この数ヶ月で少なくとも6組のAIまたはAI支援アーティストがBillboardチャートにデビューした。
BillboardはDeezerのAI検出ツールを使用して確認している。最も顕著な例はXania Monetで、ミシシッピ州のソングライターTelisha “Nikki” JonesがSunoを使用して作成した。
Monetは9月にHot Gospel Songsで「Let Go, Let God」(10月25日付けで3位)、Hot R&B Songsで「How Was I Supposed to Know?」(最高20位)でデビューし、Hallwood MediaのNeil Jacobsonと数百万ドルの契約を結んだ。
Adult R&B Airplayチャート(11月11日付け)で30位となり、AIアーティストとして初めてラジオチャートにデビューした。他にChildPets Galore、Unbound Music、Enlly Blue、Juno Skye、Breaking Rustがチャートインしている。
過去4週間連続で少なくとも1組のAIアーティストがデビューしており、トレンドの加速を示している。
From:
How Many AI Artists Have Debuted on Billboard’s Charts?
【編集部解説】
音楽業界に静かな革命が起きています。過去4週間連続で、毎週少なくとも1組のAIアーティストがBillboardチャートにデビューしており、この加速するトレンドは単なる一過性の現象ではなく、音楽制作の根本的な変化を示唆しています。
最も注目すべきはXania Monetです。ミシシッピ州のソングライターTelisha “Nikki” JonesがAI音楽生成プラットフォームSunoを使って創り出したこのバーチャルアーティストは、わずか2ヶ月強で4,440万回のストリーミングを記録し、5曲で52,000ドル以上を生み出しました。そして2025年11月、AIアーティストとして史上初めてBillboardのラジオチャート(Adult R&B Airplay)にデビューするという歴史的な瞬間を迎えたのです。
興味深いのは、Jonesが歌詞の約90%を自ら執筆している点です。これは完全にAIが生成した音楽ではなく、人間の創造性とAI技術の協働という新しい形態を示しています。この「ハイブリッド創作」というアプローチは、300万ドルに達する入札合戦を引き起こし、最終的に元Interscope幹部Neil Jacobsonが率いるHallwood Mediaが数百万ドルの契約を獲得しました。
しかし、この成功の裏には深刻な法的論争があります。Xania Monetの音楽生成に使用されたSunoは、2024年6月にUniversal Music Group、Sony Music Entertainment、Warner Music Groupら大手レーベルから著作権侵害で訴えられています。訴訟の核心は、AIモデルのトレーニングに無許可で著作権のある楽曲を使用したかどうかです。Sunoは2024年8月の反論文書で著作権のある音楽でトレーニングしたことを認めつつも、これはフェアユースの範囲内だと主張しています。
Xania Monet以外にも、ChildPets Galore(Christian Digital Song Salesで14位)、Unbound Music(Emerging Artistsで47位)、Enlly Blue、Juno Skye、Breaking Rustといった多様なジャンルのAIアーティストがチャートインしています。ゴスペル、ロック、カントリー、R&Bと、AIは既にあらゆるジャンルに浸透しているのです。
実在のアーティストからは強い反発の声も上がっています。R&B歌手のKehlaniは削除済みのTikTok動画で「AIのR&Bアーティストが数百万ドルの契約を結んだが、その人は何も仕事をしていない」と批判しました。これは音楽業界が直面する根本的なジレンマを浮き彫りにしています。
AIアーティストの楽曲が予想外に多くのダウンロード販売を記録している理由も興味深い点です。ロンドンのプロデューサーAhmed Kordofaniによれば、AI制作者たちがストリーミングではなくクリーンなダウンロードファイルを購入し、それを新たなAIトレーニングのソースマテリアルとして使用しているというのです。つまり、AIがAIを学習する循環が既に始まっているということです。
この現象を音楽史の文脈で見ると、重要な示唆が得られます。活版印刷が知識の民主化をもたらし、録音技術が音楽の大量配布を可能にしたように、AI音楽生成ツールは創作の民主化をもたらす可能性があります。歌唱力がなくても、高価なスタジオへのアクセスがなくても、アイデアと歌詞さえあれば音楽を世界に届けられる時代が到来しているのです。
しかし同時に、これは人間のアーティストにとって脅威でもあります。制作コストがほぼゼロに近いAI音楽が市場を溢れさせれば、人間のミュージシャンの経済的基盤が崩壊する可能性があります。特に、まだ名を成していない新人アーティストにとって、AI音楽との競争は極めて厳しいものとなるでしょう。
法的な問題も複雑です。米国著作権局は、人間が作成しAIがアシストした音楽は著作権保護の対象となり得るが、完全にAIが生成した音楽は保護されないとしています。しかし、Xania Monetのようにどこまでが人間でどこからがAIなのか曖昧なケースでは、法的境界線は極めて不鮮明です。
音楽業界はこの転換点で選択を迫られています。AI技術を規制して従来の音楽制作を守るのか、それとも新しい形態を受け入れ、人間とAIの協働という新しいパラダイムを構築するのか。Billboardチャートに毎週AIアーティストが登場する現状は、この問いが既に理論的なものではなく、現実の市場で起きている変化であることを示しています。
【用語解説】
Suno
AI音楽生成プラットフォーム。ユーザーがテキストプロンプトを入力するだけで、ボーカル、歌詞、楽器演奏を含む完全な楽曲を数秒で生成できる。2022年設立のマサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く企業で、2024年5月に1億2,500万ドルの資金調達を実施。2024年6月に大手レーベルから著作権侵害で訴えられている。
Billboard
1894年創刊の米国音楽業界誌。同誌が発表するBillboardチャートは世界で最も権威のある音楽ランキングとして知られる。Hot 100、Artist 100など様々なジャンル別チャートを展開し、ストリーミング、ラジオエアプレイ、デジタル販売などのデータを総合して順位を決定する。
Luminate
音楽・エンターテインメント業界向けのデータ分析企業。旧称はNielsen Music / MRC Data。ストリーミング数、楽曲販売数、ラジオエアプレイなどの詳細なデータを収集・分析し、Billboardチャートの算出にも使用されている。音楽業界の標準的なデータソースとして機能している。
RIAA(Recording Industry Association of America)
米国レコード協会。米国の音楽業界を代表する業界団体で、Universal Music Group、Sony Music Entertainment、Warner Music Groupなどの大手レーベルが加盟。著作権保護、違法コピー対策、業界標準の策定などを行う。2024年6月にSunoとUdioを著作権侵害で提訴した。
フェアユース(Fair Use)
米国著作権法における例外規定の一つ。教育、批評、ニュース報道、研究などの目的であれば、著作権者の許可なく著作物を限定的に使用できる。AI企業は学習データとして著作権のある作品を使用することがフェアユースに該当すると主張しているが、音楽業界はこれを否定している。
DSP(Digital Service Provider)
デジタル音楽配信サービス事業者。Spotify、Apple Music、Amazon Music、YouTube Musicなどのストリーミングプラットフォームを指す。アーティストはDSPを通じて楽曲を配信し、再生回数に応じたロイヤリティを受け取る。
【参考リンク】
Suno(外部)
テキストプロンプトから完全な楽曲を生成できるAI音楽生成プラットフォーム。月額サブスクリプションモデルで提供
Billboard(外部)
1894年創刊の米国音楽業界誌。世界で最も権威のある音楽チャートBillboard Hot 100などを発表
RIAA(Recording Industry Association of America)(外部)
米国レコード協会の公式サイト。音楽業界の著作権保護活動やゴールド・プラチナ認定を実施
Luminate(外部)
音楽・エンターテインメント業界向けデータ分析企業。Billboardチャートのデータソースを提供
Deezer(外部)
フランス発の音楽ストリーミングサービス。2025年1月にAI生成コンテンツ検出ツールを導入
Hallwood Media(外部)
元Interscope幹部Neil Jacobson率いる独立系音楽会社。Xania Monetと契約
【参考記事】
AI Artist Xania Monet Climbs the Charts — And Signs a Multimillion-Dollar Record Deal(外部)
Xania Monetが複数のBillboardチャートにデビューし、入札戦争の末に数百万ドルの契約を獲得した経緯を詳述
AI Artist Xania Monet Has Racked Up Millions of Streams. How Much Money Is That Worth?(外部)
Xania Monetの5曲がわずか2ヶ月強で52,000ドル以上を生み出した収益構造を詳細に分析
Record Companies Bring Landmark Cases for Responsible AI Against Suno and Udio(外部)
2024年6月、RIAAがSunoとUdioを著作権侵害で提訴。1作品あたり最大150,000ドルの損害賠償を請求
A.I. Music Startup Suno Fires Back at Record Labels, Admits Training on Copyrighted Music(外部)
2024年8月、Sunoが著作権のある音楽で学習したことを認めつつフェアユースと主張する反論を展開
Xania Monet is the first AI-powered artist to debut on a Billboard airplay chart(外部)
Xania MonetがBillboardラジオチャートにデビューした歴史的瞬間とアーティストからの批判を報道
AI Artists Are Behind a Surprising Surge in Old School Sales(外部)
AIアーティストの楽曲が多くのダウンロード販売を記録している理由とAI学習の循環構造を解説
【編集部後記】
AIが生成した音楽がチャートを賑わせる時代が、もう目の前に来ています。みなさんは、歌詞を書く人間と、それを歌うAIの協働で生まれた音楽を、どう受け止めますか。創造性の本質は変わらないのか、それとも根本から再定義されるのか。この問いに正解はありません。ただ、音楽を愛する一人ひとりがこの変化にどう向き合うかが、未来の音楽文化を形作っていくのだと思います。私たちinnovaTopia編集部も、みなさんと一緒にこの大きな転換点を見つめていきたいと考えています。
























