iRobotの共同設立者でMITで数十年を過ごしたロボット工学者ロドニー・ブルックス氏が、ヒューマノイドロボットスタートアップへの投資に警告を発した。ブルックス氏は新しいエッセイで、テスラやFigureなどが人間の動画でロボットに器用さを教える手法を「純粋な幻想思考」と批判した。人間の手には約17,000個の専門的な触覚受容体があるが、ロボットはこれに近づけないと指摘している。また、フルサイズの歩行ヒューマノイドロボットは転倒時に危険で、現在のモデルの2倍のサイズになると8倍の有害エネルギー(人や物、ロボットに加わる衝撃)を持つと述べた。ブルックス氏は15年後の成功したヒューマノイドロボットはホイール、複数のアーム、特殊センサーを持ち人間の形を放棄すると予測している。AI研究非営利団体METRの調査では、16人の開発者が約250の問題にAIツールありとなしで取り組んだ結果、AIツール使用時は19%時間がかかったが、開発者は20%スピードアップしたと認識していた。Apptronikは約4億ドルを調達し、Googleと提携している。Figureは今月10億ドル超を調達し、評価額390億ドルに達した。
From: Famed roboticist says humanoid robot bubble is doomed to burst | TechCrunch
【編集部解説】
ロドニー・ブルックス氏の警告は、実は現在のロボティクス業界における深刻な構造的問題を浮き彫りにしています。この発言が注目される背景には、2024年以降のヒューマノイドロボット分野への投資が異常とも言える水準に達していることがあります。
人間の触覚機能の複雑さについて、ブルックス氏が指摘する17,000個の触覚受容体という数字は、現在のロボット技術がいかに人間から遠い位置にあるかを示しています。音声認識や画像処理の分野では、数十年にわたるデータ蓄積がAIの成功を支えましたが、触覚データについてはそうした基盤がまったく存在しないのが現実です。
安全性の観点から見ると、ブルックス氏の警告はより深刻です。現在のヒューマノイドロボットが転倒した際のエネルギー量は、実用化を考える上で致命的な問題となる可能性があります。特に家庭環境での導入を考えると、安全基準をクリアするハードルは極めて高くなります。
Figure AIの390億ドルという評価額は、この業界への期待の高さを象徴していますが、同時にバブル的な様相も呈しています。同社は2022年の設立からわずか3年で、約20億ドルの資金調達を実現しており、これは過去のテック業界のバブル期を彷彿とさせる勢いです。
ブルックス氏が予測する「15年後の成功したヒューマノイドロボットは車輪や複数のアームを持つ」という未来像は、現在の人型へのこだわりが実用性を阻害している可能性を示唆しています。これは製造業や物流業界にとって重要な示唆となるでしょう。
興味深いのは、AIツールに関するMETRの調査結果です。開発者がAIツールを使用した際に実際には19%時間がかかったにも関わらず、20%速くなったと感じていたという認知バイアスは、現在のロボティクス投資判断にも影響を与えている可能性があります。
長期的な視点で見ると、この分野の真の価値は2030年代後半以降に実現される可能性が高く、現在の投資熱は時期尚早かもしれません。しかし、基礎技術の蓄積という観点では、現在の投資が将来の突破口となる可能性も否定できないのが複雑な状況です。
【用語解説】
ヒューマノイドロボット: 人間の形状や動作を模倣して設計されたロボット。二足歩行や人間のような手を持ち、人間の作業環境で活動することを目的とする。
触覚受容体: 皮膚や筋肉に存在する感覚器官で、圧力、振動、温度、痛みなどを感知する。人間の手には約17,000個が存在し、繊細な物体操作を可能にしている。
エンドツーエンドAI: 入力から出力まで全てを一つのAIシステムで処理する手法。従来の複数システムの組み合わせではなく、統合されたモデルで課題を解決する。
強化学習(Reinforcement Learning): AIが試行錯誤を通じて最適な行動を学習する機械学習手法。報酬とペナルティを基に行動を改善していく。
BotQ: Figureが開発するヒューマノイドロボットの製造プラットフォーム。大量生産を目指した製造システム。
Helix: FigureのAIシステムで、ロボットの知覚、推論、制御を統合的に処理する。身体化インテリジェンスの実現を目指している。
【参考リンク】
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【編集部後記】
ブルックス氏の警告は、私たちが目にする華々しいロボットデモの裏側にある現実を浮き彫りにしています。確かに二足歩行で荷物を運ぶロボットの映像は印象的ですが、果たして本当に人間の代替となり得るのでしょうか。皆さんの職場や日常生活を振り返ってみてください。人間が行っている作業の中で、真にロボットに任せたいと思うものはどれくらいあるでしょうか。テクノロジーの進歩に期待を寄せつつも、冷静な視点を持つことの大切さに気付かされました。