30人の先駆者たち
1952年7月29日。この日、全国30人にアマチュア無線局予備免許が交付されました。太平洋戦争中に全面禁止されていた電波が、7年ぶりに民間へ戻ってきた瞬間です。免許を手にした人々の多くは、戦前に無線を楽しんでいた経験者でした。彼らは長い沈黙の後、再び空中を伝わる電波の声を待ち望んでいました。
この日を記念して、1973年に日本アマチュア無線連盟(JARL)が「アマチュア無線の日」を制定しました。単なる趣味の復活ではありません。**電波法で定義される「個人的な無線技術の興味による自己訓練、通信及び技術的研究」**という理念のもと、技術者たちが自由に実験し、学び、交流する場が再び開かれたのです。
空中を伝わる電波は、いったい何を運んでいるのでしょうか。
電波が教えてくれること
アマチュア無線の魅力は、電波という見えない存在の性質を理解し、活用することにあります。使用可能な周波数は135kHzから10.4GHzまで。それぞれの周波数帯で、電波はまったく異なる振る舞いを見せます。
短波帯では、電離層で反射した電波が地球の裏側まで届きます。太陽活動の影響を受け、時には予想外の遠方と繋がることも。一方、超短波帯では見通し距離内での安定した通信が基本ですが、気象条件次第で数百キロ先との交信も可能になります。50MHz帯が「マジックバンド」と呼ばれる理由はここにあります。
モールス信号は1837年の発明以来、今も使われ続けています。短点と長点という単純な組み合わせ。しかしその効率性は驚異的です。音声では聞き取れないほど微弱な信号でも、熟練者なら解読できる。コンピューターによる自動送受信システムも、この原理を受け継いでいます。
多くの無線家は、自分でアンテナを作ります。八木・宇田アンテナ、ループアンテナ。用途に応じて設計を最適化し、限られた電力で最大の効果を得る。技術は、実践の中で磨かれていきます。
2011年3月11日、電波が命を繋いだ
東日本大震災。地震発生直後、通信インフラは壊滅的な被害を受けました。携帯電話の基地局が停止し、固定電話も使えない。その中で、アマチュア無線は生命線となりました。
岩手県山田町田の浜地区。山林火災により避難した住民109名が危険な状況に陥っていました。消防団員の浦川新一朗氏(JM7PIO)は、144MHz帯で町役場災害対策本部の佐藤勝一副町長(JM7CJB)と連絡に成功。自衛隊ヘリコプターによる救助が実現し、全員が無事救出されました。
岩手県大槌町赤浜では、斉藤文夫氏(JA7CUR)がバッテリーで無線機を動作させ、大阪府の田中透氏(JR3QHQ)と交信しました。「赤浜小学校に小学生35名を含む約150名の地域住民が避難している。水・食料無し、無線機欲しい。道路寸断、山越えしか入れない」。この情報が消防ヘリコプターによる全員救出に繋がりました。
名取市役所では、前年に開局していたレピータ局JP7YEOが市内唯一の連絡手段となりました。津波で防災行政無線が流失する中、3月11日15時25分、災害対策本部内にアマチュア無線機を設置。沿岸部避難所との連絡、被災状況確認、災害救助活動の連絡に活用されました。
震災翌日、総務省は日本アマチュア無線連盟(JARL)に「被災地の通信確保のためのアマチュア局の積極的活用」を正式に要請。JARLはアマチュア無線機300台を被災地に貸し出しました。この経験を踏まえ、2021年3月には電波法施行規則等が改正され、社会貢献活動でのアマチュア無線活用が法的に明確化されました。
アマチュア無線の強みは、通信インフラへの非依存性にあります。携帯電話は基地局がなければ動きません。基地局の非常用電源も、燃料補給が断たれれば72時間程度で停止します。**一方、無線機同士は直接交信できます。**バッテリーや小型発電機があれば、商用電源が停止していても運用を継続できる。全国に約35万局(2024年現在)のアマチュア無線局が存在することも、災害時の数的優位性となっています。
国境を越える声、技術を繋ぐ未来
世界中のアマチュア無線家が技術と運用テクニックを競い合うDXコンテスト。CQ World Wide DX Contestは、限られた時間内でできるだけ多くの国・地域と交信し、得点を競います。混信の激しい状況下で微弱な信号を聞き分ける技術、効率的なアンテナシステムの構築。コンテストは単なる競技を超え、技術交流と国際親善の場として機能しています。
資格は4級から1級まで4段階。上位資格ほど高い周波数や大きな電力での運用が可能です。第4級は入門資格で10W以下の電力。第3級以上でモールス信号(電信)運用が解禁され、第2級以上では14MHz帯など国際的なDXバンドでの運用が可能になります。段階的に技術知識を深めながら、世界を拡げていく仕組みです。
近年、デジタル技術との融合が進んでいます。FT8、MSK144といった新しいデジタルモードは、微弱信号通信や短時間バースト通信を実現。D-STARやSystem Fusionといったデジタル音声通信システムも普及し、高音質通信が可能になりました。WIRESやEchoLinkのように、インターネットと無線を融合したシステムにより、世界中のレピータ局を相互接続する広域通信ネットワークも構築されています。
国際宇宙ステーション(ISS)との交信、月面反射通信(EME)。宇宙空間を経由した通信も実現しています。アマチュア無線衛星(AMSAT)プロジェクトは、宇宙開発への貢献や次世代技術者の育成にも寄与しています。
課題もあります。アマチュア無線人口の高齢化。しかし大学の工学部では、アマチュア無線を通じた実践的な電波工学教育が見直されています。IoT、AI、5G技術との融合により、新たな技術的魅力も生まれつつあります。
見えない電波、見える繋がり
73年前、30人の先駆者たちが受けた予備免許。その精神は今も、電波に乗って届けられ続けています。
モールス信号の「トンツー」から始まったシンプルな通信技術。それは災害時に人命を救う生命線となり、国境を越えた友情を育み、未来の技術者を育てています。日々の「自己訓練、通信及び技術的研究」が、社会の安全を支える基盤となっているのかもしれません。
デジタル化が進む2025年の今も、アマチュア無線家たちは空中を伝わる電波と対話を続けています。見えない電波が繋ぐものは何でしょうか。
Information
参考リンク
用語解説
電離層反射:太陽からの紫外線により上空約60〜500kmに形成される電離層で電波が反射する現象。短波帯の遠距離通信を可能にする。
DX(Distance):遠距離交信の意。アマチュア無線では特に海外との交信を指す。
レピータ(中継局):受信した電波を自動的に別の周波数で再送信する中継局。見通し距離を超えた広域通信を実現。
QRP(低電力)運用:通常5W以下の低電力での運用。技術的な挑戦として人気がある。
EME(Earth-Moon-Earth)通信:月面で反射した電波を利用する通信方式。地球-月-地球反射通信とも呼ばれる。
CW(Continuous Wave):モールス信号による電信通信。連続波通信とも呼ばれる。
FT8:微弱信号のデジタル通信モード。15秒間の短時間で交信が可能。
D-STAR:デジタル音声とデータ通信が可能なアマチュア無線のデジタル通信方式。































