戦略国際問題研究所（CSIS）のGlobal Food and Water Security Programは2025年8月13日、AI技術を活用した精密農業が世界の食料安全保障に与える影響について分析した「AI & Global Food Security: A Focus on Precision Agriculture」を発表した。Emma Dodd研究アソシエイト、Zane Swanson副ディレクター、Caitlin Welshディレクターが執筆した。
世界の農場の84％を占める2ヘクタール未満の小規模農場が世界の食料の約3分の1を生産している一方、米国でも精密農業を採用する農場は約4分の1に留まる。2024年には世界人口の28％にあたる23億人が中程度または重度の食料不安を経験しており、2050年には世界人口が100億人に達すると予測される。
精密農業におけるAI技術は衛星データ、ドローン、センサーを活用してリアルタイムの意思決定を支援する。One Acre FundやDigital Green’s Farmer.Chatなどの農業普及サービス、ケープタウン大学アフリカロボティクスユニット（ARU）によるデジタルツイン開発が進む。しかし、モデルバイアス、データプライバシー、高い初期費用、デジタルリテラシーの低さなどの課題が残る。
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AI & Global Food Security: A Focus on Precision Agriculture
【編集部解説】
CSIS（戦略国際問題研究所）による最新レポートが示すAI精密農業の現状は、単なる技術革新を超えた人類的課題への回答として捉える必要があります。
このタイミングでCSISが「第4次農業革命」について言及している背景には、深刻な現実があります。2024年時点で世界の23億人が食料不安に直面し、その数は過去10年で6.6％増加しています。さらに注目すべきは、世界の農場の84％を占める小規模農家（2ヘクタール未満）が世界の食料の約3分の1を生産しているという事実です。
しかし、この小規模農家こそがAI技術の恩恵を最も受けにくい立場にいるという矛盾が存在します。技術先進国であるアメリカでさえ、精密農業を採用している農場は約4分の1に留まっているのが現実です。デジタルリテラシーの低さ、高い初期投資、インフラ不足といった障壁が、最も支援が必要な層への技術普及を阻んでいるのです。
AI精密農業の技術的可能性は確実に広がっています。John DeereのSee & Spray技術では除草剤使用量を50％以上削減でき、これらの技術は単なるコスト削減を超えて、環境負荷の軽減と持続可能性の向上を実現しています。
しかし、AIのリスクも看過できません。ケンブリッジ大学の研究者らが警告するように、AIシステムの「ブラックボックス」問題、サイバー攻撃の脆弱性、データバイアスによる不公平な推奨などの課題があります。特に小規模農家にとって、大規模農場のデータで訓練されたAIが推奨する施策が必ずしも適用できない可能性も指摘されています。
政策面では、アメリカ農務省（USDA）が2025年のAI戦略を発表し、環境品質奨励プログラム（EQIP）などを通じてAI技術の導入を支援する動きが活発化しています。これは単なる技術普及を超えて、国家食料安全保障の観点からの戦略的取り組みと言えるでしょう。
長期的視点で見ると、AI精密農業は食料安全保障の根本的解決策となり得ますが、そのためには包括的なアプローチが必要です。技術の民主化、デジタル格差の解消、適切な規制フレームワークの構築、そして何より農家の信頼構築が鍵となるでしょう。
2050年の世界人口100億人時代を見据える今、AI精密農業は単なる選択肢ではなく、人類の生存戦略そのものなのです。
【用語解説】
精密農業（Precision Agriculture）
データ駆動型の農業手法で、衛星、ドローン、センサーなどの技術を使用して、作物、土壌、動物に対してより正確な水、栄養素、ケアを提供する農業システム。従来の一律な管理から、個別最適化された管理への転換を図る。
第4次農業革命（Fourth Agricultural Revolution）
AI技術を統合した新たな農業イノベーションの波を指す概念。新石器時代の農業革命、英国産業革命、20世紀の緑の革命に続く第4番目の技術革新による農業の根本的変革。
デジタルツイン（Digital Twin）
物理的なシステムをデジタル空間で完全に再現した仮想モデル。農業分野では、センサーデータと画像から農場の高精度な仮想モデルを作成し、シミュレーションと最適化に活用する。
農場価格（Farmgate Price）
農場から直接販売される農産物の価格。市場価格から流通コストを除いた、農家が実際に受け取る価格を指す。
持続可能な集約（Sustainable Intensification）
環境負荷を軽減しながら農業生産性を向上させる手法。より少ない資源でより多くの食料を生産し、生態系への影響を最小化することを目指す。
CSIS（戦略国際問題研究所）
ワシントンD.C.に本部を置く独立系シンクタンク。国際公共政策問題に関する非党派的な研究を行い、政策立案者や民間セクターに洞察を提供している。
【参考リンク】
John Deere（外部）
AI搭載のSee & Sprayシステムで除草剤使用量を50％以上削減する精密散布技術を開発し、第4次農業革命をリードしている農業機械の世界的メーカー
Digital Green（外部）
Farmer.ChatというAI搭載チャットボットを開発し、農家の質問に多言語で回答するサービスを提供する農業分野でのAI活用推進非営利組織
米国農務省（USDA）（外部）
2025年からのAI戦略を策定し、農業分野でのAI技術導入を政策的に支援するアメリカの農業政策統括政府機関
【参考記事】
More Farmers Are Adopting John Deere’s See & Spray. Here’s Why（外部）
John DeereのSee & Spray技術を採用し、除草剤使用量の大幅削減を実現している米国農家の事例と投資回収効果を報告
USDA Unveils Comprehensive AI Strategy to Revolutionize Agriculture（外部）
米国農務省が発表した2025-2026年度のAI戦略について、AI統治、労働力準備、インフラ整備など5つの重要目標を詳述
See & Spray Technology – Mississippi State University（外部）
ミシシッピ州立大学によるSee & Sprayシステムの技術詳細解説と、対象散布による除草効果向上と除草剤削減の実証研究
【編集部後記】
AI精密農業の話題はいかがでしたでしょうか。2050年の世界人口100億人時代まで、あと25年という時間軸で考えると、この技術革新は私たちの食卓に直結する現実的な課題ですね。
特に興味深いのは、最新技術が小規模農家にこそ恩恵をもたらす可能性があるという点です。皆さんは普段、食材を選ぶ際にどのような基準をお持ちでしょうか。価格、品質、それとも持続可能性でしょうか。
もしよろしければ、SNSで「AI農業で生産された食品があったら購入したいか」について、ご意見をお聞かせください。技術の進歩と私たちの食生活がどう変わっていくのか、一緒に考えてみませんか。
