2025年8月5日、Rocket Labはニュージーランドの第1発射場から69回目となるエレクトロンロケットの打ち上げを実施した。
この「The Harvest Goddess Thrives」ミッションで、株式会社QPS研究所の合成開口レーダー衛星「QPS-SAR-12(愛称:KUSHINADA-I)」1基を高度575kmの円軌道へ投入した。
これはRocket Labにとって2025年で11回目、iQPS向けでは通算5回目の打ち上げである。今後、2025年末から2026年にかけてさらに4回のiQPS専用ミッションが予定されている。Rocket Lab CEOのピーター・ベック氏とiQPS CEOの大西俊輔氏がコメントを発表した。
From: Mission Success for Rocket Lab’s Latest Constellation Deployment Launch for iQPS
【編集部解説】
今回のニュースは、単なるロケットの打ち上げ成功報告ではありません。米国の宇宙ベンチャー「Rocket Lab」と日本の宇宙スタートアップ「QPS研究所(iQPS)」の強固なパートナーシップが、衛星データビジネスの新たな時代を切り拓いていることを示す象徴的な出来事です。
今回の主役である小型SAR(合成開口レーダー)衛星は、従来の光学衛星とは一線を画す技術です。光学衛星がカメラで地上を撮影するのに対し、SAR衛星は自らマイクロ波を地上に照射し、その反射波を捉えて画像化します。この方式の最大の利点は、天候(雲や噴煙)や昼夜に左右されずに地表を観測できる点にあります。災害発生時や夜間の監視など、即時性が求められる場面で絶大な力を発揮する技術です。
iQPSが目指しているのは、このSAR衛星を最終的に36機打ち上げ、一つのシステムとして連携させる「衛星コンステレーション」の構築です。多数の衛星が協調して観測することで、地球上のほぼどこでも、わずか10分程度の間隔で定点観測が可能になる世界を目指しています。今回の打ち上げ成功は、その壮大な計画を着実に前進させる重要な一歩と言えるでしょう。
この計画が実現すると、私たちの社会は大きな恩恵を受けます。例えば、地震や豪雨による地形の変化をほぼリアルタイムで把握し、迅速な救助活動や復旧計画に繋げることが可能です。また、火山活動の監視、インフラのミリ単位での歪み検知、船舶の追跡、さらには農業分野での精密な生育状況の把握など、活用範囲は計り知れません。ミッション名にも日本の農業の女神「クシナダ」の名が冠されていることからも、その期待がうかがえます。
このニュースのもう一つの側面は、「宇宙へのアクセスの民主化」です。かつて衛星打ち上げは国家主導の巨大プロジェクトでしたが、Rocket Labのような企業が登場したことで、iQPSのようなスタートアップでも自社の衛星を計画的かつ高頻度で打ち上げられるようになりました。今回の打ち上げはiQPSにとって今年4回目、通算5回目であり、今後も複数回の打ち上げが契約されています。これは、特定の顧客の要求に合わせて柔軟な打ち上げサービスを提供するRocket Labの信頼性と事業モデルが、新しい宇宙ビジネスを強力に後押ししている証左です。
長期的に見れば、このような高頻度の地球観測データは、AIによる解析技術と結びつき、新たな産業やサービスを生み出す基盤となる可能性があります。一方で、衛星の数が増えることによる宇宙デブリ(宇宙ゴミ)の問題や、詳細な地表データがもたらすプライバシーや安全保障上の課題など、新たなリスクへの対応も同時に求められることになります。
【用語解説】
衛星コンステレーション
多数の人工衛星を協調して動作させるシステムのことである。特定の地域を常にカバーしたり、観測頻度を高めたりすることが可能となり、通信、測位、地球観測など様々な分野で活用が進んでいる。
合成開口レーダー(SAR)
マイクロ波を地上に照射し、その反射波から地表の画像を作成するレーダー技術である。自ら電波を発するため、昼夜や天候に関わらず観測が可能という利点を持つ。
低軌道(LEO: Low Earth Orbit)
地球周回軌道の一種で、高度2,000km以下の軌道を指す。地球に近いため、通信の遅延が少なく、高解像度の地球観測に適しているが、衛星の速度が速く、一つの衛星が地上の一点を観測できる時間は短い。
ペイロード
ロケットや人工衛星などが輸送する荷物のこと。今回のミッションでは、iQPSのSAR衛星「QPS-SAR-12」がペイロードにあたる。
【参考リンク】
Rocket Lab(外部)
小型ロケット「エレクトロン」を主力とする米国の航空宇宙企業。
株式会社QPS研究所 (iQPS)(外部)
小型SAR衛星コンステレーションによるデータ提供を目指す日本の宇宙ベンチャー。
【参考動画】
ミッション「The Harvest Goddess Thrives」の公式打ち上げ映像
【参考記事】
Rocket Lab successfully launches fifth satellite for Japan’s iQPS(外部)
SpaceNewsによる打上げ成功の報道。iQPSのコンステレーション計画に言及。
【編集部後記】
天候や昼夜を問わず地球を見通すSAR衛星の眼。今回のニュースは、そんな”眼”が、もう特別なものではなくなる未来の始まりを感じさせます。
もし、地球上のほぼどこでも10分間隔で定点観測できるとしたら、あなたのビジネスや暮らしはどう変わるでしょうか。ぜひ、この新しいインフラの可能性を一緒に探求していきましょう。