2035年のAI雇用予測:英国で300万人の低スキル職消失とスキルギャップ拡大の懸念をNFERが警告

[更新]2025年11月25日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

National Foundation for Educational Research(NFER)の報告書によると、2035年までに英国で最大300万の低スキル職が自動化とAIによって消失する可能性がある。貿易、機械操作、事務職が最もリスクが高いとされる。一方、高スキル専門職は需要が増加すると予測され、英国経済全体では2035年までに230万の雇用が追加されるが分布は不均等である。

King’s Collegeの10月発表の研究では、高給与企業が2021年から2025年の間に約9.4%の雇用喪失を被ったと推定されている。法律事務所Clifford Chanceはロンドン拠点で約50役職を削減し、PwCは2021年から2026年の10万人雇用計画を撤回した。

報告書著者のJude Hillary氏は、AI主導の雇用喪失予測は時期尚早かもしれないと指摘し、低スキル職を失った労働者の再教育が困難であることを懸念している。

From: 文献リンクAI could replace 3m low-skilled jobs in the UK by 2035, research finds

【編集部解説】

このNFERの研究は、AI時代の雇用変化について重要な視点を提示しています。「AI=高度専門職の脅威」という一般的な認識とは異なり、実際には低スキル職への影響がより深刻である可能性を示唆しているからです。

注目すべきは、英国経済全体では2035年までに230万の新規雇用が創出される一方で、100万から300万の低スキル職が消失するという予測です。つまり、雇用の「総数」は増えるものの、その「質」と「分布」が大きく変化するということです。専門職や準専門職への需要は高まる一方で、貿易、機械操作、事務職といった従来の中間層を支えてきた職種が縮小していきます。

この予測は、他の研究結果と一見矛盾するように見えます。King’s Collegeの10月発表の研究では、2021年から2025年の間に高給与企業が約9.4%の雇用喪失を被ったとされています。また、英国政府のAI露出職業リストでは、経営コンサルタント、心理学者、法律専門家といった高度専門職が「最も影響を受けやすい」職業として挙げられています。

しかし、これらは必ずしも矛盾していません。NFERの報告書著者であるJude Hillary氏が指摘するように、短期的な雇用削減と長期的な労働市場の構造変化は別物です。2022年後半のChatGPTリリース後に見られた高度専門職での人員削減は、必ずしもAI主導ではなく、低迷する英国経済や国民保険コストの上昇、企業のリスク回避姿勢といった要因が大きいと考えられます。

実際、Clifford ChanceやPwCといった大手企業の動きを見ると、状況はより複雑です。Clifford Chanceは2025年11月、ロンドン拠点でビジネスサービススタッフの約10%にあたる50役職を削減すると発表しましたが、同時にポーランドやインドのハブへの業務移転も理由に挙げています。PwCも2021年に掲げた10万人雇用計画を撤回し、実際には5,600人を削減しましたが、グローバル会長のMohamed Kande氏は「数百人のエンジニアを採用したいが見つからない」と述べています。

つまり、AIの影響は単純な「職の置き換え」ではなく、「職務内容の変化」と「必要なスキルセットの変化」として現れているのです。高度専門職では、AIを活用できる技術者への需要が高まる一方で、エントリーレベルの職は縮小しています。PwCは新卒採用を今後3年間で3分の1削減する計画を発表しており、これは「AIの影響」と「オフショア拠点の統合」によるものとされています。

NFERの予測で最も懸念されるのは、低スキル職を失った労働者の再教育の困難さです。Hillary氏が指摘するように、新たに創出される雇用の大半は専門職や準専門職であり、置き換えられた100万から300万の労働者がこうした職に移行するには大きな障壁があります。教育システムや雇用主による大規模な再教育投資がなければ、スキルギャップは拡大し、社会的不平等が深刻化する可能性があります。

英国政府の2023年発表のレポート「The impact of AI on UK jobs and training」は、金融・保険セクターが最もAIの影響を受けやすく、情報通信、専門・科学・技術サービス、不動産、公共行政・防衛、教育がそれに続くと指摘しています。地域別では、ロンドンと南東部が最も高い露出度を示しており、これは専門職の集中を反映しています。

長期的視点から見ると、AIは労働市場を二極化させる可能性があります。一方には、AIを駆使できる高度専門職が高い報酬を得て、他方には、AIに代替されにくい対人サービスや高度な手作業を要する職種が残ります。その中間にあった、多くの人々にとってのキャリアの入り口となっていた職種が消えていくのです。

この変化は、単なる技術的な問題ではなく、社会全体の課題です。教育制度の改革、生涯学習の機会拡大、セーフティネットの強化など、包括的な対応が求められています。NFERの研究が示すのは、AIの潜在的利益を享受しつつ、その破壊的影響を最小限に抑えるための準備に、残された時間は10年しかないという現実なのです。

【用語解説】

NFER(National Foundation for Educational Research)
英国の独立系教育研究機関。1946年設立。教育政策や労働市場に関する調査研究を行い、エビデンスに基づいた政策提言を行っている。今回の「Skills Imperative 2035」プログラムは、Nuffield Foundationの資金提供を受けた5年間の研究プロジェクトである。

低スキル職(Low-skilled jobs)
正式な高等教育や専門的訓練をあまり必要としない職種を指す。貿易、機械操作、事務作業、製造業の単純労働などが含まれる。これらの職種は定型的で反復的な作業が多く、自動化やAIによる置き換えが比較的容易とされている。

高スキル専門職(Highly skilled professionals)
大学卒業以上の学歴や専門的な資格を必要とする職種。医療従事者、エンジニア、科学者、高度な経営コンサルタントなどが含まれる。これらの職種では人間の判断力、創造性、対人スキルが重視され、AIは補助的な役割を果たすと考えられている。

AI露出度スコア(AIOE: AI Occupational Exposure)
英国教育省が開発した指標で、各職業がAIによってどの程度影響を受けるかを数値化したもの。職務に必要な能力と10の主要なAIアプリケーションの関連性を評価して算出される。スコアが高いほどAIの影響を受けやすいとされる。

ChatGPT
OpenAIが開発した大規模言語モデル。2022年11月に公開され、文章生成、翻訳、要約、質問応答など幅広いタスクをこなせる。公開後わずか2か月で1億ユーザーを超え、ビジネスや教育現場での活用が急速に進んでいる。

【参考リンク】

NFER(National Foundation for Educational Research)(外部)
英国の独立系教育研究機関でSkills Imperative 2035プログラム主導

The Skills Imperative 2035プロジェクトページ(外部)
2035年までの雇用見通し、スキル需要、教育システムへの影響を分析

Clifford Chance(外部)
グローバル法律事務所。2025年にAIを理由に約50役職の削減を発表

PwC(PricewaterhouseCoopers)(外部)
世界4大会計事務所の一つ。10万人雇用計画を撤回しAI変革を推進

Labour market and skills projections 2020-2035(外部)
英国教育省による2035年までの労働市場とスキル需要の予測レポート

【参考記事】

By 2035, higher skilled and healthcare roles set to offset millions of jobs lost to technology(外部)
2035年までに260万の新規雇用創出、医療セクターで36.9万増加予測

Clifford Chance to cut 50 London support roles(外部)
AIと業務移転を理由にロンドンで約50役職削減を発表した詳細

PwC wants to hire ‘hundreds and hundreds’ more technologists(外部)
10万人雇用計画撤回の背景とエンジニア不足の現状について

The impact of AI on UK jobs and training(外部)
365職種をAI露出度で分析した英国教育省の公式レポート全文

Report suggests up to seven million workers may lack Essential Employment Skills(外部)
2035年までに最大700万人がスキル不足に陥る可能性を警告

Sharp decline in UK tech jobs highlights ‘deeper structural issues’(外部)
テクノロジー職求人が50%減、プログラミング職は68%減の現状

Graduate jobs under threat from AI, PwC boss says(外部)
PwC会長がエントリーレベル採用への影響について語った内容

【編集部後記】

2035年まであと10年。AIと共に働く未来は、もう目の前に来ています。この記事で紹介した研究は、私たち一人ひとりのキャリアに直結する問題を提起しています。

あなたの職種は、AIによって「奪われる」のでしょうか、それとも「強化される」のでしょうか。もし今の仕事がAIに代替される可能性があるとしたら、どんなスキルを身につけておくべきでしょうか。私たちinnovaTopia編集部も、皆さんと同じように答えを探している最中です。

この変化の波を、脅威としてではなく、新しい可能性として捉えるために、今から何ができるのか。ぜひ皆さんのご意見やお考えをお聞かせいただけたら嬉しいです。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…