11月27日【今日は何の日?】36歳で逝ったエイダ・ラブレスと「最初のプログラム」

 - innovaTopia - (イノベトピア)

1852年11月27日、36歳の若さでエイダ・ラブレスはこの世を去った。
彼女は「世界初のコンピュータープログラマー」と呼ばれながらも、自分が書いたプログラムが実際に動く瞬間を見ることは一度もなかった。

11月27日の命日に、その「早すぎた死」が現代のテクノロジーと社会にどんな問いを投げかけているのかを振り返ってみたい。

詩人バイロンの娘として生まれた数学者

エイダ・ラブレス(オーガスタ・エイダ・キング)は1815年12月10日、ロンドンで生まれた。
父はロマン派の詩人ジョージ・ゴードン・バイロン、母は数学に強い関心を持っていたアナベラ・ミルバンクで、両親はエイダが生後まもなく別居し、彼女は父を知らないまま育つことになる。

母は「父のような破滅的な芸術家にはさせない」という強い意志から、娘に数学と科学中心の教育を施したと伝えられている。
その結果、エイダはヴィクトリア朝の女性としては例外的なほど高い数学教育を受け、後にオーガスタス・ド・モルガンやメアリー・サマーヴィルなど当代随一の学者たちと交流するようになった。

バベッジとの出会いと「存在しないコンピュータ」のためのコード

17歳のエイダは社交界の場で数学者チャールズ・バベッジと出会い、彼が試作していた「差分機関」に強い興味を示した。
バベッジが構想していたのは、後に「解析機関(Analytical Engine)」と呼ばれる汎用計算機であり、プログラム可能なデジタルコンピュータの原型といえる存在だった。

1840年代、エイダはイタリアの数学者ルイジ・メナブレアによる解析機関の論文を英訳し、自身の大部の「注」を付ける仕事を引き受ける。
この注釈の中で、彼女は解析機関の構造や動作をわかりやすく整理し、さらにこの機械が「数」以外の記号――音楽や文字、画像など――も扱いうるというビジョンを語っている。

「Note G」とベルヌーイ数アルゴリズム

エイダの注釈の中でも、とくに重要視されているのが「Note G」と呼ばれる部分だ。
ここには、解析機関を使ってベルヌーイ数を計算するための手順が、カード操作の列として詳細に記述されており、これが「コンピュータで実行されることを前提とした世界初のアルゴリズム」とされている。

ベルヌーイ数自体は当時すでに知られていた数学的対象だが、エイダはあえて複雑な計算を例に選び、解析機関がいかに柔軟で強力な計算をこなせるかを示そうとした。
このNote Gには、内部状態を更新しながら繰り返し計算を行うステップや、中間結果を再利用する構造があり、現代のプログラミングでいうループやサブルーチンに相当する発想が見て取れる。

しかし、解析機関はついに完成しなかったため、彼女のアルゴリズムは19世紀当時、一度も本物の機械上で動くことがなかった。
「存在しないコンピュータのために書かれたコード」という点で、Note Gはきわめて特異なプログラム史上の遺物になっている。

数を超えたビジョン:「あらゆる記号を扱う機械」への先見性

エイダの注釈は、単に解析機関を電卓の延長として説明するものではなかった。
彼女は「機械が扱うのは数値だが、その数は音や文字など、規則で表現できるあらゆる対象を象徴できる」と考え、機械が音楽を作曲したり、図形を生成したりする未来を想像している。

これは、コンピュータを「汎用情報処理機械」としてとらえ、デジタルメディアやAIによる創作にまでつながる射程をもっていたという点で、きわめて先見的だ。
今日の生成AI、マルチモーダルモデル、メディアアートのような領域は、まさにエイダが言葉で描いた「数を超える計算機」の延長線上にあると言ってよい。

子宮がんと瀉血――早すぎた36歳の死

1850年代初頭、エイダは子宮がんとみられる病に侵され、激しい出血と腹部痛に苦しむようになった。
当時のイギリス医療では、がんに対する有効な治療法は存在せず、瀉血(血を抜く処置)や阿片系薬による対症療法が中心で、結果的に彼女の体力を大きく削ぐことになったとされる。

1852年11月27日、エイダ・ラブレスはロンドンで36歳の生涯を閉じた。
同時代の上流階級女性の多くが50歳前後まで生きたことを考えると、この年齢は明らかに「早すぎる死」であり、数理と機械に情熱を注いだキャリアは、その真価を発揮しきる前に断ち切られてしまった。

未完成の機械と未完のキャリア

エイダの死と前後して、解析機関プロジェクトも資金難や政治的理由から頓挫し、実機が完成することはなかった。
結果として、彼女の名前もNote Gも長く専門家のあいだに埋もれ、広く知られるようになるのは20世紀後半、コンピュータ史が本格的に書き直されてからのことだ。

ここには、奇妙な二重の「未完性」がある。
一つは、プログラムが動くべきコンピュータが存在しなかったこと、もう一つは、そのプログラムを書いた本人の人生が、病と医療の限界によって途中で終わってしまったことだ。

死後に拡大したレガシー:言語「Ada」とAda Lovelace Day

エイダの仕事が再評価されるきっかけの一つは、第二次世界大戦後のコンピュータ史研究と、フェミニズムの文脈における「女性科学者の再発見」だった。
彼女は「世界初のプログラマー」「最初のテック・ビジョナリー」として紹介されることが増え、その象徴性は年々大きくなっている。

1980年代には、米国国防総省が高信頼ソフトウェア向けに設計したプログラミング言語に「Ada」という名前が付けられた。
また2009年に始まった「Ada Lovelace Day」は、毎年10月第2火曜日に世界各地で開催されるWomen in STEMの啓発イベントとして定着し、講演会やハッカソン、Wiki編集マラソンなどを通じて、女性の科学技術分野への貢献を可視化している。

「早すぎた死」が問いかける、失われる才能のコスト

エイダ・ラブレスのケースは、単なる歴史的人物の悲劇ではなく、「才能が十分に花開く前に失われる」という社会的損失を象徴的に示している。
もし彼女があと10〜20年長く生き、解析機関が何らかの形で完成していたとしたら、ソフトウェア工学やプログラミング教育の歴史は全く違うものになっていたかもしれない。

現代のテック業界でも、病気、ケア負担、ハラスメント、ジェンダーバイアス、キャリア中断など、さまざまな要因でエンジニアや研究者がフィールドを離れてしまうケースは後を絶たない。
エイダの「早すぎた死」を振り返ることは、そうした“見えない逸失イノベーション”をどう防ぐか、医療・教育・企業文化・制度設計のすべてにまたがる問いを投げかけている。

AI時代に読み直すエイダ・ラブレス

いま、生成AIや大規模言語モデルは、コード、文章、画像、音楽など、多様な記号を統一的に扱う汎用情報処理システムとして急速に進化している。
それはまさに、エイダが解析機関について語った「数を介して世界を記述し、操作する機械」というビジョンの、150年以上後の具現化とも言える。

AIが「創造性」をめぐる議論の中心になっている今だからこそ、「詩人の娘」でありつつ数学と機械を愛したエイダ・ラブレスの視点は、テクノロジーと人間性のバランスを考える上で貴重なヒントになる。
11月27日の命日に、彼女の早すぎた死と未完の仕事を振り返ることは、テクノロジーを誰のために、どのような社会のために発展させるのかを問い直すきっかけになるはずだ。

 - innovaTopia - (イノベトピア)

【Information】

Ada Lovelace Day(Finding Ada)公式サイト(外部)
エイダ・ラブレスにちなんで創設された「Ada Lovelace Day」の公式サイト。毎年10月第2火曜日に開催される、女性のSTEM分野での功績を称え可視化する国際的キャンペーンやイベント情報、教育リソースなどを提供している。​

Adaプログラミング言語 リファレンスマニュアル(外部)
エイダ・ラブレスにちなみ命名された高信頼向けプログラミング言語「Ada」の公式リファレンスマニュアル。組み込み・安全クリティカルシステムなどで使われるAda言語仕様と、その注釈付き解説を公開している。​

AdaCore(Ada/SPARKツールベンダー)GitHub: Ada Language Server(外部)
Ada/SPARK向け言語サーバの公式リポジトリ。Ada言語を現代的な開発環境で利用するためのIDE連携・コード支援機能を提供し、高信頼ソフトウェア開発におけるAdaの実利用を支えている。​

Ada Lovelaceと女性STEM促進に関する解説・リソース(外部)
大学のWomen in STEMプログラムと連携したAda Lovelace Dayの取り組みを紹介するページ。エイダのレガシーを、現代の多様性・インクルージョン施策や女性研究者支援とどう結びつけるかの参考になる。​

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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