老舗園芸企業ScottsMiracle-GroのAI変革——土と肥料がデータで進化、コスト削減1.5億ドル達成

[更新]2025年10月14日07:17

老舗園芸企業ScottsMiracle-GroのAI変革——土と肥料がデータで進化、コスト削減1.5億ドル達成 - innovaTopia - (イノベトピア)

米国の園芸製品大手ScottsMiracle-Groは、AIを活用したサプライチェーン変革により、目標とする1億5000万ドルのコスト削減のうち半分以上を実現した。

社長のNate Baxterは、IntelとTokyo Electronで20年間半導体製造に従事した後、2023年にCEOのJim Hagedornから同社へ招聘された。また、このAI変革を現場で推進するため、2023年2月にはデータインテリジェンス担当VPとしてFausto Fleitesが着任している。

​同社は、Fausto Fleitesの指揮のもとDatabricksを統合データプラットフォームとして採用し、GoogleのGemini大規模言語モデルを使用して内部知識を体系化した。ドローンによる在庫測定、60以上の要因を分析する需要予測モデルの導入により、顧客サービスの応答時間は90%改善450ページにおよぶ社内トレーニングマニュアルをエンコードした専門AIエージェントを構築し、Google Vertex AI、Sierra.ai、Kindwiseとパートナーシップを組んでいる。

2026年には、植物や雑草を写真から識別し、州の規制に準拠した製品推奨を提供する「ガーデニングソムリエ」モバイルアプリの一般消費者向け提供を計画している(なお、2024年時点ですでに社内のセールス担当者向けにはAIエージェント活用がテストされている)。

From: 文献リンクWhen dirt meets data: ScottsMiracle-Gro saved $150M using AI

【編集部解説】

このニュースで注目すべきは、デジタルトランスフォーメーションが最も縁遠いと思われていた「土と肥料」の世界で、半導体業界の知見が劇的な成果を生んでいる点です。

ScottsMiracle-Groは150年の歴史を持つ老舗園芸企業ですが、2023年まで在庫管理は作業員が測定棒を持って巨大な堆肥の山を歩き回り、巻尺で周囲を測って手計算するという前時代的な方法でした。同社は12億ドルの水耕栽培投資の失敗という危機に直面しており、そこに招かれたのがIntelとTokyo Electronで20年のキャリアを持つNate Baxterでした。加えて、AI主導の現場変革を担ったFausto Fleites(2023年2月着任)の存在も見逃せません。

彼らが持ち込んだのは、半導体製造で培った「精密性」と「システム最適化」の思想です。半導体工場では、ナノメートル単位の精度管理とリアルタイムデータ分析が当たり前ですが、この発想を園芸製品のサプライチェーンに適用したことが革新的でした。

技術的に興味深いのは、汎用AIの限界を理解した上での「ドメイン特化型AI」の構築です。当初、既製の大規模言語モデルは「雑草を殺す製品」と「雑草を予防する製品」を混同し、顧客の芝生を台無しにする推奨をしていました。この問題を解決するため、450ページにおよぶ社内トレーニングマニュアルをエンコードして、ブランドごとに専門化されたエージェント階層を構築しています。

さらに、州ごとに異なるEPA規制への対応もAIシステムに組み込まれており、これは単なる効率化を超えた「規制準拠の自動化」という新しい価値を生み出しています。

需要予測の面では、60以上の変数を分析するモデルが週次でのマーケティング予算再配分を可能にしました。テキサスで干ばつが発生した際、即座に好天の地域へプロモーション予算をシフトさせ、四半期業績に貢献したという事例は、AIが単なるコスト削減ツールではなく「戦略的意思決定の加速装置」として機能していることを示しています。

興味深いのは人材戦略です。MetaやGoogleの報酬には対抗できない伝統企業が、「即座に測定可能なビジネスインパクト」という価値提案でAI人材を獲得しています。データインテリジェンス担当のFausto Fleitesは「ビッグテックの多くのAI作業は実際には影響を与えない」と指摘し、15〜20人の小規模チームで大きな成果を上げています。

一方、すべてが成功したわけではありません。フィリピンの遠隔オペレーターが操作する半自律フォークリフトは技術的には優れていたものの、同社の重量物を扱えず実装を断念しています。この「失敗から学ぶ姿勢」も、半導体業界で培われた文化といえるでしょう。

2026年に一般消費者向けリリースが予定されている「ガーデニングソムリエ」アプリは、コンピュータービジョンとドメイン知識の融合により、消費者が写真を撮るだけで植物や雑草を識別し、州の規制に準拠した製品推奨を得られるようになります。なお、すでにセールス担当者向けにはAIエージェントのテストが始まっています。

このケースが示唆するのは、AI革命の本質が「最先端モデルの追求」ではなく「独自のドメイン知識とAIの組み合わせ」にあるということです。データを単なる副産物ではなく「150年の経験を具現化した資産」として再定義したことが、ScottsMiracle-Groの競争優位性の源泉となっています。

【用語解説】

Apache Spark
大規模データ処理のためのオープンソース分散処理フレームワークである。リアルタイムでのデータ分析を高速に実行できる特徴を持ち、ビッグデータ処理の標準技術として広く採用されている。

SAP Business Warehouse
ドイツSAP社が提供する企業向けデータウェアハウスシステムである。長年にわたり蓄積されたビジネスロジックやレポート機能を持ち、多くの大企業で基幹システムとして稼働している。

SHAP (SHapley Additive exPlanations)
機械学習モデルの予測結果を説明するための手法である。ゲーム理論のシャープレイ値を応用し、各要素が予測にどの程度寄与しているかを数値化することで、AIの判断根拠を可視化できる。

コサイン類似度
2つのベクトル間の類似性を測定する数学的手法である。文書やデータの類似性を判定する際に用いられ、自然言語処理やレコメンデーションシステムで広く活用されている。

EPA(Environmental Protection Agency)
米国環境保護庁のことである。農薬や化学物質の規制を管轄しており、肥料や除草剤などの園芸製品は州ごとに異なるEPA規制に準拠する必要がある。

エージェント階層
複数のAIエージェントを階層的に組織化したアーキテクチャである。スーパーバイザーエージェントが全体を統括し、専門化されたワーカーエージェントがそれぞれの領域で処理を担当する構造を指す。

【参考リンク】

ScottsMiracle-Gro 公式サイト(外部)
創業150年を超える米国最大手の園芸・芝生ケア製品メーカー。肥料、土壌改良材、除草剤などを製造販売する

Databricks(外部)
Apache Sparkをベースにした統合データ分析プラットフォームを提供。機械学習やBIを単一環境で実現する

Google Vertex AI(外部)
Googleの機械学習プラットフォーム。Gemini大規模言語モデルへのアクセスやカスタムモデルの統合環境を提供

Sierra.ai(外部)
企業向けに会話型AIエージェントを提供するスタートアップ。本番環境対応のAIソリューションを開発している

Kindwise(外部)
植物識別に特化したコンピュータービジョン技術を提供。園芸や農業分野向けのAIアプリケーションを展開

【参考記事】

Interview: Fausto Fleites, vice-president of data intelligence, ScottsMiracle-Gro(外部)
データインテリジェンス担当VPへのインタビュー。Databricks選定理由やSAP移行の課題を詳述

ScottsMiracle-Gro and Google Cloud Announce New Collaboration(外部)
2024年9月発表の公式プレスリリース。Google Cloudとのパートナーシップと生成AI活用について

Supply Chain transformation delivering positive outcomes(外部)
ScottsMiracle-Gro公式サイトのサプライチェーン変革記事。AI技術導入による効率化の取り組みを説明

【編集部後記】

「AIは先進的な業界だけのもの」という思い込み、ありませんか?この記事を読んで、私自身が最も驚いたのは、土と肥料を扱う150年の老舗企業が、シリコンバレーのスタートアップ以上にAIを戦略的に使いこなしている点でした。

みなさんが日々働く業界や企業でも、「うちは伝統的だから」「製造業だから」とデジタル化を諦めていませんか?ScottsMiracle-Groが示したのは、むしろ長年蓄積された知識やノウハウこそが、AIと組み合わさったときに最強の武器になるという事実です。みなさんの会社には、どんな「デジタル化されていない宝」が眠っているでしょうか。ぜひ一度、周りを見渡してみてくだい。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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