アルバニアでデジタル農業・農村変革（DART）プロジェクトが実施されている。
これは国連食糧農業機関（FAO）が国際労働機関（ILO）、国際電気通信連合（ITU）、アルバニア農業・農村開発省と共同で推進する取り組みで、欧州連合、スペイン、スウェーデンが支援している。
アルバニア人の41％以上が農村地域に住み、農業は国内総生産の19％を占める。同国は欧州連合加盟を目指している。
DARTプロジェクトは欧州連合基準に沿った国家デジタル農業戦略の策定、アルバニア農民ポータルによるデジタル公共サービス強化、農民のデジタル能力構築を目標とする。
現在までに500人以上の農民、教育者、地域スタッフが参加し、25以上の地方機関が関与している。プログラム終了までに7,500人の農村女性がスマート農業のデジタル研修を受ける予定である。コルチャのりんご栽培者やディベル地域の農民、マネズのラズベリー農家などが農民ポータルを活用している。
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Click. Grow. Thrive: how digital tools are transforming the rural future in Albania
【編集部解説】
注目すべきは、これが単なるデジタル化プロジェクトではなく、EU加盟候補国であるアルバニアの農業変革における戦略的な取り組みという位置付けにあることです。
DARTプロジェクトの総予算は330万ドル（約5億円）で、そのうち2,640,955ドルがJoint SDG Fundから拠出され、659,044ドルが協調融資として提供されています。このプロジェクトは2024年9月から2027年9月までの3年間の実施期間が設定されており、現在進行中のリアルタイムな変革プロセスを追跡できます。
技術的な観点から見ると、DARTが採用するアプローチは「デジタル・バイ・デフォルト」ではなく「人間中心設計」を基本理念としている点が興味深いところです。センサーやスマート灌漑システムなどのIoT技術、データ分析、クラウドベースの農民ポータルなど、現代的なデジタル農業技術が包括的に導入されています。
特に注目すべきは、農民ポータルの存在です。これは単なる情報提供サイトではなく、補助金申請、市場情報アクセス、オンライン研修などを統合したワンストップサービスプラットフォームとして設計されています。日本の農業DXでも課題となっている「情報の分散」問題に対する一つの解決モデルとして参考になるでしょう。
このプロジェクトが与える影響範囲は想像以上に広範囲です。直接的には321,492の農場に影響を与え、プログラム終了までに7,500人の農村女性がデジタル研修を受ける予定です。しかし、より重要なのは、これがアルバニアのEU加盟プロセスと密接に連動している点です。
EU加盟に向けた農業政策の標準化において、デジタル化は避けて通れない要素となっています。アルバニアは農業がGDPの19％を占める農業大国でありながら、デジタル格差が深刻な課題となっていました。DARTプロジェクトは、この課題を技術的解決だけでなく、政策レベルから包括的にアプローチしている点で画期的です。
一方で、潜在的なリスクも存在します。デジタル技術の導入は、高齢農家や小規模農家の排除につながる可能性があります。プロジェクトでは特に「誰も取り残さない」というSDGsの理念を重視していますが、実際の運用段階でのインクルージョンの実現度が今後の成功を左右するでしょう。
規制面では、EU基準に準拠したデータ保護やプライバシー対策の実装が求められます。農業データの取り扱いについては、GDPR準拠が前提となるため、技術的な実装だけでなく、法的・制度的な整備も同時に進める必要があります。
長期的な視点で見ると、このプロジェクトは東欧・バルカン地域におけるデジタル農業の先行事例として機能する可能性があります。特に、EU加盟を目指す他の候補国にとっても参考モデルとなるでしょう。また、国連機関が主導する「One UN」アプローチの実践例としても注目に値します。
農業DXの分野では、技術導入よりも「組織変革」の方が困難とされています。DARTプロジェクトが重視する「共創」のアプローチは、この課題に対する一つの答えを提示しているかもしれません。技術だけでなく、信頼関係の構築や農民のニーズに基づいた設計を重視する姿勢は、他国の農業デジタル化プロジェクトにも応用可能な知見となりそうです。
【用語解説】
DART（Digital Agriculture for Rural Transformation）
デジタル農業・農村変革プロジェクトの略称。アルバニア政府と国連が共同実施するデジタル農業変革イニシアチブ。
Joint SDG Fund
持続可能な開発目標達成に向けた国連合同基金。今回のDARTプロジェクトに2,640,955ドルを拠出している。
スマート専門化戦略（Smart Specialization Strategy）
EU加盟候補国が経済発展戦略の一環として策定する、地域の強みを活かしたイノベーション戦略。
アルバニア農民ポータル（Albanian Farmers’ Portal）
アルバニア政府が運営するデジタル農業プラットフォーム。補助金申請、市場情報、オンライン研修などを統合したワンストップサービス。
精密農業（Precision Agriculture）
GPS、センサー、データ分析を活用して効率的な農業を行う手法。土壌条件や作物の状態を詳細に把握し、最適化された農業投入を実現。
職業教育訓練（VET: Vocational Education and Training）
実践的なスキルと知識を提供する職業専門教育制度。
【参考リンク】
国際連合食糧農業機関（FAO）（外部）
世界最大の食料・農業専門機関。194の加盟国を持ち、食料安全保障と栄養改善を支援している。
国際労働機関（ILO）（外部）
労働者の権利保護と労働環境改善を目的とする国連専門機関。政府・使用者・労働者の三者構成。
国際電気通信連合（ITU）（外部）
情報通信技術に関する国連専門機関。電波周波数割当や技術標準策定を担当。
アルバニア農業・農村開発省（外部）
アルバニアの農業政策、農村開発、食品安全、消費者保護を担当する政府機関。
アルバニア農民ポータル（外部）
アルバニア政府運営のデジタル農業プラットフォーム。農業分野の情報提供とサービスを統合。
Joint SDG Fund（外部）
持続可能な開発目標達成に向けた国連の合同基金。世界各国のSDGs実現プロジェクトに資金提供。
【参考記事】
United Nations launches ambitious programme for sustainable digital transformation of Albania’s agriculture（外部）
プロジェクト発足時の公式発表記事。総予算330万ドル、実施期間の詳細情報を提供。
Albania Digital Agriculture and Rural Transformation (DART) Joint Programme（外部）
DARTプロジェクトの詳細概要。予算配分や対象者数など具体的な数値データを記載。
Digital Agriculture and Rural Transformation in Albania（外部）
Joint SDG Fundによる正式なプロジェクト説明。期待される成果と影響範囲を詳述。
Albania’s Digital Agriculture and Rural Transformation Programme Reaches Key Milestones（外部）
2025年7月29日の第2回運営委員会記録。プログラムの進捗状況と今後の展開を報告。
【編集部後記】
アルバニアの農村変革が示すのは、テクノロジーが人々の生活を根本から変える瞬間を捉えた貴重な事例です。特に注目したいのは、技術導入だけでなく「共創」というアプローチを重視している点。日本の地方創生や農業DXでも、同様の課題に直面している地域は少なくないはずです。
みなさんの地域では、デジタル化による格差をどう解決していけるでしょうか？また、技術を導入する際に「誰も取り残さない」仕組みづくりについて、どのような工夫が考えられるでしょうか？アルバニアの事例から、私たちが学べることがあれば、ぜひSNSで教えてください。
