CT-Bone:3Dプリントと低結晶性リン酸カルシウムで実現する次世代骨再生医療 世界50億人の課題解決へ

 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社ネクスト21は、CT-BoneとSmart Bone Bank™による骨再生医療システムを発表した。

CT-Boneは患者のCT画像データから骨欠損部の3次元形状を抽出し、CAD設計を経て3Dプリンターで造形する低結晶性リン酸オクタカルシウム人工骨である。

スマートボーンバンクは手術計画ナビゲーションデータから骨欠損部の形状構造データを抽出してCAD設計を担う臨床連携プラットフォームだ。従来のヒト同種骨移植は献体依存で供給が不安定であり、感染リスクや宗教的・倫理的制約を伴うが、CT-Boneは合成素材による安定供給が可能で個別設計により高い形状親和性を実現する。

世界人口81億人の中で約50億人以上が骨欠損や整形外科的疾患に悩まされながら献体骨へのアクセスに困難を抱えており、世界人口の約85%がボーンバンクの制度的恩恵を受けていない。この技術は経産省NEDO、医薬基盤・健康・栄養研究所の助成および東京大学との共同研究によって実用化され、厚労省から承認を受けている。

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From: 文献リンク骨再生医療の近未来 ― Smart Bone Bank™ ―

【編集部解説】

骨再生医療の世界で、いま大きなパラダイムシフトが起きています。株式会社ネクスト21が発表したCT-BoneとSmart Bone Bankは、単なる新製品の登場ではなく、骨移植医療における構造的な課題を解決する可能性を秘めた技術です。

従来の骨移植には大きく分けて3つの選択肢がありました。自分の健康な骨を採取する「自家骨移植」、献体から提供される「他家骨移植」、そして化学的に合成された「人工骨」です。それぞれに利点と欠点があり、完璧な解決策は存在しませんでした。

自家骨移植は最も生着率が高いとされる一方で、健康な部位から骨を採取する必要があるため、患者への負担が大きく、手術時間も長くなります。他家骨移植はボーンバンクから提供される献体骨を使用するため患者の負担は軽減されますが、供給が不安定であり、感染リスクや宗教的・倫理的な制約も伴います。

世界的に見ると、この問題はさらに深刻です。今回のプレスリリースによれば、世界人口81億人のうち約50億人以上が骨欠損や整形外科的疾患に悩まされながら、献体骨へのアクセスに困難を抱えています。実に世界人口の約85%がボーンバンクの制度的恩恵を受けていないという推定があります。米国やドイツ、オーストラリアなど一部の先進国では機能しているボーンバンクも、多くのアジア・アフリカ諸国では十分に整備されていません。

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CT-Boneの革新性は、この構造的な供給不足を解決できる点にあります。低結晶性リン酸オクタカルシウム(OCP)という素材を使用し、3Dプリンターで患者のCT画像データから個別設計された人工骨を造形します。OCPは自然な骨の形成過程における前駆体物質として科学的に証明されており、従来のハイドロキシアパタイト(HA)やβ-TCP(β-リン酸三カルシウム)といった人工骨よりも優れた骨誘導性と吸収性を持つことが、多数の研究論文で実証されています。

Smart Bone Bankはさらに一歩進んでいます。手術計画ナビゲーションデータから骨欠損部の3次元形状を抽出し、CAD設計を経て最終加工を施すことで、患者の骨欠損部に完全にフィットする人工骨を提供します。これにより、術中の調整時間が大幅に短縮され、固定力が向上し、再手術のリスクも軽減されます。

3Dプリンティング技術による患者個別化医療は、整形外科領域で急速に進展しています。2025年に発表された複数の研究では、患者固有の3Dプリント骨インプラントが手術時間の短縮、解剖学的整合性の向上、骨治癒の促進に寄与することが報告されています。CT-Boneはこの流れを骨再生医療に応用し、さらにOCPという生体活性材料を組み合わせることで、形状適合性と生物学的機能性の両方を実現しています。

内部構造にも工夫があります。GyroidやSchwarz Pといった数学的に設計された微細構造を持たせることで、強度を保ちながら骨細胞や血管が侵入しやすい連通孔を形成します。これにより骨代謝が促進され、移植された人工骨が自分の骨に置き換わる「骨置換」が早まります。

グローバル市場の観点から見ると、骨移植材料市場は2024年に約31.6億ドルと推定され、2030年までに46億ドルに達すると予測されています。市場では現在、他家骨移植が60%以上のシェアを占めていますが、合成骨代替材料が最も速い成長率を示すと予測されており、CT-Boneのような技術への需要は今後さらに高まると考えられます。

この技術は経産省NEDO、医薬基盤・健康・栄養研究所の助成、そして東京大学との共同研究によって実用化され、2017年5月に厚生労働省から承認を受けています。日本発の技術が世界の医療格差解消に貢献する可能性を秘めている点も注目に値します。

ただし、課題もあります。3Dプリンティング技術による個別化医療は製造コストが高く、専門的な設備と技術者が必要です。また、各国の医療機器規制への対応も必要となります。しかし、プレスリリースではスマートボーンバンクが既存の医療施設内ボーンバンクの転用を可能にするとしており、地域医療レベルでの展開も視野に入れています。

骨再生医療の未来において、CT-BoneとSmart Bone Bankは「公平で精密な骨再生医療」を世界中に届けるという明確なビジョンを持っています。献体骨が利用困難な地域においても、宗教的・文化的制約を回避しながら、個別最適化された高精度の骨再建医療を提供できる可能性は、まさに人類の医療史における転換点となるかもしれません。

【用語解説】

低結晶性リン酸オクタカルシウム(OCP)
化学式Ca8H2(PO4)6·5H2Oで表される、生体内で骨や歯の形成過程における前駆体物質とされるリン酸カルシウム化合物である。水分子層とアパタイト構造が交互に積層した特殊な層状構造を持ち、生体内環境下でハイドロキシアパタイト(HA)に変換される性質がある。従来のHA人工骨やβ-TCP人工骨と比較して、優れた骨伝導性、骨誘導性、生体吸収性を示すことが多数の研究で実証されている。

ボーンバンク
骨移植に使用する献体骨を保管・提供する医療機関または組織である。提供された骨は厳格な検査と処理を経て保管され、必要な患者に提供される。感染症のリスク管理、倫理的な手続き、法制度の整備が必要であり、世界的には約85%の人口がボーンバンクの恩恵を受けられていないとされる。

CAD設計
Computer-Aided Design(コンピュータ支援設計)の略称で、コンピュータを用いて製品の設計を行う技術である。CT-Boneでは患者のCT画像データから骨欠損部の3次元形状を抽出し、CADソフトウェアで最適な人工骨の形状を設計する。これにより患者個別の解剖学的構造に完全に適合した医療機器の製造が可能となる。

自家骨移植(Autograft)
患者自身の身体の別の部位(腸骨、腓骨など)から骨を採取して移植する方法である。生着率が最も高く免疫拒絶反応がないが、健康な部位からの骨採取により患者への侵襲が大きく、手術時間が長くなるという欠点がある。

他家骨移植(Allograft)
ボーンバンクに献体された死体から摘出した骨を移植する方法である。患者自身の骨を採取する必要がないため侵襲は少ないが、献体依存のため供給が不安定であり、感染リスクや宗教的・倫理的制約を伴う。

GyroidおよびSchwarz P構造
数学的に定義される極小曲面(Triply Periodic Minimal Surface: TPMS)の一種である。Gyroid構造とSchwarz P構造は3次元空間において周期的に繰り返される複雑な幾何学的パターンで、高い強度を保ちながら多孔質構造を形成できる。骨インプラントに応用することで、機械的強度を維持しながら骨細胞や血管の侵入を促進する連通孔を実現できる。

骨誘導性(Osteoinductivity)
骨を形成する細胞(骨芽細胞)への分化を促進する性質である。骨誘導性を持つ材料は、未分化な間葉系幹細胞を骨芽細胞に分化させ、新しい骨の形成を促進する。

骨伝導性(Osteoconductivity)
骨細胞が材料表面に沿って増殖・伝播する性質である。骨伝導性を持つ材料は、既存の骨から新しい骨が成長する足場として機能する。

【参考リンク】

株式会社ネクスト21(外部)
CT-Boneを開発・製造する東京の医療機器メーカー。骨再生医療技術の研究開発を行う

東京大学(外部)
ネクスト21と共同でCT-Bone技術を研究開発。骨再生医療分野で多数の研究成果を発表

PubMed(外部)
米国国立医学図書館が運営する医学・生物学分野の学術文献データベース。OCP関連の研究論文が多数収録

    【参考記事】

    Bone Grafts And Substitutes Market Size, Share Report 2030(外部)
    世界の骨移植材料市場が2024年に31.6億ドル、2030年に46億ドルに達すると予測

    Bone Allografts Market Size, Share And Trends Report, 2030(外部)
    世界の骨他家骨移植市場が2024年に19億ドル、2030年に26.2億ドルに成長すると予測

    Allograft Market – Global Market – Industry Trends and Forecast to 2030(外部)
    献体不足、適格性基準、同意の問題が他家骨移植の供給不足を招いていることを指摘

    First clinical application of octacalcium phosphate collagen composite in human bone defect(外部)
    OCPコラーゲン複合体の初の臨床試験。ヒト骨欠損における安全性と骨再生促進を実証

    Innovative 3D printing technologies and advanced materials revolutionizing orthopedic surgery(外部)
    3Dプリンティングが整形外科手術で患者固有のインプラント作成を可能にすることを解説

    Octacalcium phosphate, a promising bone substitute material: a narrative review(外部)
    OCPが従来のHAやβ-TCPよりも優れた骨再生能力を持つことをレビューした論文

    Bone Graft Substitute Market Size, Growth Report 2035(外部)
    骨移植代替材料市場が2024年に36.7億ドル、2035年に78.3億ドルに成長すると予測

      【編集部後記】

      世界人口の85%がボーンバンクの恩恵を受けられていないという数字に、私も驚きました。骨移植という身近な医療技術が、実は地域や文化によって大きな格差を抱えていたのです。CT-Boneのような3Dプリント技術と生体材料の融合は、こうした医療格差を解消する可能性を秘めています。みなさんは、テクノロジーによって医療アクセスの不平等が解決される未来をどう捉えますか?日本発のこの技術が世界の医療を変える日が来るかもしれません。骨再生医療の進化を、一緒に見守っていきましょう。

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      Satsuki
      テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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