中国はドバイエアショー2025で、完全自律型の対潜水艦戦を実行可能とされる世界初の無人航空機Wing Loong Xを公開した。
翼幅20メートル超の大型機で、最大40時間の自律飛行が可能であり、高度10,000メートルで運用できる。ソノブイを投下して潜水艦を探知し、AIで音響データを分析、標的を分類して軽量対潜魚雷で攻撃するという一連の作業を自律的に行えるとされる。
有人対潜哨戒機が1機あたり約2億2,000万ドルで9人の乗組員を必要とするのに対し、Wing Loong Xは低コストで群れとして配備可能である。
ただし、AIによる潜水艦判別と攻撃決定は誤検知の問題があり物議を醸している。
中国は実証前の概念技術を公開することで知られており、今回の機体も完全に機能する実機ではなくプロトタイプやモックアップの可能性が指摘されている。
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China unveils ‘world’s first’ autonomous drone to hunt submarines
【編集部解説】
ドバイエアショー2025で中国が公開したWing Loong Xは、対潜水艦戦における技術的パラダイムシフトを示唆する存在として注目を集めています。この無人機が主張する能力——ソノブイの投下から音響データのAI分析、標的分類、そして魚雷による攻撃までを完全自律で実行——が本当であれば、海洋安全保障の様相を一変させる可能性があります。
対潜水艦戦は「海上軍事航空作戦の中で最も困難」と称される分野です。潜水艦は開発以来、ステルス性を最大の武器としてきました。水中という三次元空間で活動する潜水艦を探知するには、ソノブイと呼ばれる使い捨ての水中聴音装置を海面に投下し、音響データを収集する必要があります。しかし、クジラの鳴き声や商船のエンジン音など、誤検知の原因となる音源は無数に存在します。このため、熟練したオペレーターによる慎重な分析が不可欠とされ、「科学というより芸術」と形容されるほど高度な専門性が要求されてきました。
現在、この任務を担う代表的な有人機がボーイングP-8Aポセイドンです。1機あたり約2億2,000万ドルで、9人の専門乗組員を必要とします。しかし、人間には疲労という限界があり、長時間の哨戒任務には交代要員が必要です。一方、Wing Loong Xは最大40時間の連続飛行が可能とされ、理論上は海上の要衝に約2日間滞空し続けることができます。
中国が20〜50機のWing Loong Xを同時展開できれば、南シナ海のような海域における潜水艦の行動は著しく制約されます。従来、潜水艦は静粛性を保ちながら長時間潜航することで探知を回避してきましたが、常時監視を行う多数の無人機が配備されれば、その優位性は大きく損なわれます。
ただし、このシステムには重大な懸念があります。AIが潜水艦と判断して魚雷を発射する自律的な判断には、誤検知のリスクが伴います。レーダー、ソナー、赤外線、電子情報を統合して正しく解釈し、実在する標的とゴースト信号を区別し、潜水艦の行動を予測する——これらすべてを機械が自律的に行うことには、技術的にも倫理的にも大きな課題があります。
国際社会では、完全自律型致死兵器システム(LAWS)の規制を求める声が高まっています。人間の監督なしに生死を決定する権限を機械に委ねることは、国際人道法の根幹である「区別の原則」や「比例性の原則」を脅かす可能性があります。米国国防総省は2012年以来、致死的決定を機械に委ねないという方針を維持していますが、権威主義国家がそうした制約を無視する可能性も指摘されています。
また、中国は実証前の概念技術を国際エアショーで公開することで知られています。今回展示されたのも実機ではなくフルスケールモデルであり、主張される能力が完全に機能する状態にあるかは不明です。過去にも中国は多くのプロトタイプやモックアップを「世界初」として発表してきた経緯があります。
とはいえ、中国がこうした技術開発に注力している事実そのものが重要です。Wing Loong Xが完全に機能しなくとも、その開発方向性は明確な戦略的意図を示しています。南シナ海における海洋支配を強化し、米国および同盟国の潜水艦に対する探知能力を向上させ、高価な有人対潜哨戒機の開発を回避する——これらすべてが、低コストで群れとして展開可能な自律型ドローンによって達成されうるのです。
この技術が実用化されれば、海洋における軍事バランスは大きく変化します。潜水艦の戦略的価値が低下する一方、自律型ドローンの群れを運用する能力が新たな優位性となるでしょう。同時に、AIによる自律攻撃という倫理的・法的グレーゾーンが実戦に投入されることで、戦争の性質そのものが変容する可能性もあります。
【用語解説】
ASW(対潜水艦戦)
Anti-Submarine Warfareの略。潜水艦を探知、追跡、攻撃する軍事作戦。海上軍事作戦の中で最も困難とされ、高度な専門知識と技術を必要とする。
MALE(中高度長時間滞空)
Medium-Altitude Long-Enduranceの略。中高度で長時間飛行可能な無人航空機の分類。偵察や監視任務に適している。
ソノブイ
航空機から投下される使い捨ての水中聴音装置。水中の音を拾い、無線で航空機に送信する。能動型と受動型があり、潜水艦探知に不可欠なセンサー。
AVIC(中国航空工業集団)
Aviation Industry Corporation of Chinaの略。中国の国有航空機メーカーで、Wing Loongシリーズを含む軍民両用の航空機を開発・製造している。
致死性自律兵器システム(LAWS)
Lethal Autonomous Weapons Systemsの略。人間の介入なしに標的を選択し攻撃できる兵器システム。「キラーロボット」とも呼ばれ、国際的な規制論議の対象となっている。
【参考リンク】
中国航空工業集団(AVIC)(外部)
Wing Loong Xを開発した中国の国有航空機メーカー。軍用・民間用航空機を製造。
Boeing P-8 Poseidon(外部)
米国ボーイング社製の対潜哨戒機。世界で最も先進的な有人対潜航空機とされる。
Army Recognition(外部)
防衛・軍事技術の専門情報サイト。世界各国の軍事装備や防衛産業を詳細分析。
Dubai Airshow(外部)
中東最大級の国際航空宇宙展示会。2025年は11月17-21日開催でWing Loong X初公開。
【参考記事】
At Dubai Airshow 2025 China unveils Wing Loong X drone with first submarine-hunt capability(外部)
Wing Loong Xの技術仕様と対潜水艦戦能力を詳細分析した記事。
Boeing P-8 Poseidon – Wikipedia(外部)
P-8ポセイドンの仕様、調達コスト、運用実績を包括的に記載した資料。
Anti-submarine warfare: A scalable approach(外部)
現代の対潜水艦戦における課題と無人システムの活用可能性を分析した記事。
Multistatic Sonar Technology has become key to Anti Submarine Warfare (ASW) operations(外部)
マルチスタティック・ソナー技術の重要性と課題を解説した技術記事。
Why we should limit the autonomy of AI-enabled weapons(外部)
自律兵器システムにおけるAIの倫理的課題について国際法専門家が警鐘。
China’s aerospace giants seek boost arms sales abroad at global air shows(外部)
ドバイエアショーにおける中国の航空宇宙企業の出展状況を報じた記事。
Analysis: The Wing Loong II Drone and China’s rise in the global armed UAV market(外部)
Wing Loong IIの技術仕様と国際市場での競争力を分析した詳細レポート。
【編集部後記】
潜水艦探知から攻撃までを機械が自律的に判断する——この技術は確かに効率的ですが、皆さんはどう感じられるでしょうか。
人間の疲労や判断ミスを排除できる一方で、誤検知による民間船への攻撃リスクや、責任の所在が曖昧になる懸念も存在します。Wing Loong Xの真の能力はまだ実証されていませんが、こうした自律兵器の開発競争が加速していることは間違いありません。
海洋安全保障の未来を考えるとき、私たちは技術的優位性と倫理的制約のバランスをどう取るべきなのか。この問いに正解はありませんが、無関心でいることはできない時代に私たちは立っています。
皆さんとともに、この技術がもたらす未来について考えていきたいと思います。
























