台湾は2028年までに年間18万機のドローン生産を目標に掲げているが、2024年の生産実績は8,000から10,000機にとどまっている。
民主主義・社会・新興技術研究所(DSET)の政策アナリストであるキャシー・ファン氏らが6月16日に発表した報告書によると、台湾のドローン産業は「高い製造コスト、低い国内調達、外国政府からの注文の少なさ」という構造的課題に直面している。
中国からの侵攻脅威が2027年以降、遅くとも習近平首相の現任期が終わる2029年までに現実化する可能性が高まる中、台湾は2022年にドローン国家チームを設立し、ウクライナの戦術を学習している。
台湾の半導体産業は世界の60%、先端半導体の90%を生産するが、ドローン専用チップは製造していない。台湾国防省はこれまで4,000機未満のドローンを発注し、今後数年で数万機の購入を計画している。
米国は台湾に約1,000機のドローンを供給し、AeroVironment SwitchbladeロイタリングミュニションやMQ-9リーパー長距離ドローンを含む。
From: Taiwan Is Rushing to Make Its Own Drones Before It’s Too Late
【編集部解説】
台湾のドローン産業が直面している課題は、単なる製造業の問題を超えて、現代の地政学とテクノロジーが密接に絡み合った複雑な構造を浮き彫りにしています。
サプライチェーンの脆弱性が露呈
最も注目すべきは、台湾が中国製部品を一切使用しないドローンの開発を目指している点です。これは理想的に聞こえますが、現実は厳しく、ウクライナのドローンメーカーですら「台湾製チップは高すぎる」として中国製部品に依存せざるを得ない状況があります。
中国はドローン用のジンバル、光学センサー、アンテナの生産で大きな優位性を持っており、台湾はこれらの機器を購入するために、しばしば多大なコストをかけて同盟国のサプライヤーを探さなければなりません。
技術的優位性と経済的ジレンマ
台湾の半導体技術力は疑いようがありませんが、ドローン産業では「技術はあるが規模が小さすぎる」という典型的なキャッチ22の状況に陥っています。クアルコムやエヌビディアの汎用チップを使用せざるを得ず、これらは中国製の10倍のコストがかかることもあります。
ファン氏が指摘するように、「我々は確かにそれらを作る能力はあるが、これらの企業がこの市場に参入していない理由は、規模が小さすぎるからだ」という状況です。
米台協力の新たな枠組み
米国はReplicator Initiative(海上の標的を発見し破壊するために設計された自律型ドローンスウォーム能力)へのアクセスなど、新しい技術も台湾に提供しています。
しかし、台湾のドローンメーカーは未だに米国防総省の「ブルーリスト」(信頼できるドローン供給業者名簿)に登録されておらず、数十億ドル規模の米軍調達市場へのアクセスが限られています。DSETは、ワシントンが台湾のUAVに対する関税を撤廃すべきだと提言しています。
ウクライナモデルの教訓と限界
ウクライナは3年前には想像もできなかった規模のドローン産業を「生存本能」によって構築しました。2025年に450万機の小型ドローン調達を計画するウクライナの成功は、台湾にとって希望でもあり課題でもあります。
ファン氏は台湾が現在「低調モード」にあると指摘し、「まだ戦争状態ではないが、平時であっても我々の能力を過小評価したくない」と述べています。
長期的な戦略的含意
台湾のドローン産業発展は、単なる防衛産業の問題ではなく、「Tech for Human Evolution」の観点から見ると、人類がテクノロジーを通じてどのように地政学的リスクに対応するかの試金石となります。
成功すれば、台湾は中国に依存しない新たなテクノロジーエコシステムの中核となり得ます。失敗すれば、DSETが警告するように「限定的な相互運用性と拡張不可能な生産のグレーゾーン」に陥るリスクがあります。
この挑戦は、テクノロジー産業における地政学的分断が加速する中で、各国がいかに技術的自立性と経済効率性のバランスを取るかという、21世紀の重要な課題を体現しているのです。
【用語解説】
ドローン国家チーム(Drone National Team)
台湾政府が2022年に立ち上げた官民連携プログラム。政府と産業界を結びつけて国内ドローン産業を拡大することを目的とし、特にウクライナの戦術を学習するために派遣された。
ブルーリスト(Blue List)
米国防総省が管理する信頼できるドローン供給業者の名簿。このリストに登録されることで、ペンタゴンから数百万ドルから数十億ドル規模の注文を受けることが可能になる。
Replicator Initiative
米国が開発した自律型ドローンスウォーム能力で、海上の標的を発見し破壊するために設計されたシステム。台湾にも技術提供されている。
FPVドローン(First-Person View Drone)
一人称視点でリアルタイム映像を見ながら操縦するドローン。世界中の紛争で使用が拡大している小型戦術ドローンの代表格。
ロイタリングミュニション(Loitering Munition)
標的上空で待機し、適切なタイミングで攻撃を行う自爆型ドローン。AeroVironment Switchbladeが代表例。
【参考リンク】
AeroVironment(外部)台湾に供給されているSwitchbladeロイタリングミュニションの製造企業
General Atomics(外部)
台湾に供給されているMQ-9リーパー長距離ドローンを製造する米国企業
DJI(外部)
中国の世界最大手ドローンメーカーで、台湾が競合相手として意識している企業
クアルコム(Qualcomm)(外部)
台湾のドローンメーカーが使用している通信チップやセンサーチップの主要サプライヤー
【参考動画】
台湾のTron Future Tech社が開発するアンチドローンシステムT.Radar Proの紹介動画。AESAレーダー技術を使用し、5km先まで探知可能で300機を同時検出できる。
台湾の海上ドローン戦略について報じるTaiwanPlus Newsの番組。米台企業が協力して海上ドローンの開発を進める様子を紹介している。
【参考記事】
Taiwan’s Drone Industry Targets Global Leadership(外部)
台湾が13.5億ドルの政府投資と国際パートナーシップを通じて非レッドサプライチェーン構築を目指す戦略を解説
Defense minister says US teaming with Taiwan on drones(外部)
台湾の国防部長が米台のドローン技術協力を確認し、安全なサプライチェーン構築での協力について言及
政府が後押しする台湾ドローン産業のサプライチェーン(外部)
台湾政府のドローン産業育成への取り組みと嘉義に設置されたアジア無人機AIイノベーション応用研究開発センターの役割を詳述
【編集部後記】
台湾のドローン産業が直面する課題は、実は私たち日本にとっても他人事ではありません。半導体で世界をリードする台湾でさえ、地政学的な制約によって思うように産業を発展させられない現実があります。
みなさんは、日本の防衛産業や先端技術分野で同様の課題を感じたことはありませんか?また、ウクライナが3年で世界最大級のドローン産業を築いた「生存本能」による技術革新について、どのような感想をお持ちでしょうか?
台湾の事例から、技術力だけでは解決できない現代の産業課題について、ぜひ一緒に考えてみませんか。