MIT、砂粒サイズの注射可能アンテナを開発。深部医療インプラントへのワイヤレス給電を実現

[更新]2025年10月31日08:04

MIT、砂粒サイズの注射可能アンテナを開発。深部医療インプラントへのワイヤレス給電を実現 - innovaTopia - (イノベトピア)

MITメディアラボの研究者たちは、砂粒ほどの大きさで体内に注射可能なアンテナを開発した。このアンテナは、ペースメーカーや神経調整装置など深部組織の医療インプラントにワイヤレスで電力を供給できる。研究成果はIEEE Transactions on Antennas and Propagationの10月号に掲載された。

開発された200マイクロメートルのアンテナは109 kHzの低周波数で動作し、磁歪膜と圧電膜を積層した技術を採用している。デブリナ・サーカー准教授によると、このアンテナは金属コイルを使用しGHz周波数範囲で動作する同サイズの埋め込み可能なアンテナよりも4桁から5桁多くの電力を供給する。

アンテナを起動する磁場は携帯電話のワイヤレス充電器に似たデバイスで提供され、皮膚に貼り付けるパッチまたはポケットに入れて使用できる。アンテナはマイクロチップと同じ技術で製造されるため既存のマイクロエレクトロニクスと統合が容易であり、針注射でシステム全体を配置できる。

From: 文献リンクInjectable antenna could safely power deep-tissue medical implants – MIT News

【編集部解説】

この技術の最も革新的な点は、医療インプラントの配置方法を根本から変える可能性にあります。従来、ペースメーカーや神経刺激装置を体内に埋め込むには外科手術が必要でした。それが針一本で済むようになれば、患者への負担は劇的に軽減されます。

技術的なブレークスルーは、磁歪膜と圧電膜を組み合わせた磁気電気変換メカニズムにあります。109 kHzという低周波数で動作することで、高周波による組織加熱のリスクを回避しました。従来のGHz帯で動作する金属コイル方式のアンテナと比較して、4桁から5桁(10,000倍から100,000倍)も多くの電力を供給できる点は特筆に値します。

この技術が実用化されると、医療現場にいくつかの変化をもたらすでしょう。まず、現在のペースメーカーは5〜10年ごとに交換が必要ですが、バッテリー交換のための再手術が不要になることが期待されます。また、複数のアンテナを同時に注射できるため、広範囲の治療や分散型の神経調整システムの構築も視野に入ります。

グルコースセンシングへの応用も興味深い展開です。糖尿病患者の連続血糖モニタリングに、針で注射できるセンサーを使えれば、患者のQOL向上に大きく貢献するはずです。

一方で、体内への異物長期留置に関する安全性評価は、慎重に進める必要があります。磁気電気材料の生体適合性については、先行研究においてパリレンCでカプセル化した磁気電気デバイスが7日間の細胞毒性試験で生体適合性を示したという報告があります。しかし、数年から数十年という長期使用における安全性データの蓄積が求められます。

外部磁場発生装置の管理も課題の一つです。スマートフォンのワイヤレス充電器に似た装置を、皮膚に貼り付けるパッチとして、あるいはポケットに入れて使用することが想定されています。電力供給が途切れた場合の安全機構など、実用化には詳細な設計が必要でしょう。

200マイクロメートルという極小サイズは、既存の半導体製造技術を活用できるため、量産化のハードルは比較的低いと考えられます。50年にわたるトランジスタの小型化技術の蓄積を活用できる点は、この技術の実用化を加速させる要因になります。

医療規制の観点からは、新しいカテゴリーの医療機器として承認プロセスを経る必要があります。注射可能な能動的医療機器という前例の少ない分野であり、FDA等の規制当局がどのような評価基準を設定するかが、実用化のタイムラインを左右します。

【用語解説】

磁歪膜(Magnetostrictive film)
磁場が印加されると物理的に変形する特性を持つ材料の薄膜。磁区の配向変化により、材料が伸縮や曲がりといった機械的変形を起こす。この技術では磁気エネルギーを機械的エネルギーに変換する役割を担う。

圧電膜(Piezoelectric film)
機械的な力や変形を受けると電荷を発生させる材料の薄膜。逆に電圧を印加すると変形する性質も持つ。この技術では磁歪膜からの機械的ひずみを電気エネルギーに変換する。

ナノファブリケーション(Nanofabrication)
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの構造を製造する技術。半導体製造で培われた微細加工技術が活用される。

【参考リンク】

MIT Media Lab – Nano-Cybernetic Biotrek(外部)
MITメディアラボ内の研究グループで、デブリナ・サーカー准教授が率いる。

IEEE Xplore Digital Library(外部)
電気電子技術者協会が運営する学術論文データベース。

MIT News – Research and Innovation(外部)
MITの公式ニュースサイト。最新の研究成果を報じている。

【参考記事】

A wireless millimetric magnetoelectric implant for the endovascular stimulation of peripheral nerves – Nature Biomedical Engineering(外部)
2022年発表の磁気電気インプラントの先行研究。ミリメートルスケールの末梢神経刺激について報告。

Cell Rover—a miniaturized magnetostrictive antenna for wireless power transfer and data communication – Nature Communications(外部)
2022年発表の小型磁歪アンテナ研究。無線電力伝送とデータ通信両対応。

A Miniaturized, Low-Frequency Magnetoelectric Wireless Power Transfer System – IEEE(外部)
2024年発表の小型低周波磁気電気ワイヤレス電力伝送システムに関する研究。

【編集部後記】

針一本で体内に配置できる医療デバイスという未来が、思っていたよりも早く実現しそうです。手術の痕が残らず、入院期間も大幅に短縮される——そんな医療の姿を、皆さんはどう感じますか?

私自身、この技術が実用化されれば、医療インプラントに対する心理的なハードルが大きく下がるのではないかと考えています。同時に、体内で数十年間動き続けるデバイスの安全性や、外部装置を日常的に身につける生活についても、一緒に考えていきたいテーマです。この技術が切り開く医療の可能性について、皆さんはどのような期待や懸念をお持ちでしょうか。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…