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リチウムがアルツハイマー病を逆転か|Harvard大、マウス実験で記憶完全回復

リチウムがアルツハイマー病を逆転か|Harvard大、マウス実験で記憶完全回復 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-08-09 06:39 by TaTsu

ハーバード医科大学のBruce Yankner教授らの研究チームが2025年8月6日、Nature誌でアルツハイマー病におけるリチウム欠乏の役割を明らかにした研究を発表した。

研究では数百人の高齢者の死後脳組織を解析し、アルツハイマー病および軽度認知障害患者の脳でリチウム濃度が健康な対照群と比較して著しく低下していることを発見した。そしてアミロイド斑がリチウムを隔離し、脳内での利用可能性を減少させることが判明した。

研究チームはアミロイド斑に結合せずに脳内リチウムレベルを回復させる化合物lithium orotateを発見し、アルツハイマー様症状のマウスに投与したところ、物体認識と迷路課題での記憶喪失が完全に回復し、アミロイド斑の発達が防がれた。従来の双極性障害治療に使用されるリチウム炭酸塩の低用量で効果を示し、腎臓や甲状腺への毒性は認められなかった。

一方、リチウム欠乏食を与えられたマウスでは認知機能低下と斑蓄積が加速した。この発見は脳内の微量金属生態系のバランスがアルツハイマー病発症に関与するという新しい理論を提示し、早期診断や予防、治療の新戦略につながる可能性がある。

From: 文献リンクCould lithium stave off Alzheimer’s disease?

【編集部解説】

今回の研究成果は従来のアルツハイマー病研究のパラダイムを根本から変える可能性を秘めています。2017年にはデンマークの疫学研究などで、飲料水に含まれる微量のリチウムと認知症発症率の低さに関連があることは示唆されていました。今回の研究は、その現象の背後にある「なぜ?」という問いに、分子レベルのメカニズムで初めて答えた点で画期的です。

この研究の核心は、脳内微量金属のホメオスタシス(恒常性)という概念です。Harvard Medical SchoolのYankner教授らが示したのは、脳内におけるリチウム濃度の微細な変化が、アルツハイマー病の発症における「最初のドミノ」として機能するという理論です。

特に注目すべきは、従来の治療薬開発が「結果として現れた病理(アミロイド斑やタウ蛋白)」を標的としていたのに対し、今回のアプローチは「病気を引き起こす根本的なメカニズム」にアプローチしている点です。この視点の転換は、単に症状の進行を遅らせるのではなく、病気を根本から治療する可能性を示唆しています。

研究で使用されたlithium orotateは、双極性障害治療に使われるリチウム炭酸塩とは異なる化合物です。最も重要な特徴は、アミロイド斑に捕捉されることなく脳内に到達できる点にあります。さらに、従来の臨床用量と比較して低用量で効果を発揮し、腎臓や甲状腺への毒性を示さなかったことは、安全性の観点から極めて有望です。

この発見が与える影響範囲は多岐にわたります。まず、診断技術への応用可能性です。死後脳組織解析で明らかになったリチウム濃度の変化パターンが、将来的には血液検査によるリチウム濃度測定を通じた早期スクリーニングツールとして機能する可能性があり、症状が現れる前の予防的介入が現実的になります。

技術的な側面では、Yankner教授らが開発したアミロイド回避型リチウム化合物のスクリーニングプラットフォームが注目されます。これにより、より効果的な化合物の発見が加速される可能性があります。

一方で、マウスでの結果が必ずしも人間に適用できるとは限らず、種差による結果の違いも考慮すべき点です。また、この研究をもって自己判断でリチウムのサプリメントなどを摂取することは極めて危険です。研究を主導したYankner教授自身が「この研究結果に基づいて一般の人がリチウムを摂取することは推奨しない」と明確に警告しています。リチウムは治療域と毒性域の幅が狭い(治療域が狭い)薬物として知られており、安易な使用は深刻な健康被害に繋がる恐れがあります。必ず将来的な臨床試験による安全性と有効性の確認が必要です。

規制面への影響としては、リチウム・オロテートが現在米国で「未規制の栄養補助食品」として販売されている状況が問題視される可能性があります。今回の研究結果を受けて、より厳格な規制や品質管理が求められるかもしれません。

長期的な視点では、この研究は「脳の電気化学」という新しい治療領域を開拓する可能性を秘めています。Yankner教授が指摘するように、リチウムが電子機器のバッテリーに使われるのと同様の電気化学的特性が、脳の情報伝達においても重要な役割を果たしている可能性があります。

この発見により、認知症治療は単なる症状管理から「脳機能の根本的な修復」へとパラダイムシフトする可能性があります。特に、記憶機能の完全な回復が実現すれば、患者とその家族の生活の質は劇的に改善されるでしょう。

今後の臨床試験の成功如何によっては、アルツハイマー病だけでなく、他の神経変性疾患や精神疾患への応用も期待されます。我々は、人類の認知能力を守り、さらには向上させる新たな時代の入り口に立っているのかもしれません。

【用語解説】

リチウム・オロテート(lithium orotate)
オロチン酸とリチウムの塩。分子式C₅H₃LiN₂O₄。従来の双極性障害治療薬であるリチウム炭酸塩とは異なり、アミロイド斑に結合せずに脳内に到達できる特性を持つ。現在、米国では未規制の栄養補助食品として販売されている。

アミロイド斑(Amyloid plaques)
アルツハイマー病の病理学的特徴の一つ。アミロイドβタンパク質が脳内で異常に蓄積して形成される粘着性の塊。患者の脳内でリチウムを隔離し、脳内利用可能性を低下させる。

軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment)
正常な老化による認知機能の変化と認知症の中間段階。記憶や思考能力の軽度の低下があるものの、日常生活には支障をきたさない状態。アルツハイマー病の前駆段階とされる。

タウタンパク質(Tau protein)
脳内で神経細胞の形状を維持する役割を持つタンパク質。アルツハイマー病では異常にリン酸化され、神経細胞内でもつれ(タングル)を形成し、神経細胞死を引き起こす。

死後脳組織解析(Postmortem brain tissue analysis)
死亡後の脳組織を採取し、病理学的変化や物質濃度を詳細に分析する研究手法。生前の脳の状態を直接観察できるため、神経疾患研究において極めて重要な情報源となる。

双極性障害(Bipolar disorder)
躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患。リチウム炭酸塩が数十年にわたり標準的治療薬として使用されており、今回の研究でリチウム・オロテートとの比較対象となった。

抗アミロイド薬(Antiamyloid drugs)
アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβの蓄積を標的とした治療薬。2025年現在、いくつかの薬剤が承認されているが、効果は限定的とされている。

【参考リンク】

Harvard Medical School – Yankner Lab(外部)
ハーバード医科大学のBruce Yankner教授の研究室公式サイト。アルツハイマー病研究の最新成果を紹介

The Florey Institute of Neuroscience and Mental Health(外部)
オーストラリアの世界トップクラスの脳研究機関。600名の研究者が認知症研究に取り組む

Science Magazine(外部)
世界最高峰の科学雑誌の一つ。今回のリチウム研究を報じた権威ある科学出版機関

Nature(外部)
世界最高峰の科学雑誌。今回のYankner教授らの研究成果が掲載された権威ある学術誌

【参考記事】

STAT News – A missing mineral, lithium, could be key to Alzheimer’s(外部)
Harvard大学Bruce Yankner教授らの研究を詳しく解説。リチウムがアルツハイマー病治療の鍵となる可能性を報じる

El País English – Discovery of lithium’s essential role in Alzheimer’s disease(外部)
Harvard大学の研究チームがマウスでの認知症を逆転させた画期的な成果を報告

【編集部後記】

今回のリチウム研究は、私たちの「脳の健康」について、これまでにない視点を与えてくれましたね。もちろん、この研究結果がすぐに私たちの生活に応用できるか、その真偽は今後のさらなる研究を待つ必要があります。

ですが、未来を想像するのは自由です。もしかすると、数年後には「リチウム」という新しいサプリメントが、私たちの健康維持の選択肢に加わっているかもしれません。皆様はどう思われますか?

そんな未来に思いを馳せながら、「とりあえず、リチウムが含まれるという魚介類や海藻、トマトなどを食事に少し意識して取り入れてみようかな」と考えてみる。それもまた、テクノロジーと共に未来のウェルネスを自分事として捉える、私たちなりの第一歩なのかもしれません。ぜひSNSで、皆様のご意見を聞かせてください。

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TaTsu
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