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富士通「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」×理研、256量子ビット超伝導量子コンピュータを開発――世界最大級の計算能力を実現

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-04-24 17:22 by admin

日本発の量子コンピュータ技術が、いま世界の最前線に躍り出ようとしている。
この研究結果は、国産イノベーションが産業や社会の未来を大きく変える転換点となる可能性を示している。新たな量子時代の幕開けを、私たちは目撃し始めているのだ。

富士通株式会社とRIKEN(国立研究開発法人理化学研究所)は、2025年4月22日、共同で256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発したと発表した。この新型量子コンピュータは、2023年に公開した64量子ビット機の技術を基盤に、3次元接続構造と高密度実装技術を採用し、同一の希釈冷凍機で量子ビット数を4倍に拡大している。256量子ビット機は、より大規模な分子解析や量子エラー訂正アルゴリズムの実証が可能となる。2025年度第1四半期から「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて企業や研究機関向けに提供を開始する予定。今後、2026年には1,000量子ビット超級の超伝導量子コンピュータの公開を目指し、富士通のFujitsu Technology Park(神奈川県川崎市中原区)内に新設される「量子棟」への設置も計画している。また、理研と富士通の連携センターの設置期間は2029年3月まで延長される。

from:https://pr.fujitsu.com/jp/news/2025/04/22.html

【編集部解説】

今回の256量子ビット超伝導量子コンピュータの開発は、日本の量子技術が世界の商用・研究分野で最前線に立つことを示しています。高密度実装技術の導入によって、従来の64量子ビット機と同じ冷却装置内で4倍の量子ビットを搭載できるようになった点は、量子コンピュータのスケーラビリティ(拡張性)に大きな進歩をもたらしました。

この技術進化により、創薬や材料開発、金融リスク解析など、従来のスーパーコンピュータでは困難だった大規模・高精度なシミュレーションが現実味を帯びてきます。特に、量子エラー訂正技術の実証が可能となることで、将来的な「誤り耐性量子コンピュータ」(FTQC)への布石となります。

一方で、量子コンピュータが社会に広く普及するためには、ハードウェアの更なる大規模化と並行して、量子アルゴリズムやソフトウェアの進化、そして量子暗号などのセキュリティ面での対応も不可欠です。現時点では「量子優位性」(既存のコンピュータを圧倒的に上回る計算能力)の実証は一部の特定分野に限られていますが、今後1,000量子ビット級の開発が進むことで、より多くの産業分野にインパクトを与えることが期待されます。

また、量子コンピュータはSDGsやカーボンニュートラルといった社会課題の解決にも寄与する可能性が高く、富士通と理研の長期的な産学連携モデルは、持続可能なイノベーションの好例といえるでしょう。

【用語解説】

  • 超伝導量子コンピュータ:絶対零度近くで動作する量子回路を用いたコンピュータ。ノイズの影響を最小限に抑えられる。
  • 希釈冷凍機:極低温(-273℃付近)を作り出す装置。量子回路を安定動作させるために必須。
  • 量子エラー訂正:量子計算中のエラーを検出・修正する技術。実用的な量子コンピュータ実現の鍵。

【参考リンク】

【編集部追記】

「量子コンピュータに残された技術的課題」

誤り訂正に必要な大量のビット

量子コンピュータは、量子ビット(qubit)が非常に壊れやすく、外部環境のわずかなノイズや熱、電磁波の影響で簡単にエラー(誤り)が発生します。このエラーは、従来のコンピュータの「0→1」や「1→0」といった単純なビット反転だけでなく、量子特有の「重ね合わせ」や「位相」の崩れも含まれます。

このため、実用的な量子計算を行うには、エラーを自動的に検出し訂正する「量子エラー訂正(QEC)」が不可欠です。しかし、量子ビットは直接観測すると状態が壊れてしまうため、複数の物理量子ビットを組み合わせて一つの「論理量子ビット」を構成し、間接的にエラーを検出・訂正します。

この冗長化には大きなコストが伴い、現在主流の「サーフェスコード」などの方式では、1つの論理量子ビットを作るために100~1000個以上の物理量子ビットが必要とされています(この数は符号方式やエラー率によって変動します)。たとえば、実用的な大規模量子計算を行うには、最終的に数百万規模の物理量子ビットが必要になると見積もられています。

研究者たちは、この膨大なビット数を少しでも減らすために、より効率的な量子エラー訂正符号(例:量子LDPCコード、多次元幾何学的コード)や、エラー発生率を下げるための材料・設計改良、エラー緩和技術の開発など、多方面から取り組んでいます。

超伝導状態

今回の富士通・理研の量子コンピュータもそうですが、超伝導量子ビットは「超伝導体」を用いて作られています。超伝導体は、極低温(絶対零度近く、数ミリケルビン)で電気抵抗がゼロになる特性を持ちます。

この超伝導状態が必要な理由は、量子ビットの「コヒーレンス時間(量子状態が保たれる時間)」を最大限に延ばし、外部からのノイズや熱による乱れを極限まで抑えるためです。超伝導体を使うことで、微弱な量子信号を損失なく伝え、精密な制御や測定が可能になります。

しかし、超伝導状態を維持するには、特殊な冷却装置(希釈冷凍機)で絶対零度近くまで冷やし続けなければなりません。数百~数千本の配線や制御信号を極低温環境に持ち込む必要があり、装置の大規模化・複雑化・高コスト化といった課題がつきまといます。

このため、研究者たちは

  • 配線の効率化(3D実装や多重化技術)
  • より高温でも動作する新材料の探索
  • 冷却効率の向上
  • コヒーレンス時間をさらに延長する設計改良

など、ハードウェアとソフトウェアの両面から課題解決に挑戦しています。

液体ヘリウム市場が抱える問題と量子技術への影響

超伝導量子コンピュータの冷却システム、特に希釈冷凍機の稼働には液体ヘリウムが不可欠です。2025年現在、液体ヘリウムの供給不足と価格高騰が、量子技術をはじめとする先端分野に大きな影響を及ぼしています。ヘリウムは天然ガスの採掘過程でしか得られない希少な資源であり、アメリカ、カタール、ロシアなど限られた国でしか大規模生産が行われていません。日本を含む多くの国は、ヘリウムをほぼ100%輸入に依存しています。

近年、アメリカの連邦ヘリウム備蓄の民営化により、世界最大級の備蓄量が民間企業の管理下に移ったことで市場価格の変動が激しくなりました。加えて、ロシアのアムールプラントの稼働遅延やカタールの生産拠点の老朽化によるメンテナンス長期化など、複数の要因が重なり、世界的な供給不安が深刻化しています。その結果、2019年と比べて液体ヘリウムの価格は約4倍にまで高騰し、2025年第1四半期の市場価格は450ドル/MCFに達しています。

このような状況は、半導体や医療(MRI)、航空宇宙、そして量子技術など多くの産業分野に影響を与えています。たとえば、半導体工場ではヘリウム供給の遅れによって生産停止や損失が発生し、医療現場ではMRI検査のコストが上昇しています。量子コンピュータの分野でも、冷却システムの稼働率が低下し、特に中小規模の研究機関や大学では、価格転嫁が難しいため実験や開発の中断リスクが高まっています。

こうした課題に対し、各国や企業ではヘリウムのリサイクル技術の導入や、回収率向上の取り組みが進められています。また、鉄系高温超伝導体の研究や、無冷媒冷却技術の開発も進行中です。さらに、アフリカ・タンザニアなどで新たなヘリウム鉱床の開発が進められており、供給元の多様化も模索されています。

液体ヘリウムの供給問題は単なる資源不足にとどまらず、先端技術の持続的発展や社会的受容性にも直結する課題です。量子コンピュータの実用化を目指す上では、技術革新とともに資源循環や国際協調の重要性がますます高まっています。

技術的課題克服の歴史と未来への展望

量子コンピュータの発展史は、まさに「不可能への挑戦の連続」でした。1995年、ピーター・ショアが量子エラー訂正理論を提唱した当初は、その実現性について多くの研究者が懐疑的でした。しかし、2007年に電荷ノイズに強いトランスモン量子ビットが開発され、2019年にはグーグルの「Sycamore」によって量子超越性が実証されるなど、着実にブレイクスルーが積み重ねられてきました。

今回の256量子ビット機も、3D接続構造や高密度冷却技術といった、かつては困難と考えられていた課題を解決した成果です。過去の技術革新が示しているのは、「現在の限界は、未来のスタンダードになる」という事実です。たとえば、1980年代に比べて冷却効率は飛躍的に向上し、3D接続構造の導入によって配線長が大幅に短縮されました。また、2000年代にはナノ秒単位だった量子ビットのコヒーレンス時間も、現在ではミリ秒級にまで延びています。誤り訂正についても、2010年代には数百万個の物理量子ビットが必要と予測されていましたが、近年のQLDPC符号などの進展によって必要なビット数が大幅に削減されつつあります。

富士通と理研の取り組みも、こうした歴史の延長線上にあります。

科学者たちが過去の壁を乗り越えてきたように、液体ヘリウムへの依存脱却や誤り訂正の効率化、大規模化に伴うコスト低減といった現在の課題も、新材料の発見やアルゴリズム革新によって克服されていくでしょう。量子コンピュータがもたらす未来、たとえば創薬の高速化や気候モデルの高精度化、エネルギー網の最適化などは、人類が直面する課題解決の新たな可能性を切り拓くものです。

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野村貴之
理学と哲学が好きです。昔は研究とかしてました。
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