弁護士ドットコム株式会社は2025年11月12日、法律特化AI基盤技術『Legal Brain』が2025年度司法試験(短答式)において、175点中169点(正答率96.5%)を記録したと発表した。
この得点は、同試験の受験者最高得点167点を上回るものである。2025年度の試験は受験者平均点が102点(合格点81点)となり、昨年より平均点が約10点低い難化傾向にあった。
この成果は、出版社約50社と提携した専門書籍約2,400冊や判例約30万件を含む独自の法律知識データベースと、情報検索精度を高めるナレッジグラフ『Legal Graph』によって支えられている。
『Legal Brain』は、回答の根拠となる法令や判例の文献を明示できる点が、汎用AIに対する優位性であるとしている。
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法律特化AI『Legal Brain』が “人間超え”2025年度の司法試験(短答式)で正答率96.5%を記録
【編集部解説】
今回のニュースは、単に「AIがテストで高得点を記録した」という表面的な事実以上に、専門知識を扱うAIの進化が「汎用型」から「特化型」へと明確にシフトし、実用段階に入ったことを示す象徴的な出来事と言えます。
『Legal Brain』が2025年度の司法試験(短答式)で人間の最高得点を超えた96.5%という正答率を達成したことは、驚くべき成果です。特に注目すべきは、試験が昨年比で難化傾向にあった(平均点が約10点低下した)環境下で、このスコアを叩き出した点にあります。
この成果の核心は、プレスリリースにもある通り、その「知識の源泉」と「検索技術」にあります。
汎用AI(ChatGPTやGeminiなど)がインターネット上の膨大なテキストデータを学習するのに対し、『Legal Brain』は出版社約50社の専門書籍約2,400冊や約30万件の判例など、「信頼性が担保されたクローズドな専門情報」をデータベースとしています。法律のような専門領域では、情報の正確性こそが命であり、ウェブ上の玉石混交の情報では対応できません。
さらに重要なのが、「根拠を明示できる」という点です。これは、AIが「なぜその回答に至ったのか」を、具体的な法令、判例、書籍の該当箇所をもって示せることを意味します。汎用AIが時折見せる「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」は、法的判断においては致命的です。『Legal Brain』は、AIが信頼できるデータベースを参照しながら回答を生成する「RAG(検索拡張生成)」と呼ばれるアーキテクチャを、独自のナレッジグラフ『Legal Graph』によって高度化させています。これにより、AIは「知ったかぶり」をせず、常にエビデンスに基づいて回答できるのです。
この技術進化は、法曹界の未来に大きな影響を与えます。弁護士や法務担当者の業務がAIに代替されるという単純な話ではありません。むしろ、膨大な時間のかかる判例や文献のリサーチ業務から解放され、人間はより高度な「解釈」「戦略立案」「クライアントとの対話」といった本質的な業務に集中できるようになります。
これは「弁護士 vs AI」という対立構造ではなく、「AIを使いこなす法律家 vs AIを使わない法律家」という新たな競争軸が生まれることを意味します。
『Legal Brain』の成果は、医療、会計、工学といった他の専門領域においても、AIが「信頼できる副操縦士」として機能する未来が近いことを示唆しています。私たち人類は、専門知識をAIによって「拡張」し、より高度な知的生産性を発揮する時代の入り口に立っているのです。
【用語解説】
司法試験(短答式)
法律家(裁判官、検察官、弁護士)になるために必要な国家試験の一部。憲法、民法、刑法の3科目について、マークシート形式で基本的な法的知識の理解度を測る。この短答式試験に合格しなければ、次の論述式試験に進むことはできない。
RAG (Retrieval-Augmented Generation / 検索拡張生成)
AIが回答を生成する(Generation)際に、まず外部の信頼できるデータベースから関連情報を検索(Retrieval)し、その内容を参照(Augmented)する技術体系のこと。AIが事実に基づかない情報(ハルシネーション)を生成するリスクを大幅に低減し、回答の正確性と信頼性を高める。
ナレッジグラフ (Knowledge Graph)
情報(エンティティ)と、それらの情報間の関係性を「グラフ構造」で体系的に整理したデータベース。『Legal Brain』が持つ『Legal Graph』は、法令、判例、専門書籍間の引用・参照関係などを紐付けることで、単純なキーワード検索では不可能な「文脈を理解した高精度な検索」を可能にしている。
【参考リンク】
弁護士ドットコム株式会社(外部)
法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や電子契約サービス「クラウドサイン」を運営するリーガルテック企業。「プロフェッショナル・テックで、次の常識をつくる。」をミッションに掲げる。
弁護士ドットコムが開発・提供する法律特化AI基盤技術。法令、判例、専門書籍などの膨大なリーガルデータを学習し、日本の法律文脈に特化した高度な言語理解を実現する。
【参考記事】
What is RAG (retrieval-augmented generation)?(外部)
RAG(検索拡張生成)がAIの回答精度をどのように向上させるかを解説。外部の権威ある知識ソースにアクセスすることで、モデルがより正確で文脈に沿った回答を生成できる仕組みを説明している。
General AI vs. Specialized AI: What’s the Difference?(外部)
汎用AIと特化型AIの違いを解説。特化型AIは、法律や医療のような特定のドメインにおいて、その分野固有のデータを深く学習することで、汎用AIを凌駕する高い精度を達成できる理由を説明している。
How Generative AI And RAG Are Transforming Legal Tech(外部)
生成AIとRAGがリーガルテック(法務分野のテクノロジー)をどのように変革しているかを論じている。特にRAGが、法務専門家にとって不可欠な「回答の根拠(出典)の明示」を可能にし、AIの信頼性を高めている点を指摘している。
【編集部後記】
法律という、これまで高度な専門知識が求められた領域で「AIが人間を超える」という事象が起きました。
これは法曹界だけの話ではなく、医療や会計、工学など、あらゆる専門分野で「信頼できるAIアシスタント」が登場する未来を示唆しています。
皆さんは、このような専門特化型AIと、今後どのように関わっていくことになると思われますか?また、AIによって拡張された専門知識が、私たちの社会をどう変えていくでしょうか。ご意見やご感想を、ぜひお寄せください。

























