Last Updated on 2025-05-16 18:57 by admin
2025年5月16日現在、科学界を震撼させた「肉眼で見える巨大バクテリア」の発見から約3年が経過しました。2022年6月23日にScience誌に掲載された「Candidatus Thiomargarita magnifica(カンディダタス・チオマルガリータ・マグニフィカ)」の研究は、微生物学の常識を覆す画期的な発見として今なお多くの研究者に影響を与え続けています。
この細菌はカリブ海の小アンティル諸島にあるフランス領グアドループのマングローブ湿地で発見され、最近の研究ではその特異な生態系における役割や、膜で囲まれたDNA構造「ペピン」の形成メカニズムについての理解が深まってきています。今回は、この革命的な発見の概要について紹介します。
2022年6月23日、Science誌に、肉眼で見える巨大なバクテリア「Candidatus Thiomargarita magnifica(カンディダタス・チオマルガリータ・マグニフィカ)」の発見が報告された。この細菌は、カリブ海の小アンティル諸島にあるフランス領グアドループのマングローブ湿地で発見された。
この細菌の主な特徴は以下の通りである。
- 平均細胞長が9,000マイクロメートル(0.9cm)以上あり、最大で2センチメートルに達する
- 一般的な細菌の細胞長は約2マイクロメートルで、これまで知られていた最大の細菌でも750マイクロメートルにとどまる
- 人間のまつ毛ほどの大きさで、形状もまつ毛に似ている
- 大腸菌と比較すると、T.マグニフィカの上に約10,000個の大腸菌が並ぶ計算になる
この細菌の最も革新的な特徴は、DNAが細胞質内に自由に浮遊しているのではなく、「ペピン」と名付けられた膜で囲まれた構造内に区画化されていることである。これは、より複雑な細胞の特徴であり、細菌細胞の従来の概念に挑戦するものである。
研究チームはローレンスバークレー国立研究所のJean-Marie Volland氏、フランス領アンティル大学のSilvina Gonzalez-Rizzo氏とOlivier Gros氏らで、蛍光顕微鏡、X線顕微鏡、電子顕微鏡などの技術を組み合わせて細菌の特性を明らかにした。この細菌は、理論的な細菌サイズの限界を大幅に超えて成長し、1mmあたり平均36,880個(2cmの細胞では約737,598個)という前例のない多倍数体を示し、娘細胞への染色体の非対称分離を伴う二形性のライフサイクルを持つことが分かった。
この発見は、大型の硫黄細菌のグループを拡張するものであり、細胞の大きさを制限する要因に関する理解を深める助けになると期待されている。
References:
A centimeter-long bacterium with DNA contained in metabolically active, membrane-bound organelles
【編集部解説】
2022年6月に発表された「チオマルガリータ・マグニフィカ」の発見は、微生物学の常識を覆す画期的な出来事でした。この細菌は肉眼で見えるほど大きく、最大2センチメートルにも達します。これは一般的な細菌の約5,000倍のサイズであり、例えるならば人間がエベレスト山ほどの高さの人間に出会うようなものです。
この発見は、ローレンスバークレー国立研究所のJean-Marie Volland氏、フランス領アンティル大学のSilvina Gonzalez-Rizzo氏とOlivier Gros氏らの研究チームによるものです。最初に発見したのはOlivier Gros氏で、2009年にグアドループのマングローブ湿地で白い糸状の生物を見つけました。当初は菌類だと考えられており、細菌であることが確認されるまでに時間がかかりました。
この巨大細菌の最も革新的な特徴は、DNAが「ペピン」と名付けられた膜で囲まれた構造内に区画化されていることです。これまで細菌は「酵素の袋」として非区画化されていると考えられてきましたが、この発見はその概念を根本から覆すものです。
ペピンという名前は、スイカやキウイなどの果物に含まれる小さな種子にちなんで名付けられました。この構造は真核生物の核に似た機能を持ち、DNAとリボソームを内包しています。これは細菌の進化において複雑性の獲得を示す重要な証拠となります。
チオマルガリータ・マグニフィカのゲノムは約1,200万塩基対の大きさで、一般的な細菌の平均である420万塩基対の約3倍です。さらに驚くべきことに、この細菌は1つの細胞内に1mmあたり約37,000コピーものゲノムを持つ多倍数体であり、2cmの細胞では約73万コピーものゲノムを持つことになります。
この細菌はマングローブ生態系において重要な役割を果たしている可能性があります。マングローブは地球上の沿岸地域のわずか1%未満の面積しか占めていませんが、沿岸堆積物の炭素貯蔵の10〜15%に貢献しているとされています。チオマルガリータ・マグニフィカは化学合成によってエネルギーを得る硫黄酸化細菌であり、この生態系の炭素循環に関与していると考えられています。
この発見が微生物学にもたらす影響は計り知れません。これまで細菌のサイズには理論的な上限があると考えられてきましたが、チオマルガリータ・マグニフィカはその限界を大きく超えています。これは細胞サイズの制限に関する私たちの理解を根本から見直す必要があることを示唆しています。
また、膜で囲まれたオルガネラ内にDNAを持つという特徴は、真核生物と原核生物の境界をあいまいにするものです。これまで真核生物の特徴とされてきた核様構造を持つ細菌の発見は、生命の進化に関する新たな洞察をもたらす可能性があります。
研究チームは現在、この細菌の実験室での安定した培養方法の確立を目指しています。これが実現すれば、ペピンの形成メカニズムや機能、チオマルガリータ・マグニフィカの特異な生活環などについて、より詳細な研究が可能になるでしょう。
この発見は、私たちがまだ知らない生命の多様性が身近に存在していることを示しています。巨大ウイルスの発見が長い間見過ごされてきたように、他にも従来の概念を覆すような生物が「目の前に隠れている」可能性があるのです。
今後の研究によって、この細菌がどのようにしてこれほど巨大に成長できるのか、ペピンがどのように形成されるのか、そしてこの細菌がマングローブ生態系でどのような役割を果たしているのかが明らかになることが期待されます。チオマルガリータ・マグニフィカの発見は、生命の複雑性と多様性に関する私たちの理解をさらに深める重要な一歩となるでしょう。
【用語解説】
原核生物と真核生物:
生物は大きく原核生物と真核生物に分けられる。原核生物(細菌や古細菌)は細胞内にDNAを包む核膜がなく、DNAが細胞質内に直接存在する。一方、真核生物(動物、植物、菌類など)は核膜に包まれた核の中にDNAがある。チオマルガリータ・マグニフィカは原核生物でありながら、DNAが膜で囲まれた「ペピン」という構造内にあるという特異な特徴を持つ。
多倍数体:
通常の生物は1つの細胞に1セットか2セットの染色体(ゲノム)を持つが、多倍数体は多数のゲノムコピーを持つ。チオマルガリータ・マグニフィカは1つの細胞に約73万コピーものゲノムを持ち、これは既知の生物の中で最多である。
ペピン:
チオマルガリータ・マグニフィカで発見された、DNAとリボソームを含む膜で囲まれた構造。スイカやキウイの中にある小さな種子にちなんで名付けられた。真核生物の核に似た機能を持つと考えられている。
硫黄酸化細菌:
硫化水素などの還元型硫黄化合物を酸化してエネルギーを得る細菌。チオマルガリータ属の細菌はこのグループに属し、マングローブ湿地などの硫黄を含む環境に生息している。
【参考リンク】
ローレンスバークレー国立研究所(LBNL)(外部)
米国エネルギー省が運営する研究所で、チオマルガリータ・マグニフィカの研究を主導したJean-Marie Volland氏らが所属していた機関。
Science誌(外部)
チオマルガリータ・マグニフィカに関する論文が掲載された世界的に権威ある科学雑誌。
フランス領アンティル大学(外部)
Olivier Gros教授とSilvina Gonzalez-Rizzo博士が所属し、チオマルガリータ・マグニフィカを最初に発見した研究機関。
【参考動画】
【編集部後記】
肉眼で見える細菌の発見、驚きではありませんか?私たちの身の回りには、まだ知られていない生命の姿が潜んでいるのかもしれません。あなたの近くの公園や庭にも、新たな発見が眠っているかもしれません。最近、自然の中で「なぜだろう?」と思ったことはありませんか?科学の醍醐味は、その好奇心から始まります。ぜひ、あなたの「不思議」をSNSでシェアしてみてください。