジタル・人工知能オフィス。AI戦略と実装を統括し、軍全体でのAI採用を推進
【参考記事】
EdgeRunner 20B: Military Task Parity with GPT-5 while Running on the Edge(外部)
EdgeRunner AIが発表した論文。gpt-oss-20bをベースにした軍事特化モデルがGPT-5と同等の性能を達成
Seattle startup Edgerunner AI raises $12M to help military use AI(外部)
EdgeRunner AIのシリーズA資金調達とビジネスモデルを詳細に報じた記事。創業者の経歴と技術的アプローチを解説
EdgeRunner Raises $17.5M to Develop Air-Gapped AI for the Warfighter(外部)
EdgeRunner AIの総資金調達額と米陸軍研究所とのCRADA締結について報じたプレスリリース
LILT Receives Award to Address Intelligence and Foreign Language Challenges(外部)
Liltが国防総省CDAOから契約を獲得し、軍の外国語翻訳課題に取り組むことを発表したプレスリリース
OpenAI has finally released open-weight language models(外部)
MIT Technology ReviewによるOpenAIのオープンウェイトモデルリリースの分析記事。中国モデルへの対抗という地政学的文脈を解説
OpenAI wins $200 million U.S. defense contract(外部)
OpenAIが国防総省から2億ドルの契約を獲得したことを報じたCNBCの記事。OpenAI for Governmentイニシアチブの詳細を掲載
Former Army AI leader tapped as Pentagon’s next CDAO(外部)
Doug MattyがペンタゴンのChief Digital and AI Officerに任命されたことを報じた記事。経歴と今後の方針を解説
【編集部後記】
OpenAIのオープンモデルが軍事利用されるという展開は、AI技術の民主化がどこへ向かうのかを考えさせられます。インターネットから切り離された環境で動作するAIは、軍事だけでなく、医療や金融など機密性の高い分野でも需要が高まるでしょう。一方で、技術の透明性と国家安全保障のバランスは今後ますます重要な課題となります。EdgeRunner AIのような軍事特化型スタートアップが急成長する中、私たちは「誰のためのAI」なのかという根本的な問いに向き合う必要があるのかもしれません。皆さんはこの技術の発展をどう捉えますか。オープンであることの意味が、改めて問われている気がします。

























