オランダ南部のアイントホーフェン空港で11月22日土曜日、複数のドローンが目撃され、航空交通が数時間停止した。
ルーベン・ブレケルマンス国防大臣によると、交通は午後11時頃(GMT22:00)に再開された。アイントホーフェンは民間と軍事の両用空港で、全種類の航空交通が停止された。ドローンの出所は不明である。
別の事案として、11月21日金曜日の午後7時から9時の間(GMT18:00から20:00)、オランダ東部のフォルケル空軍基地上空でドローンが報告され、オランダ軍が地上配備武器で発砲したが、ドローンは離脱し残骸は回収されなかった。
この事件は欧州各地で相次ぐドローン侵入の一環である。9月には20機以上のロシアドローンがポーランド領空に侵入し、3機のロシア軍用ジェット機がエストニア領空を12分間侵犯した。
ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長はこれらの侵入を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。
From:
Air traffic suspended at Netherlands airport after drone sightings | Al Jazeera
【編集部解説】
オランダで起きた一連のドローン目撃事件は、単なる局所的なセキュリティ問題ではありません。これは欧州全域で進行する、より大きな地政学的変化の一部です。
11月22日土曜日にアイントホーフェン空港で発生した事案の背後には、見逃せない文脈があります。その前日の11月21日、オランダ東部のフォルケル空軍基地でもドローンが目撃され、オランダ軍が地上配備武器で発砲しています。このフォルケル空軍基地は、単なる軍事施設ではありません。推定10-20発の米国製B61核爆弾を保管するNATOの核共有協定における重要拠点であり、2024年6月からはオランダのF-35Aステルス戦闘機が核攻撃任務を担っています。欧州で核兵器を保管する数少ない基地の一つが、正体不明のドローンの標的になったという事実は、極めて重大です。
この事案は孤立した事件ではありません。2025年9月以降、欧州全域でドローン侵入が急増しています。9月には20機以上のロシアドローンがポーランド領空に侵入し、3機のロシア軍用ジェット機がエストニア領空を12分間侵犯しました。その後、デンマーク、ノルウェー、ベルギー、ドイツでも同様の事案が相次いでいます。特にベルギーでは、米国の戦術核兵器を保管していると広く信じられているクライネ・ブローゲル空軍基地上空でもドローンが飛行し、11月4日には200件ものドローン関連事案が報告されました。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、これらの侵入を「ハイブリッド戦争」と呼んでいます。これは従来の軍事力と非従来型の戦術を組み合わせた新しい形態の紛争です。正体不明のドローンは、物理的な破壊をもたらさなくても、空港の閉鎖を強制し、軍事施設の脆弱性を探り、社会に不安を広げることができます。
NATOは9月12日、「イースタン・セントリー」作戦を発表しました。これはポーランド領空侵犯を受けて、東側国境での防空能力を強化する取り組みです。デンマークはF-16戦闘機2機と対空戦フリゲート艦、フランスはラファール戦闘機3機、ドイツはユーロファイター4機を派遣しました。しかし、この対応には根本的なジレンマがあります。
それは、コストの非対称性という問題です。数千ドルで製造できる商用ドローンを迎撃するために、数百万ドルのミサイルや戦闘機を使用するのは、経済的に持続不可能です。2025年1月時点で、米国海軍は紅海でのフーシ派の攻撃を撃退するために200発以上のミサイルを発射しており、その総コストは数億ドルに達しています。1発210万ドルのSM-2ミサイルで数千ドルのドローンを撃墜する構図は、防御側に圧倒的に不利です。
この課題に対し、欧州各国は新しいアプローチを模索しています。EUは東側国境に「ドローンウォール」を構築する計画を進めており、2026年に実装を開始し、2028年末までに完全な機能を実現する予定です。また、英国が開発するドラゴンファイア・レーザーシステムは、1発あたりわずか13ドルのコストで空中目標を撃墜できると主張しています。デンマークのMyDefenceやポーランド、ルーマニアに配備されている米国製Meropsシステムなど、AI駆動の比較的安価なカウンタードローン技術も展開されています。
しかし、技術開発は時間との戦いでもあります。ウクライナは2025年に450万機のFPVドローンを購入する計画を発表しており、ドローン戦争の規模は指数関数的に拡大しています。防御側の技術が今日有効でも、3ヶ月後には陳腐化する可能性があります。攻撃側のドローンは高速化し、電子妨害に強い光ファイバー接続を使用するなど、進化を続けています。
この状況は、安全保障の本質的な変化を示唆しています。従来の戦争は、国家間の正規軍による明確な戦闘行為でした。しかしハイブリッド戦争では、誰が攻撃者かさえ明確ではありません。オランダのドローンの出所は依然として不明です。これは意図的な曖昧さであり、責任を回避しながら相手を試す戦術です。
長期的な視点では、この危機は欧州の戦略的自律性を加速させる可能性があります。欧州各国は、米国への依存を減らし、独自の防衛技術とサプライチェーンを構築しようとしています。ドイツのフリードリヒ・メルツ新首相は防衛を国家優先事項とし、軍事支出の制限を撤廃しました。欧州防衛基金は共同研究開発に資金を提供し、すでにEurodroneプロジェクトに1億ユーロ、さらに1億ユーロの追加資金が計画されています。
オランダのアイントホーフェン空港とフォルケル空軍基地での事案は、より大きな物語の一章に過ぎません。それは、戦争の性質が根本的に変化しつつあり、安価で入手しやすい技術が従来の軍事力のバランスを覆しているという物語です。この変化に適応できるかどうかが、今後の欧州の安全保障を左右することになるでしょう。
【用語解説】
ハイブリッド戦争
従来の軍事力と非従来型の戦術を組み合わせた新しい形態の紛争である。サイバー攻撃、偽情報の拡散、ドローン侵入、経済的圧力などを複合的に用いて、相手国の社会的・政治的安定を揺さぶる戦略を指す。正規軍による明確な武力行使ではないため、攻撃者の特定や対応が困難という特徴がある。
B61核爆弾
米国が開発した戦術核兵器で、航空機から投下される重力落下式の核爆弾である。冷戦時代から配備されており、現在はB61-12という改良型が使用されている。B61-12はGPSと慣性誘導により精度が向上し、威力を抑えつつ正確な攻撃が可能となった。
NATO核共有協定
核兵器を保有しないNATO加盟国が、米国の核兵器を自国領内に保管し、有事の際には自国の航空機で運用できるという取り決めである。現在、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコの5カ国が参加している。平時は米軍が管理するが、戦時には各国のパイロットが使用する二重鍵システムを採用している。
イースタン・セントリー作戦
2025年9月12日にNATOが発表した軍事作戦で、ロシアドローンのポーランド領空侵入を受けて開始された。NATO東側国境における防空能力を強化し、統合された航空・地上防衛システムと情報共有を通じて、ドローン侵入に対する抑止力を高めることを目的としている。
ドローンウォール
EUが東側国境沿いに構築を計画している大規模な防衛システムである。ノルウェーからポーランドまで約3000キロメートルにわたり、AI搭載偵察ドローン、地上センサー、移動式カウンタードローンプラットフォーム、衛星監視を統合した多層防御網を構築する。2026年に実装開始、2028年末までの完全稼働を目指している。
カウンタードローン技術
敵対的なドローンを検知、追跡、無力化するための技術の総称である。レーダーや光学センサーによる探知、電波妨害によるコントロール遮断、レーザーや指向性エネルギー兵器による物理的破壊、インターセプター・ドローンによる迎撃など、多様な手法が開発されている。コスト効率と有効性のバランスが課題となっている。
【参考リンク】
NATO公式サイト(外部)
北大西洋条約機構の公式サイト。イースタン・セントリー作戦の詳細や最新声明を提供
オランダ国防省(英語版)(外部)
フォルケル空軍基地やF-35の核任務移行に関する公式発表などを掲載している
欧州委員会(外部)
ドローンウォールやイースタン・フランク・ウォッチなどのEU防衛イニシアチブ情報
Royal Netherlands Air Force(外部)
オランダ王立空軍の公式サイト。F-35の運用状況や施設情報を掲載している
欧州議会シンクタンク(外部)
イースタン・フランク・ウォッチやドローンウォールに関する詳細な分析レポート
【参考記事】
Drone Incursions Force Eindhoven Airport Shutdown(外部)
アイントホーフェン空港閉鎖の詳細と欧州各国での同様の事案について包括的に報じた記事
Surge of mystery drone incursions target Europe’s military nerve centers(外部)
欧州各国の軍事施設を標的としたドローン侵入の詳細な分析記事
Volkel Air Base | Wikipedia(外部)
フォルケル空軍基地の歴史、施設概要、核兵器保管の詳細について記載
Dutch F-35s Take On A Full Nuclear Role(外部)
2024年6月にオランダF-35Aが核攻撃任務を引き継いだことを報じた記事
NATO launches Eastern Sentry after Russian drone incursions(外部)
2025年9月12日に発表されたイースタン・セントリー作戦の詳細を報告
Eastern Flank Watch and European Drone Wall(外部)
EUのドローンウォールとイースタン・フランク・ウォッチ計画の包括的な分析
David vs. Goliath: Cost Asymmetry in Warfare(外部)
ドローン戦争におけるコスト非対称性の問題を分析し持続可能な防御戦略を論じる
【編集部後記】
今回の事案は、私たちが想像する「未来の戦争」がすでに始まっていることを示しています。数千円で購入できるドローンが、何百万ドルもの防空システムを翻弄し、核兵器を保管する基地さえも脅かす時代。
この非対称性は、テクノロジーの民主化がもたらす光と影を象徴しているのではないでしょうか。innovaTopia編集部としては、こうした変化が私たちの日常生活や社会のあり方にどのような影響を及ぼすのか、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
安全保障の問題は決して遠い世界の話ではなく、技術革新と密接に結びついた、私たち全員に関わるテーマです。
























