1979年7月1日:音楽の歴史が変わった日
46年前の今日、1979年7月1日、ソニーから発売された初代ウォークマン「TPS-L2」。価格は33,000円でした。この小さな日本製デバイスが、世界の音楽体験を根本から変えることになります。
日本が世界に贈った文化変革
この小さな発明が、後のiPod、そして現在のSpotifyやApple Musicまで続く「音楽を持ち歩く」文化の出発点となりました。カセットテープからストリーミングまで、46年間にわたる音楽配信の変遷は、すべてこの日本発のイノベーションから始まっています。
社内の反対を押し切った大賭博
「録音できない機器なんて売れるはずがない」
社内からは猛反対の声が上がりました。当時、カセットプレーヤーといえば録音機能付きが当たり前。再生専用の機器を誰が買うのか。そんな疑問は当然でした。
それでも盛田昭夫会長は決断を曲げませんでした。ソニーのポータブルモノラルテープレコーダー「プレスマン」からスピーカーと録音機能を取り除き、ステレオ再生に特化します。価格も最初は35,000円で決まりかけましたが、「ソニー創立33周年」にちなんで33,000円に変更しました。こういうエピソードからも、この製品にかけた特別な思いが伝わってきます。
西城秀樹とローラースケートが作った文化
発売直後の反応は微妙でした。しかし、雑誌が動きました。各誌がウォークマンを「新しい若者のライフスタイルの象徴」として取り上げ始めたのです。
決定的だったのは『月刊明星』1979年9月号。人気絶頂の西城秀樹が上半身裸でウォークマンを聴きながらローラースケートをしている見開きグラビアが掲載されました。この一枚の写真が時代を象徴することになります。
ウォークマン、ローラースケート、デジタルウォッチ。これらが「新三種の神器」と呼ばれるようになりました。単なる製品ではありません。若者文化そのものの表現でした。
その後の売れ行きは劇的でした。発売1ヶ月で3000台ほどの売上から、翌月には初回生産3万台を全て売上げ、供給不足が半年間続くほどの人気となりました。82年10月末には累計550万台を出荷し、そのうち6割が海外向けという国際的ヒット商品になっていました。
日本発の技術力が支えた進化
ウォークマンの真の強さは適応力でした。カセットテープから始まり、1984年にはCD対応の「DISCMAN」を発売。初代モデル「D-50」は49,800円(約350ドル)で登場し、それまでのCDプレーヤーの約半額という価格で市場に衝撃を与えました。1992年にはMD対応機種、1999年にはメモリースティック、2004年にはハードディスク対応と、新しいメディアが登場するたびに対応してきました。
技術の進歩に合わせて姿を変え続ける。これが日本のモノづくりの真骨頂でした。
iTunesが開いたデジタル配信の扉
2001年、iPodが登場します。ウォークマンの競合と見られがちですが、実際は「音楽を持ち歩く」というウォークマンの理念を受け継いだ後継者でした。
iPodの画期的な点は単体の性能ではなく、2003年に始まったiTunes Music Storeとの組み合わせにありました。当時、NapsterなどのP2Pソフトで海賊版が横行していた音楽業界に、合法的で手軽な楽曲購入の場を提供したのです。
そして2007年、iPodの成功を基盤にiPhoneが登場します。音楽プレーヤーとしてのiPodの機能を内蔵した携帯電話は、単なる通話機器を多機能デバイスへと変貌させました。ウォークマンから始まった「音楽を持ち歩く」というコンセプトが、最終的には携帯電話そのものの概念を変え、現在のスマートフォン時代の礎となったのです。
ストリーミングが変えた音楽との関係
次の大きな変化はスウェーデンから始まりました。2008年、Spotifyがサービスを開始。海賊版問題に悩むスウェーデンの音楽業界を救うため、合法的で魅力的な音楽配信を目指しました。
Spotifyの新機軸は「フリーミアムモデル」でした。無料でも音楽を聴けますが、広告が入ります。広告を嫌う人は有料版にアップグレードする。この仕組みが多くのユーザーを呼び込みました。
国際レコード産業連盟は、この変化を「『所有』から『アクセス』へ」と表現しました。楽曲を買うのではなく、音楽にアクセスする権利を得る。この概念転換が音楽業界を根本から変えました。
Spotifyの成功は業界全体に波及効果をもたらしました。AmazonやGoogle、そして当初は消極的だったAppleまでもがストリーミングサービスに参入。音楽市場は2014年まで15年間縮小を続けていましたが、2015年から回復に転じ、2022年には262億ドルとSpotify開始時から約60%拡大しました。
日本独特の普及プロセス
日本でのストリーミング普及は独特でした。CDパッケージ売上の比率が他国より高く、Spotifyの日本進出も2016年と遅れました。フリーミアムモデルの無料部分について、日本のレーベルとの交渉が難航したためです。
しかし、一度普及が始まると変化は劇的でした。2018年以降、あいみょんやOfficial髭男dismなど、ストリーミングサービスを起点に注目を集めるアーティストが続出。2023年時点で日本の音楽配信売上の9割以上をストリーミングが占めるまでになりました。
日本のモノづくりが世界に与えた影響
興味深いのは、iPodが姿を消した今でも、ウォークマンが生き残っていることです。現在のウォークマンはハイレゾ対応を強化し、高音質・高付加価値で独自の地位を築いています。
これは単なる商品の継続ではありません。「最高の音楽体験を追求する」という日本発の哲学が受け継がれているのです。品質へのこだわり、ユーザー体験の追求、技術革新への挑戦—これらすべてが日本のモノづくりDNAとして、現在も世界の音楽業界に影響を与え続けています。
7月1日に始まった音楽の未来
46年前の7月1日から始まった物語では、カセットテープからストリーミングまで、技術は大きく変わりました。しかし「好きな音楽をどこでも聴きたい」という人々の願いは変わりません。
街でヘッドホンをして歩く光景は今や日常ですが、この「当たり前」を最初に作ったのは46年前の今日、日本の小さなチームでした。彼らが撒いた種は、iTunesによる楽曲購入の変革を経て、Spotifyによるアクセス型サービスへと花開きました。
7月1日「ウォークマンの日」は、単なる製品発売記念日ではありません。日本が世界に贈った音楽文化変革の記念日であり、技術は進歩するが人の心は変わらないことを示す日でもあります。ユーザーの立場に立った発想と、それを実現する勇気があれば、小さなチームでも世界を変えられる—ウォークマンが今も教えてくれる普遍的な教訓です。
日本発の音楽イノベーションは、形を変えながら今も世界中で響き続けています。