Last Updated on 2025-06-28 21:40 by TaTsu
2024年、ロシアのサイバー犯罪グループQilinが英国の病理検査サービス会社Synnovisにランサムウェア攻撃を実行した。この攻撃により、ロンドン周辺の複数のNHS(国民保健サービス)病院の病理検査システムが停止し、数千件の予約と処置がキャンセルされた。
2025年6月26日、キングス・カレッジ病院NHSトラストは、サイバー攻撃中に1名の患者が死亡し、血液検査結果の遅延が死亡要因の一つであったことを確認した。南東ロンドン統合ケアボードの調査では、この攻撃により170名の患者が被害を受け、そのほとんどが軽微な被害に分類された。
SynnovisのCEOマーク・ダラー氏は遺族への哀悼の意を表明した。この事件は、ランサムウェア攻撃が直接的に患者の生命に関わった初の確認事例として国際的な注目を集めている。
From: Qilin ransomware attack on NHS supplier contributed to patient fatality
【編集部解説】
今回のSynnovis攻撃は、医療分野におけるサイバーセキュリティの脆弱性を浮き彫りにした象徴的な事件です。特に注目すべきは、ランサムウェア攻撃が直接的に患者の生命に関わる結果をもたらした点でしょう。
病理検査システムの停止が患者の死亡につながったという事実は、現代医療がいかにデジタルインフラに依存しているかを示しています。血液検査結果の遅延が治療判断を左右し、最終的に生死を分ける要因となったのです。
Qilinランサムウェアグループの手法も従来型から進化しています。単なる身代金要求にとどまらず、要求が拒否された場合には患者の個人情報を公開するという二重恐喝戦術を採用しました。これは「ダブルエクストーション」と呼ばれる手法で、被害組織により大きな圧力をかける狙いがあります。
この事件が医療業界に与える長期的影響は計り知れません。各国の医療機関は、サイバーセキュリティ投資の優先度を見直し、バックアップシステムの強化や職員教育の徹底を迫られています。
規制面では、医療機関に対するサイバーセキュリティ基準の厳格化が予想されます。患者データ保護に関する法的責任も重くなり、医療IT投資の在り方が根本的に変わる可能性があります。
一方で、この危機は医療DXの重要性を再認識させる契機ともなっています。適切なセキュリティ対策を講じた上でのデジタル化推進は、むしろ医療の質向上と効率化を実現する鍵となるでしょう。
【用語解説】
Qilinランサムウェア
ロシア系サイバー犯罪グループが運営するランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS)。Rust言語で開発され、データ暗号化と窃取による二重恐喝を特徴とする。2023年後期からアフィリエイト募集を開始し、医療機関を含む重要インフラを標的としている。
ランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS)
ランサムウェアをサービスとして提供するビジネスモデル。主犯グループがランサムウェアとインフラを開発し、アフィリエイトが実際の攻撃を実行する。収益は通常80-85%がアフィリエイト、15-20%が主犯グループに分配される。
二重恐喝(ダブルエクストーション)
データを暗号化するだけでなく、事前に窃取したデータの公開を脅迫材料として使用する手法。被害者は復号化とデータ漏洩阻止の両方を目的として身代金支払いを迫られる。
病理検査サービス
血液検査、組織検査などの医学的診断を行うサービス。医療診断の基盤となる重要なインフラで、検査結果の遅延は治療判断に直接影響する。
【参考リンク】
NHS(国民保健サービス)(外部)
英国の公的医療制度。1948年設立で約160万人の職員を擁し、年間予算は1367億ポンド。
Synnovis(外部)
ロンドン南東部の主要病院に病理検査サービスを提供する合弁会社。
王立統合軍事研究所(RUSI)(外部)
1831年設立の世界最古の防衛・安全保障シンクタンク。サイバーセキュリティ研究も実施。
【参考記事】
UK health officials say patient’s death partially down to cyberattack – Reuters(外部)
ロイター通信による報道。サイバー攻撃と患者死亡の関連性を確認した初の事例として国際的な注目を集めた。攻撃による経済損失は4300万ドルに達したと報告。
Patient Death Linked to NHS Cyber-Attack – Infosecurity Magazine(外部)
セキュリティ専門誌による詳細分析。2024年6月3日の攻撃により1万件以上の予約と1710件の手術が延期されたことを報告。患者への影響の深刻さを強調。
【編集部後記】
今回の事件は、私たちの日常生活に欠かせない医療サービスがいかにデジタル技術に依存しているかを改めて考えさせられる出来事でした。皆さんが普段利用している病院やクリニックでも、検査結果の管理から予約システムまで、多くの場面でITシステムが活用されています。
もしこうしたシステムが突然停止したら、どのような影響があるでしょうか。また、医療機関のサイバーセキュリティ強化と、私たち患者の利便性向上は両立できるのでしょうか。この事件を機に、医療DXの光と影について一緒に考えてみませんか。