NVIDIA×韓国、史上最大規模のAI投資|Samsung・SK・Hyundaiが描く「インテリジェンス輸出国」の未来

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年10月28日から31日まで韓国の慶州で開催されたAPEC CEO Summitにて、NVIDIAは韓国全土でソブリンAIインフラを構築すると発表した。

自動車、製造、通信分野のソブリンクラウドとAIファクトリーに数十万台のNVIDIA GPUを配備する計画である。韓国政府は企業や研究グループ向けに最大50,000台の新しいGPUを配備する方針で、第一段階ではNAVER Cloud、NHN Cloud、Kakao経由で13,000台のBlackwellおよびその他のGPUを提供する。

SamsungとNVIDIAは50,000台以上のGPUを稼働させるAIファクトリーを構築し、チップ製造と高速コンピューティングを統合する。

SK Groupは50,000台以上のGPUを含むAIファクトリーを2027年後半までに完成させる予定である。

HyundaiとNVIDIAは約30億ドルを共同投資し、自動運転、工場自動化、ロボティクス分野でパートナーシップを拡大する。

NAVER Cloudはソブリンおよび物理的AI作業のために60,000台以上のGPUを配備する計画である。

From: 文献リンクNVIDIA and South Korea align on sovereign AI at APEC CEO Summit

【編集部解説】

2025年10月末に韓国・慶州で開催されたAPEC CEO Summitにおいて発表されたNVIDIAと韓国の協力は、単なる商業契約を超えた歴史的意義を持っています。260,000台以上という大規模なGPU配備計画は、韓国のAI保有量を現在の約65,000台から300,000台以上へと約5倍に拡大するものです。

この動きの背景には「ソブリンAI(Sovereign AI)」という新たな概念があります。ソブリンAIとは、各国が自国のインフラ、データ、人材、ビジネスネットワークを使用してAIを生産する能力を指します。電力網やブロードバンドと同様に、AIインフラが国家の重要なインフラとして認識され始めているのです。

NVIDIAにとって、この韓国との大型契約は戦略的な転換点でもあります。米中貿易摩擦により、同社の中国市場でのシェアは95%から事実上0%に激減し、かつて全体売上の20-25%を占めていた中国ビジネスを失いました。ソブリンAI市場は今後数年で1.5兆ドル規模に成長すると予測されており、NVIDIAは2026会計年度にソブリンAI案件全体で200億ドル以上の収益を見込んでいます。

韓国が目指しているのは、単なるAI技術の消費者ではなく、「インテリジェンスを輸出する国」への変革です。Samsung、SK Group、Hyundai Motor Groupといった財閥企業が各社50,000台以上のGPUを備えた「AIファクトリー」を構築する計画は、製造業のDXを超えた野心を示しています。

特に注目すべきは「物理的AI(Physical AI)」への注力です。これはデジタル空間だけでなく、工場の生産ライン、自動運転車、ロボティクスといった物理世界で機能するAIを意味します。Samsungのチップ製造におけるデジタルツイン活用や、Hyundaiの自動運転とファクトリーオートメーションへの応用は、AIが現実世界の産業を直接変革する段階に入ったことを示しています。

政府主導のNational AI Computing Centerの設立により、スタートアップや研究機関もこの高性能なインフラにアクセスできるようになります。これは韓国が国家レベルでAIエコシステム全体を育成する戦略を取っていることを意味します。

グローバルな文脈で見ると、この動きはAI覇権をめぐる国家間競争の新たな局面です。UAE、サウジアラビア、インド、日本、フランス、カナダなど、各国が独自のソブリンAI戦略を展開しています。技術的自立性の確保と同時に、データ主権の保護、自国の言語や文化に適合したAIモデルの開発が目的となっています。

しかし課題も存在します。260,000台以上のGPUを稼働させるには膨大な電力が必要であり、再生可能エネルギーへの投資と効率的な冷却システムが不可欠です。また、ソブリンAIという概念自体が、国家によるデジタル空間の過度な統制につながる懸念も指摘されています。特に非民主的な政権下では、AIが監視や情報統制のツールとして機能するリスクがあります。

長期的な視点から見れば、今回の発表は人類がAI時代に適応するための国家戦略が具体化した瞬間として記憶されるでしょう。活版印刷や蒸気機関が産業革命を支えたように、AIインフラは21世紀の経済成長と社会変革の基盤となります。韓国の事例は、中小国であっても明確な戦略と集中投資により、AI大国への道を切り開ける可能性を示しています。

【用語解説】

ソブリンAI(Sovereign AI)
各国が自国のインフラ、データ、人材、ビジネスネットワークを使用してAIを生産する能力を指す。デジタル主権の概念から派生し、国家が自国のデータと技術的自立性を確保しながらAI開発を行うことを目的とする。外国のAI技術への依存を減らし、自国の言語、文化、規制に適合したAIモデルを開発できる。

AIファクトリー(AI Factory)
データを入力として受け取り、インテリジェンス(知能)を出力として生産する新世代のインフラ施設。従来のデータセンターとは異なり、AI特化型の高性能GPUクラスターと専用ソフトウェアスタックを統合したもので、大規模なAIモデルのトレーニングと推論を効率的に実行できる。

物理的AI(Physical AI)
デジタル空間だけでなく、現実の物理世界で機能するAIシステム。工場の生産ライン、自動運転車、ロボット、物流システムなど、実世界のオブジェクトと相互作用しながら動作する。デジタルツインやシミュレーション技術と組み合わせて開発される。

デジタルツイン(Digital Twin)
物理的な資産、プロセス、システムを仮想空間に再現したデジタルモデル。リアルタイムデータを使用して実世界の状態を反映し、シミュレーション、テスト、予知保全、最適化などに活用される。製造業、建設、都市計画などで広く採用されている。

NVIDIA Blackwell GPU
NVIDIAが2024年に発表した最新世代のGPUアーキテクチャ。208億個のトランジスタを搭載し、前世代Hopperと比較してAI推論性能が30倍、エネルギー効率が25倍向上している。2つのダイを10TB/sの接続で統合した革新的設計が特徴。

【参考リンク】

NVIDIA公式サイト(外部)
世界最大手のGPUメーカー。AI、グラフィックス、データセンター向けの革新的な製品を提供している

NVIDIA Blackwell Architecture(外部)
Blackwellアーキテクチャの技術詳細。生成AIと高速コンピューティングの革新を解説

What Is Sovereign AI? | NVIDIA Blog(外部)
ソブリンAIの概念と世界各国の取り組みを詳しく解説した公式ブログ記事

Samsung Electronics(外部)
韓国最大の電子機器メーカー。半導体、スマートフォン、家電製品で世界的シェアを持つ

SK Group(外部)
韓国第3位の財閥。エネルギー、通信、半導体など多様な事業を展開する複合企業

Hyundai Motor Group(外部)
韓国最大の自動車メーカー。世界第3位の自動車生産量を誇り、電動化と自動運転に注力

NAVER Cloud(外部)
韓国最大のインターネット企業NAVERのクラウドサービス部門。AIインフラを提供

APEC CEO Summit Korea 2025(外部)
2025年10月に韓国・慶州で開催されたAPEC CEO Summitの公式サイト

【参考記事】

NVIDIA, South Korea Government and Industrial Giants Build AI Infrastructure and Ecosystem to Fuel Korea Innovation, Industries and Jobs(外部)
NVIDIA公式プレスリリース。韓国に260,000台以上のGPUを配備する詳細な計画を発表

Nvidia Forges AI Deals With South Korea’s Samsung, Hyundai, SK(外部)
韓国の科学情報通信技術部とSamsung、Hyundai、SK Groupとの合意を報道

Nvidia steps up South Korea AI push with 260,000-chip rollout(外部)
韓国のGPU使用量が現在の65,000台から300,000台以上へと約5倍に拡大する見込みを報道

Korea Joins AI Industrial Revolution: NVIDIA CEO Jensen Huang Unveils Historic Partnership at APEC Summit(外部)
260,000台のGPU配備が物理的AIへの国家レベルでの最大規模の投資であると評価

Jensen says Nvidia’s China AI GPU market share has plummeted from 95% to zero(外部)
NVIDIAの中国市場シェアが95%から0%に急落したことをフアンCEOが明言

NVIDIA, South Korea Government and Industrial Giants Build AI Infrastructure(外部)
HyundaiとNVIDIAが約30億ドルを共同投資し、物理的AIランドスケープを前進させる計画を報道

Korea’s AI Ambition Ignites: NVIDIA Delivers 260,000 GPUs in Landmark Deal(外部)
契約が2030年までに78億ドルから105億ドル規模と推定。韓国を世界有数のAIコンピューティングハブへと変貌させる戦略的な動きと分析

【編集部後記】

今回の韓国とNVIDIAの協力を見て、私たちは一つの問いに直面します。AIインフラは本当に「国家が所有すべき資源」なのでしょうか。電力網や通信網と同じように、AIも国家の重要インフラとして位置づけられる時代が到来しています。日本もまた、独自のAI戦略を模索する段階にあります。しかし技術的自立を追求することと、グローバルな協力関係を維持することは、必ずしも矛盾するものではないはずです。韓国の事例は、中小国であっても明確なビジョンと集中投資によって、AI大国への道を切り開ける可能性を示してくれました。私たち一人ひとりが、自国のAI戦略について関心を持ち、未来を共に考えていく時が来ているのかもしれません。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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