Valveは待望のスタンドアロンVRヘッドセット「Steam Frame」を発表した。Snapdragon 8 Gen 3 ARMプロセッサ、16GB RAM、256GB/1TBストレージを搭載し、SteamOSをネイティブで実行する。
2,160×2,160のLCDディスプレイ(両眼)、72-120Hz(144Hzは実験的)のリフレッシュレート、視野角110度、pancake optics(パンケーキ光学系)、アイトラッキングを備える。重量はコア部分185g、総重量440gと軽量だ。主にPCからのストリーミング用に設計され、Wi-Fi 6Eドングルで直接接続し、foveated streaming technology(中心窩ストリーミング技術)により視線の中心に最高解像度を配信する。コントローラーは従来のゲームパッドとの入力パリティを持ち、単三電池で40時間駆動する。価格と発売日は未定だが、2026年初頭に詳細が明らかになる予定である。
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Valve Unveils Steam Frame VR Headset to Make Your Entire Steam Library Portable
【編集部解説】
Steam Frameが解決しようとする最大の技術的課題は、ARMプロセッサ上でx86ゲームを動作させる互換性の問題です。Valveは「FEX」と呼ばれるオープンソースのtranslation layer(変換レイヤー)に投資し、これによりWindows向けx86コードをLinux ARM64環境で実行可能にしています。これはAppleのRosetta 2に似た仕組みで、エミュレーションではなくネイティブ実行に近いパフォーマンスを実現しようとしています。
ストリーミングモードでは、Wi-Fi 6Eの専用ドングルを使用することで、従来のWi-Fi接続よりも大幅に低いレイテンシを目指しています。一般的なWi-Fi 6経由のVRストリーミングは40-60msのレイテンシが標準的ですが、ValveはWi-Fi 6Eの6GHz帯域を専用利用することで、さらなる低遅延化を図っています。中心窩ストリーミング技術により、視線追跡データに基づいて帯域幅を最適配分し、限られた無線帯域幅を効率的に活用する設計となっています。
市場環境を見ると、2025年第1四半期時点でMetaがVR市場の50.8%を占有しており、Quest 3/3Sの低価格戦略が功を奏しています。ValveはSteam Frameの価格をValve Indexの999ドルより安くすることを目指していると述べていますが、Quest 3の499ドルという価格帯とは大きな開きがあります。Valveはプラットフォーム収益を持つため、ハードウェアで大幅な補助金を出す必要はありませんが、それでも価格競争力は重要な要素となるでしょう。
技術的な制約として、Snapdragon 8 Gen 3のスタンドアロン性能では、最新のハイエンドPC VRゲームを快適に動作させることは困難です。スタンドアロンVRヘッドセットは、バッテリー駆動と熱管理の制約から、PC接続時と比べて大幅にグラフィック性能が制限されます。このため、Valveが「ストリーミングファースト」と位置づけているのは、現実的な判断と言えます。
長期的な視点では、Steam FrameはValveのエコシステム拡大戦略の一環として位置づけられます。同時に発表されたSteam MachineやSteamOSのARM対応は、Valveがx86アーキテクチャへの依存から脱却し、より多様なハードウェアプラットフォームに展開する意図を示しています。開発者キットを2026年初頭に配布することで、PC VRゲームの最適化を開発者コミュニティに委ねる戦略は、Steam Deckで成功した手法の再現と言えるでしょう。
画像提供 Valve
【用語解説】
Valve Index:Valveが2019年に発売したハイエンドPC VRヘッドセット。999ドルのフルキット価格で、外部センサーを使用するoutside-in trackingを採用していた。Steam Frameはその後継機として位置づけられている。
SteamOS:ValveがArch Linuxをベースに開発したゲーム特化型オペレーティングシステム。Steam DeckやSteam Machineにも採用され、Proton互換レイヤーによりWindowsゲームの実行が可能。
Proton:ValveがCodeWeaversと共同開発するWindows向けゲームをLinux上で動作させる互換レイヤー。Wine技術をベースに、ゲームに特化した最適化が施されている。
FEX:x86/x86-64アプリケーションをARM64 Linux上で実行するためのオープンソースエミュレータ。Valveが開発に投資し、Steam FrameのProtonレイヤーに統合されている。
Snapdragon 8 Gen 3:Qualcommが2023年に発表したフラッグシップモバイルプロセッサ。4nmプロセスで製造され、8コアCPUとAdreno 750 GPUを搭載する。
pancake optics(パンケーキ光学系):反射偏光フィルムを用いて光路を折り畳むことで、従来のフレネルレンズより薄型化を実現したVR用レンズ技術。Meta Quest 3やApple Vision Proでも採用されている。
foveated streaming(中心窩ストリーミング):アイトラッキングを利用し、ユーザーの視線中心に高解像度映像を集中配信する技術。帯域幅を効率的に使用しながら体感画質を維持できる。
6-DOF(Six Degrees of Freedom):3次元空間における6つの自由度(前後・左右・上下の移動と、ピッチ・ヨー・ロールの回転)を追跡するトラッキング方式。現代的なVR体験に不可欠。
Steam Deck:Valveが2022年に発売したポータブルゲーミングPC。SteamOSを搭載し、Steam Frameとハードウェアおよびソフトウェアのエコシステムを共有する。
【参考リンク】
Steam Frame – 公式製品ページ(外部)
ValveによるSteam Frameの公式製品ページ。スペック、機能、互換性に関する詳細情報と開発者向けリソースが掲載されている。
SteamOS – Steam Deck公式サイト(外部)
Valveが提供するSteamOSの情報ページ。Steam Deck向けのページだが、Steam FrameでもSteamOSが使用される。
Qualcomm Snapdragon 8 Gen 3(外部)
QualcommによるSnapdragonシリーズの製品ページ。Steam Frameに搭載されるSnapdragon 8 Gen 3の詳細仕様を掲載。
FEX-Emu – GitHub公式リポジトリ(外部)
ARM64デバイス上でx86プログラムを実行するためのオープンソースエミュレータ。Valveが投資している技術の開発状況を確認可能。
【参考記事】
Valve Officially Announces Steam Frame, A “Streaming-First” Standalone VR Headset(外部)
Steam Frameの公式発表に関する包括的な記事。2K LCDディスプレイ、パンケーキレンズ、SLAMトラッキング、モノクロームパススルーなど技術仕様を詳述。
Valve Unveils Steam Frame VR Headset to Make Your Entire Steam Library Portable(外部)
Steam Frameの発表を伝える詳細記事。Snapdragon 8 Gen 3、Wi-Fi 6Eドングルによる低遅延ストリーミング、開発者キット配布計画について解説。
Steam Frame VR Hands-On: Quest 3’s Biggest Competition Yet(外部)
Digital Foundryによる実機ハンズオンレビュー。ディスプレイ品質、光学性能、中心窩レンダリング、モジュラー設計について技術的分析を提供。
Steam Frame’s Price Hasn’t Been Locked in, But Valve Expects it to be ‘cheaper than Index’(外部)
Steam Frameの価格に関する公式情報。Valveは価格を確定していないが、Valve Indexの999ドルより安くなることを目指している。
Global XR (AR & VR Headsets) Market Share: Quarterly(外部)
2025年第1四半期のVR市場シェアデータ。Metaが50.8%を占有する市場状況の中で、Steam Frameがどのように競争するかを理解するための市場背景。
PC VR vs Standalone: How to choose the best setup(外部)
PC VRとスタンドアロンVRの比較記事。Steam Frameが両方のモードをサポートする意義と、それぞれの性能制約、ユースケースの違いを解説。
【編集部後記】
Steam FrameはARMプロセッサ上でx86ゲームを動作させるという技術的な挑戦に取り組んでいますが、スタンドアロン性能とストリーミング品質のどちらを優先すべきなのでしょうか。Quest 3が499ドルで市場シェアの過半数を握る中、Steam Frameが999ドル以下で勝負するとすれば、どのような独自の価値を提示できるのか気になります。
また、モノクロームパススルーという仕様は、MR機能を重視する最近のトレンドに逆行しているように見えますが、これはゲーミング特化という明確な戦略の表れなのか、それともARMプロセッサの処理能力による技術的制約なのか。開発者キットが2026年初頭に配布されるということは、実際の製品投入は2026年後半以降になる可能性が高そうです。

























