MITとテキサス大学アーリントン校の物理学者らがニュートリノレーザーの概念を提案した。
ニュートリノは質量を持つ粒子の中で最も豊富に存在するが、物質との相互作用が極めて少ないため「ゴースト粒子」と呼ばれる。
提案された装置では、ルビジウム-83原子の雲を星間空間より低温まで冷却し、ボース・アインシュタイン凝縮体状態にする。この状態では原子の崩壊が同期し、通常は無作為に放出されるニュートリノが単一方向の集中ビームとして生成される。
適切な温度に達してから数分以内でニュートリノビームが形成されるとしている。この技術により、現在は巨大な水や氷の体積を使用する検出実験がより小さな体積で実施可能になる。
ニュートリノの確実な検出は暗黒物質の正体や反物質に関する謎の解決に寄与する可能性がある。MITの物理学者ジョセフ・フォルマッジオは実験室での実証の重要性を述べた。研究はPhysical Review Letters誌に掲載された。
From: Physicists Propose a ‘Neutrino Laser’ Straight Out of Science Fiction
【編集部解説】
このニュートリノレーザーの提案は、理論物理学の領域で長年夢とされてきた技術の実現に向けた重要な一歩といえます。ニュートリノは1956年に初めて検出されて以来、その性質を解明することが物理学最大の挑戦の一つとされてきました。
現在のニュートリノ検出実験は、日本のスーパーカミオカンデや南極のIceCubeといった巨大施設を必要としています。これらの検出器は数万トンから数十万トンの水や氷を使用し、年間でもわずか数千個のニュートリノしか捉えることができません。
提案されたニュートリノレーザーが実現すれば、検出効率は劇的に向上する可能性があります。ボース・アインシュタイン凝縮体の特性により、ルビジウム-83原子群が一斉に崩壊することで、従来のランダムな放出ではなく指向性を持ったニュートリノビームが生成されます。
この技術の応用範囲は広範囲に及びます。暗黒物質の正体解明や、宇宙初期の物質と反物質の非対称性の謎に迫ることができるでしょう。また、地球を貫通する特性を活かした新しい通信技術への発展も期待されます。
ただし、現段階では純粋に理論的な提案であり、実際の構築には多くの技術的課題が残されています。ルビジウム-83の半減期は約86日と短く、安定した供給や極低温環境の維持といった工学的問題を解決する必要があります。
それでも、この研究が示す方向性は、基礎物理学から応用技術まで幅広い分野に革新をもたらす可能性を秘めているのです。
【用語解説】
ニュートリノ
電荷を持たず質量が極めて小さい素粒子。物質との相互作用がほとんどないため「ゴースト粒子」と呼ばれる。太陽核融合や原子炉、宇宙線などから大量に生成される。
ボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)
極低温状態で原子群が一つの量子状態に収束した物質の状態。1995年に初めて実験で実現され、2001年にノーベル物理学賞の対象となった。
ルビジウム-83
放射性同位体の一種で、半減期は約86日。崩壊時にニュートリノを放出する性質を持つ。実験では冷却原子として使用される。
スーパーカミオカンデ
岐阜県飛騨市にある日本の大型ニュートリノ検出器。5万トンの超純水を使用し、ニュートリノと水分子の稀な衝突を観測する。
IceCube
南極に設置された世界最大級のニュートリノ検出器。1立方キロメートルの氷を検出媒体として使用する。
【参考リンク】
MIT(マサチューセッツ工科大学)(外部)
アメリカの私立研究大学。科学技術分野で世界最高水準の研究を行う
University of Texas at Arlington(外部)
テキサス州アーリントンにある州立大学。工学、科学分野で高い研究実績
Physical Review Letters(外部)
アメリカ物理学会が発行する査読付き学術誌。物理学分野で最も権威ある
【参考記事】
Scientists propose ‘neutrino laser’ to unlock universe’s secrets(外部)
New Scientist誌による報道。ニュートリノの特性や新技術の可能性を解説
【編集部後記】
今回のニュートリノレーザーの提案は、まさに「見えないものを見る」技術への挑戦ですね。私たちの体を毎秒数兆個も通り抜けているのに、その存在にほとんど気づけないニュートリノ。もしこの技術が実現すれば、宇宙の成り立ちや暗黒物質の謎に迫れるかもしれません。
皆さんは、地球を貫通する通信技術として活用される未来をどう思われますか?SF映画でしか見たことのない技術が現実になる日が近づいているのかもしれません。物理学の最前線で起きているこうした挑戦を、一緒に見守っていきませんか