Y Combinatorが支援するスタートアップTornyolは、Clovis PiedalluとAlex Toussaintによって創業され、蚊を駆除するマイクロドローンを開発している。
40グラムのドローンは、スマートフォンのマイクロフォン、駐車場アシストセンサー、DSP(デジタル信号処理)技術を活用し、超音波パルスを送信してエコーを受信することで蚊を検出する。380個のPDMマイクロフォンで構成されるフェーズドアレイソナーとXilinx XC7A100Tプロセッサを使用し、蚊の羽ばたきによる不規則なドップラー効果を測定して種とオスメスを識別する。同社は10機のドローンで1平方キロメートルから蚊を根絶でき、駆除コストを100分の1に削減できると主張している。
2023年には、世界83か国で推定2億6,300万件のマラリア症例と59万7,000人のマラリアによる死亡が発生している。また、過去5年間で世界的にデング熱症例の大幅な増加が報告されるなど、蚊を媒介とする疾病は世界中で深刻な問題となっている。
製品は24時間365日庭をパトロールするマイクロドローンとベースステーションのセットで、月額50ドル、予約は100ドルで受付中である。Alexは英仏ミサイル供給企業MBDA Systemsで航法と制御に従事した経歴を持ち、Scott AlexanderとVitalik Buterinから28,000ドルの助成金を獲得した。
From:
Tornyol: micro-drones that kill mosquitoes
【編集部解説】
このプロジェクトの技術的な独自性は、超音波ソナーとフェーズドアレイ技術の組み合わせにあります。Tornyolは駐車場アシストセンサーに使われる超音波送信機とスマートフォン用のMEMSマイクロフォン380個を組み合わせることで、数メートル先の蚊を検出できる小型システムを実現しました。
蚊の羽ばたきは毎秒約600回という高速で、羽の根元と先端で速度が異なるため独特のドップラー効果を生み出します。この「マイクロドップラーシグネチャ」を解析することで、蚊とハチやハエを区別できるのです。ハチは羽が長く広範囲なドップラー信号を出すのに対し、蚊はより狭帯域な信号を示します。
従来、マラリア対策に使われているドローンは殺虫剤の散布が主流でした。ルワンダでは2020年から2021年にかけて散布用ドローンを使った実験が行われ、蚊の幼虫密度を89.6%削減、マラリア発生率を90.6%減少させる成果を上げました。しかし化学薬品の使用は環境への影響が懸念されます。
Tornyolのアプローチは物理的に蚊を駆除するため、薬剤耐性の問題を回避できます。ただし、実用化には課題も残されています。40グラムという軽量ドローンの飛行時間やバッテリー寿命、悪天候での動作、夜間の効率性などです。
また、プライバシーや騒音の問題、規制面での整備も必要になるでしょう。米国では、連邦航空局(FAA)が定める既存の航空規則(Part 137)の下で、蚊の駆除を目的としたドローンの運用が行われています。
コスト面では月額50ドルというサブスクリプションモデルを採用していますが、10機で1平方キロメートルをカバーできるという主張が実証されれば、マラリアが深刻な地域での大規模展開も視野に入ります。私たちの命を脅かす蚊媒介疾患に対する新たなソリューションとして、今後の実証実験の結果が注目されます。
【用語解説】
フェーズドアレイ(Phased Array)
複数のアンテナや送受信素子をコンピュータ制御で配列し、電子的にビームの向きを変更できる技術である。物理的に機器を動かすことなく、各素子の位相を調整することで特定方向への電波や音波の送受信が可能になる。元々は軍事用レーダーのために開発され、現在では5G通信や医療用超音波診断装置にも応用されている。
DSP(Digital Signal Processing / デジタル信号処理)
アナログ信号をデジタルデータに変換し、コンピュータで処理する技術である。音声、画像、センサー情報などの連続的な信号を高速でサンプリングして数値化し、フィルタリング、圧縮、解析などの処理を行う。ノイズキャンセリングヘッドフォン、スマートフォンのカメラ、レーダー、医療機器など幅広い分野で使用されている。
STFT(Short-Time Fourier Transform / 短時間フーリエ変換)
時間とともに変化する信号の周波数成分を解析する手法である。信号を短い時間窓で区切り、各区間でフーリエ変換を行うことで、時間軸と周波数軸の両方の情報を可視化できる。音声認識や振動解析などで使用され、Tornyolでは蚊の羽ばたきパターンを識別するために活用されている。
タイニーフープ(Tinywhoop)
小型で軽量なFPV(一人称視点)ドローンの一種である。通常40グラム前後で、プロペラにダクト(保護カバー)が付いており、室内での飛行に適している。操作性が高く、狭い空間でも機敏に動けるため、Tornyolはこの種類のドローンをベースに蚊駆除システムを開発している。
Scott Alexander
医師で作家のScott Slatkoffの筆名である。ブログ「Astral Codex Ten(ACX)」を運営し、科学、医学、倫理、経済などについて執筆している。ACX Grantsという助成プログラムを通じて、独創的な科学プロジェクトや慈善活動に資金提供を行っており、Tornyolに対する28,000ドルの助成に関与した。
Vitalik Buterin
イーサリアム(Ethereum)の共同創設者である。1994年生まれのロシア系カナダ人プログラマーで、2013年に19歳でイーサリアムのホワイトペーパーを発表した。暗号資産で得た資産を慈善活動に積極的に投じており、COVID-19救済、パンデミック研究、公衆衛生などの分野に多額の寄付を行っている。
【参考リンク】
Tornyol公式サイト(外部)
蚊を駆除する自律型マイクロドローンの公式サイト。製品予約や技術詳細、デモ動画を掲載。月額50ドルで利用可能。
Y Combinator公式サイト(外部)
シリコンバレーを代表するスタートアップアクセラレーター。Airbnb、Dropbox、Stripeなど4,500社以上に投資。
Manifund(外部)
社会的インパクトのあるプロジェクトに資金提供するプラットフォーム。Tornyolへ28,000ドルの助成を調整。
【参考動画】
【参考記事】
Harnessing Drones to Combat Malaria: A Promising Frontier in Public Health(外部)
ルワンダのドローン実験で蚊の幼虫密度を89.6%削減、マラリア発生率を90.6%減少させた成果を報告。
ACX Grants 1-3 Year Updates(外部)
Scott Alexanderによる助成プロジェクトの進捗報告。Tornyolの超音波ソナー技術の成功が詳述されている。
Manifund Q1 Retro: Learnings from impact certs(外部)
ACX Grants 2024の運営報告。Tornyolプロジェクトが135万ドルの助成プログラムで話題となった経緯を記載。
Supercon 2024: Killing Mosquitoes With Freaking Drones(外部)
技術カンファレンスでの発表内容。380個のマイクロフォンとフェーズドアレイソナーの技術詳細を解説。
【編集部後記】
軍事用のソナー技術が、マラリア根絶という形で人々の暮らしに貢献する。殺虫剤と違う物理的な駆除方法は、蚊の薬剤耐性の心配がない点も利点といえます。Tornyolの技術は、マラリアが深刻な地域を救う希望になるかもしれません。
また、空港や港湾での水際対策としての活用はもちろん、個人宅での利用もいずれは視野に入るのかもしれません。その時、月額50ドルという価格を、あなたはどう捉えますか?この技術が世界に広まった時、私たちの生活や社会はどのように変わるのか。技術の可能性とそれがもたらす未来の光と影について、一緒に考えていきたいです。

























