ベンチャーキャピタルファンドDeep Futureは、従来の投資家が敬遠する長期的な技術開発に特化し、1プロジェクトあたり約50万ドルを提供している。パートナーのPablos Holmanは過去3年間で30以上のスタートアップに資金提供した。
投資先の1つであるDeep Fissionは、地下1マイルに15MWの加圧水型原子炉を設置する計画で、建設コストを最大80パーセント削減できる。同社は6月に米国エネルギー省の原子炉パイロットプログラムに採択され、3000万ドルを調達し、2029年までの商業発電開始を目指す。
別の投資先DEScycleは、深共晶溶媒を使用して電子廃棄物から貴金属を回収する技術を開発し、6月に三菱商事から投資を獲得、2028年に英国でプラント稼働予定である。また先月EUから500万ユーロの助成金も獲得した。
Holmanはカシミール効果を応用した永久バッテリーの開発にも取り組んでいるが、査読済み研究はまだない。
From: Weird ideas welcome: VC fund looking to make science fiction factual
【編集部解説】
このニュースが示しているのは、テクノロジー投資の新しい潮流です。従来のベンチャーキャピタルが5年から10年でのイグジットを前提としているのに対し、Deep Futureは数十年単位の長期的視野で投資判断を行っています。
特に注目すべきは地下原子炉プロジェクトです。Deep Fissionの技術は、原子炉を地下1マイル(約1.6キロメートル)に設置することで、地球の岩盤そのものを格納容器として利用します。これにより従来の原子力発電所建設で最もコストがかかる格納容器の建設費を大幅に削減できるのです。
近年の米国における原子力支援の政策的動向と国際金融機関による原子力への融資方針の変化は、小型原子炉開発に追い風となっています。特にAIデータセンターの電力需要急増を背景に、15MWという小規模ながら設置面積が極めて小さい原子炉は、既存の電力インフラに依存しない分散型エネルギー源として期待されています。
一方で電子廃棄物リサイクルのDEScycleは、環境問題と経済性を両立させる好例でしょう。従来は高温炉と有毒化学物質を使っていた貴金属回収を、尿素やクエン酸といった比較的安全な物質で実現する技術は、循環型経済への具体的な道筋を示しています。
カシミール効果を利用した永久バッテリーについては、現時点では査読付き論文が存在せず、科学的検証の段階には至っていません。過去にもDARPAが調査していた分野ですが、実用化の見通しは不透明です。
このファンドの投資哲学で興味深いのは、失敗を前提としている点です。レーザーで蚊を撃退するシステムやハリケーン抑制装置など、技術的には可能でも経済性で断念したプロジェクトの例が示すように、50万ドルという比較的少額の投資で技術的実現可能性を検証し、そこから次のステップに進めるものだけを選別する仕組みになっています。
【用語解説】
カシミール効果
1947年にオランダの物理学者ヘンドリック・カシミールが予測した量子力学的現象。真空中で極めて近接させた2枚の金属板の間に、量子ゆらぎによって引力が生じる。理論的にはこの効果からエネルギーを取り出せる可能性があるが、実用化には至っていない。
加圧水型原子炉(PWR)
原子炉の冷却材として高圧の水を使用する方式。水を高圧に保つことで沸騰を防ぎ、蒸気発生器で二次系の水を沸騰させてタービンを回す。世界で最も普及している原子炉タイプである。
深共晶溶媒(DES)
2つ以上の化学物質を特定の比率で混合することで、個々の成分の融点よりも低い融点を持つ溶媒。毒性が低く、生分解性があるため、従来の有機溶媒に代わる環境に優しい選択肢として注目されている。
【参考リンク】
Deep Future(外部)
長期的な技術開発に特化したベンチャーキャピタルファンド。1件あたり約50万ドルのシード資金を提供し、30以上のスタートアップを支援している。
Deep Fission(外部)
地下1マイルに15MWの小型原子炉を設置する技術を開発。建設コストを最大80パーセント削減し、2029年の商業発電開始を目指す。
DEScycle(外部)
深共晶溶媒で電子廃棄物から貴金属を回収する技術を開発。三菱商事の投資を受け、2028年に英国でプラント稼働予定。
TerraPower(外部)
ビル・ゲイツが設立した原子力エネルギー企業。進行波炉やナトリウム冷却高速炉など、次世代原子炉を15年以上開発している。
Intellectual Ventures(外部)
マイクロソフトの初代CTOネイサン・ミアボルドが設立。研究開発ラボを通じて幅広い分野の革新的技術開発を行う。
【参考記事】
US Department of Energy Reactor Pilot Program announcement(外部)
米国エネルギー省が2025年6月に発表した原子炉パイロットプログラムの公式発表。Deep Fissionを含む次世代原子炉設計が選定された。
Mitsubishi Corporation investment in DEScycle(外部)
三菱商事が2025年6月にDEScycleへの大規模投資を発表。英国での金属再処理プラント建設に向け2028年稼働を目指す。
DEScycle EU Horizon grant announcement(外部)
DEScycleが2025年9月にEUホライズンプログラムから500万ユーロの助成金を獲得。深共晶溶媒技術の開発と欧州展開を支援。
【編集部後記】
今回ご紹介したDeep Futureの投資哲学は、私たちが普段目にするスタートアップの世界とは少し違った視点を提供してくれます。短期的な利益ではなく、数十年先の未来を見据えた技術に賭けるという姿勢は、ある意味で人類の未来への投資とも言えるでしょう。
地下原子炉や電子廃棄物からの貴金属回収といった技術は、エネルギー問題や環境問題という私たちの生活に直結する課題の解決策になるかもしれません。みなさんは、どのような「突飛なアイデア」が実現したら、日常が変わると思いますか?あるいは、失敗を前提としたこうした投資アプローチについて、どう感じられるでしょうか。ぜひご自身の考えを巡らせてみてください。