Spotifyは2025年5月13日、同社のAI DJ機能に新たな音声コマンド機能を追加したと発表した。この新機能により、プレミアム会員は音声でAI DJに対して次に再生する曲のリクエストができるようになった。
この機能は、英語のみに対応しており、現在60以上の市場でSpotifyのプレミアム会員向けに提供されている。ユーザーはジャンル、ムード、アーティスト、アクティビティに関連したリクエストを組み合わせて行うことができる。
例えば「今まで聴いたことのないインディーの曲を流して」や「昼のランニング用にエレクトロニックビートを流して」などの要望を伝えることができる。また、「車の中で泣ける曲を流して」といったリクエストも可能だ。
AI DJ機能は2023年2月に米国とカナダで初めて導入され、同年8月にグローバル展開された。Spotifyによると、過去1年間でAI DJのリスナーエンゲージメントはほぼ2倍になったという。
使用方法は、Spotifyアプリの検索タブで「DJ」と検索し、右下隅にあるDJボタンを長押しすると音声リクエストができる。ビープ音が鳴ったら、その時聴きたい音楽について声で伝える。特定のリクエストをせずに雰囲気を変えたい場合は、DJボタンをタップするだけで次のセクションにスキップできる。
この機能はまだベータ版であり、オーディオブックやポッドキャストなどの音楽以外のコンテンツには対応していない。
AI DJの英語版の声は、Spotifyの文化パートナーシップ責任者であるXavier “X” Jernigan(ザビエル・ジャーニガン)をモデルにしている。また、2024年7月にはスペイン語版のAI DJ「Livi」も導入され、メキシコシティを拠点とするシニア音楽エディターのOlivia “Livi” Quiroz Roaの声がモデルとなっている。
なお、競合サービスであるYouTube Musicも最近「Ask Music」という類似機能を導入し、AIを使用してユーザーが聴きたい音楽をカスタマイズできるようにしている。
References:
Sci-fi author Neal Stephenson wants AIs fighting AIs so those most fit to live with us survive
【編集部解説】
Spotifyが提供するAI DJ機能に、待望の音声コマンド対応が追加されました。これまでのAI DJは、ユーザーの好みを学習して自動的に曲を選んでくれるものの、一方通行のコミュニケーションに限られていました。今回の更新により、まるで人間のDJに話しかけるように、リアルタイムで音楽の方向性を変えられるようになります。
この新機能は、単なる便利さだけでなく、音楽ストリーミングの体験を根本から変える可能性を秘めています。従来の音楽ストリーミングでは、プレイリストやアルゴリズムによる推薦は静的なものでした。一度生成されると、その内容は固定されていたのです。しかし音声コマンド対応のAI DJは、ユーザーの気分や状況に応じてリアルタイムで適応します。
例えば、「今日は元気が出ない」と感じたら「元気が出る曲を流して」と話しかけるだけで、AIがあなたの好みを考慮しながら適切な曲を選んでくれます。また、「90年代のヒップホップを流して」といったジャンル指定や、「この曲に似たものをもっと」といった具体的なリクエストも可能です。
技術的には、この機能はSpotifyが長年投資してきた音楽レコメンデーション技術とAI技術の融合によって実現しています。AIが自然言語を理解し、それをSpotifyの膨大な音楽カタログとユーザーの好みのデータと組み合わせることで、適切な曲を選択しているのです。
現時点では英語のみの対応となっていますが、Spotifyの過去の機能展開パターンを見ると、今後他の言語にも対応していく可能性が高いでしょう。実際、AI DJ自体も2023年2月に米国とカナダで導入された後、同年8月にはグローバル展開され、2024年7月にはスペイン語版も追加されています。
この機能がもたらす最大の変化は、受動的だった音楽体験が対話的になることでしょう。従来のプレイリストでは、ユーザーは提供されたものを聴くだけでしたが、AI DJとの対話を通じて、自分の音楽体験をより能動的に形作ることができるようになります。
興味深いのは、このAI DJの声が実在の人物をモデルにしている点です。英語版はXavier “X” Jernigan、スペイン語版はOlivia “Livi” Quiroz Roaという、それぞれSpotify社内の音楽に精通した人物の声がベースになっています。これにより、より自然で親しみやすい対話体験が実現しています。
一方で、この技術にはいくつかの課題も存在します。例えば、公共の場所では音声コマンドを使いづらい場合があります。The Vergeの記事によれば、現時点では音声コマンドが唯一のAI DJとのインタラクション方法であり、声を出せない状況では不便かもしれません。また、AIの理解力には限界があり、複雑なリクエストや曖昧な表現を正確に解釈できない場合もあるでしょう。
さらに、音楽業界全体への影響も考慮する必要があります。AIによる音楽キュレーションが進化することで、アーティストの露出機会がどのように変わるのか、また、人間のDJやプレイリスト作成者の役割はどうなるのかといった点も注目されます。
競合サービスの動向も見逃せません。YouTube Musicも最近「Ask Music」という類似機能を導入しており、音楽ストリーミング市場でのAI活用競争は激化しています。このような競争が進むことで、ユーザーにとってはより使いやすく、パーソナライズされたサービスが提供されることが期待できます。
Spotifyのこの取り組みは、単なる機能追加にとどまらず、私たちと音楽との関わり方を変える可能性を秘めています。音楽は常に時代のテクノロジーと共に進化してきました。蓄音機からラジオ、CDからデジタル配信へと変わる中で、AIとの対話による音楽体験は次の大きなステップとなるかもしれません。
今後は、より多言語対応や、テキスト入力オプションの追加、さらには友人と一緒に音楽を楽しむ「コラボレーティブDJモード」など、さらなる機能拡張が期待されます。Spotifyはすでにテキストプロンプトを使用してプレイリストを作成する機能も提供しており、これらの機能が統合されていく可能性もあるでしょう。音楽との新しい対話の形が、私たちの日常にどのように溶け込んでいくのか、引き続き注目していきたいところです。
【用語解説】
AI DJ(人工知能DJ):
Spotifyが提供する機能で、ユーザーの好みを学習し、パーソナライズされた音楽を選曲するだけでなく、人間のDJのように曲の解説や紹介を行う。OpenAIの生成AI技術とSonanticの音声合成技術を組み合わせて実現されている。
Xavier “X” Jernigan:
Spotifyの文化パートナーシップ責任者であり、英語版AI DJの声のモデルとなった人物。以前は「The Get Up」というポッドキャストのホストを務めていた。
Olivia “Livi” Quiroz Roa:
メキシコシティを拠点とするSpotifyのシニア音楽エディターで、スペイン語版AI DJ「Livi」の声のモデルとなった人物。Spotifyの「EQUAL」プログラムのメキシコでの立ち上げに重要な役割を果たした。
音声コマンド:
声で指示を出すこと。従来のタップやスワイプといった操作に代わり、「アップビートな曲を流して」などと話しかけるだけで操作できる機能。
Ask Music:
YouTube Musicが提供する機能で、AIを使用してユーザーが聴きたい音楽をカスタマイズできる。Spotifyの音声コマンド対応AI DJと類似した機能。
【参考リンク】
Spotify公式サイト(外部)世界最大の音楽ストリーミングサービス。1億曲以上の楽曲と数百万のポッドキャストを提供している。
Spotify Premium(外部)Spotifyの有料サービス。広告なし、オフライン再生、高音質など様々な特典がある。