Last Updated on 2025-05-15 11:50 by 乗杉 海
プライバシー擁護団体noybは2025年5月14日、MetaがEUユーザーの個人データをAIトレーニングに使用する計画に対して「差止通告(Cease and Desist letter)」を送付した。この通告は、Metaが2025年6月26日から開始予定のAIトレーニングに関するもので、最大2,000億ユーロの損害賠償を求める欧州集団訴訟に発展する可能性がある。
Metaの計画内容
Metaは2025年4月14日、EUのInstagramとFacebookユーザーの公開コンテンツをAIモデルのトレーニングに使用すると発表した。この計画では、成人ユーザーの公開投稿やコメント、Meta AIとのやり取りがトレーニングデータとして使用される予定だが、18歳未満のユーザーデータやプライベートメッセージは使用しないとしている。
Metaは4月中旬からEUユーザーに対して通知を開始し、オプトアウト(データ使用拒否)のためのフォームへのリンクを提供している。同社はこの計画について、欧州データ保護委員会(EDPB)のガイダンスに沿っており、法的要件を満たしていると主張している。
noybの主張と法的根拠
noybは、Metaがユーザーデータ処理の法的根拠としてGDPR第6条(1)の「正当な利益(legitimate interest)」を主張していることに異議を唱えている。noybによれば、Metaはユーザーからの明示的な同意(オプトイン)を得るべきであり、現在の「オプトアウト」システムはGDPRに違反しているとしている。
Max Schremsは「欧州司法裁判所(CJEU)がすでに広告に関してMetaには『正当な利益』がないと判断している」と指摘し、「AIトレーニングのためにすべてのデータを吸い上げる『正当な利益』があるはずがない」と主張している。
今後の法的展開
noybは2024年12月に「適格団体(Qualified Entity)」として認定され、EU全域で集団救済訴訟を提起する資格を得ている。すでに11件の苦情をEUのデータ保護当局に提出しており、EU集団救済指令に基づき、以下の法的措置を取る可能性がある:
- EU全域での差止命令の申請 – 認められた場合、MetaはEUユーザーの個人データ処理を停止し、違法にトレーニングされたAIを削除する必要がある
- 集団訴訟の提起 – 約4億人のEUユーザーに対する損害賠償は最大2,000億ユーロに達する可能性がある
現在、noybはMetaに対して回答期限を設定しており、これが解決しない場合は法的手続きに進む見込みである。また、ドイツの消費者保護団体も同様の懸念を表明している。
この問題は、AIトレーニングのためのデータ使用に関して「オプトイン」と「オプトアウト」のどちらが適切かという根本的な問いを提起しており、EU全域のAI開発とデータプライバシーに大きな影響を与える可能性がある。
References:Luiza Jarovskyさんの投稿
【編集部解説】
今回のニュースは、EUにおけるデータプライバシーとAI開発の最前線での重要な法的対立です。
Metaは2025年6月26日から、EUのSNSユーザーデータをAIトレーニングに使用する計画を進めています。ユーザーには「オプトアウト」の選択肢を提供していますが、デフォルトではデータが使用される設定です。
これに対し、Max Schrems率いるnoybは5月14日に差止通告を送付。すでに11件の苦情をEUデータ保護当局に提出しています。
対立の核心は法的根拠にあります。Metaは「正当な利益」を主張する一方、noybは「明示的な同意(オプトイン)」が必要だと主張しています。
特に重要なのは、AIモデルのトレーニングに一度使用されたデータは後から「取り消す」ことが技術的に困難な点です。MetaのLlamaなどのオープンソースAIモデルは、一度公開されると更新が難しくなります。
noybが「適格団体」として認定されたことで、EU全域での集団訴訟が可能になりました。これにより、個人では対抗しにくい巨大テック企業に対して効果的な法的措置が取れるようになっています。
Metaが敗訴した場合、GDPR違反で全世界年間売上高の最大4%の罰金が科される可能性があり、他のテック企業もデータ収集方法を見直す必要が出てくるでしょう。
AIの開発競争が激化する中、EUの厳格なデータ規制が技術革新を遅らせるという批判もありますが、長期的には透明性と同意に基づいたデータ収集がユーザーの信頼を得て競争力になるとも考えられます。
今後は、Metaが5月21日までにnoybの要求にどう応えるかが注目されます。この結果はAIとプライバシーのバランスを探る重要な先例となるでしょう。
【用語解説】
noyb(None of Your Business)
オーストリアのウィーンを拠点とするプライバシー保護団体。2017年に設立され、GDPRに基づいて企業のデータプライバシー違反に対して法的措置を取る活動を行っている。創設者はMax Schremsで、現在4,400人以上のメンバーを持つ。
GDPR(一般データ保護規則)
EUが2018年に施行した個人データ保護に関する法律。企業が個人データを処理する際には明確な法的根拠が必要で、多くの場合は本人の同意が求められる。違反した企業には最大で全世界年間売上高の4%または2,000万ユーロのいずれか高い方の制裁金が科される。
適格団体(Qualified Entity)
EU集団救済指令に基づき、消費者の集団的利益を代表して訴訟を起こす資格を持つ組織。noybは2024年12月にこの資格を取得した。
オプトイン(Opt-in)とオプトアウト(Opt-out):
オプトインはユーザーが明示的に同意した場合のみデータ使用が許可される方式。オプトアウトはデフォルトでデータ使用が許可され、ユーザーが拒否する必要がある方式。
EU集団救済指令
2025年1月に施行された指令で、消費者団体などの適格団体がEU全域で消費者を代表して集団訴訟を起こすことを可能にした。
差止通告(Cease and Desist letter)
特定の行為の中止を求める法的文書。訴訟前の和解を促す目的で送付されることが多い。
Llama
Metaが開発したオープンソースの大規模言語モデル。研究者やデベロッパーが自由に利用・改変できるよう公開されている。
【参考リンク】
noyb – European Center for Digital Rights(外部)
Max Schremsが設立したプライバシー保護団体。GDPRに基づき企業のデータプライバシー違反に対して法的措置を取る活動を行っている。
Meta Platforms(外部)
Facebook、Instagram、WhatsAppなどのソーシャルメディアプラットフォームを運営する企業。AIやメタバースの開発も進めている。
European Data Protection Board(外部)
EUのデータ保護法の一貫した適用を確保するために設立された独立機関。各国のデータ保護当局の代表で構成されている。
Meta AI(外部)
Metaが開発するAI技術とプロダクトに関する公式サイト。LlamaなどのオープンソースAIモデルやAI研究についての情報が掲載されている。