Last Updated on 2025-06-28 21:24 by admin
中国のAIスタートアップDeepSeekのCEO梁文鋒氏が、次世代モデル「R2」の性能に満足せず、発売スケジュールが未定となっている。
The Informationが2025年6月26日に報じた。R2は高評価を得たR1推論モデルの後継で、当初2025年5月のリリースが予定されていた。
コーディング能力向上と英語以外の言語サポートを目指している。DeepSeekのエンジニアは数ヶ月間R2開発に取り組み、梁氏の承認を待っている状況だ。一方、中国におけるNvidiaサーバーチップ不足により、R2の普及に課題が生じる可能性がある。
これは米国の輸出規制が原因で、現在R1を使用するクラウドクライアントの大部分はNvidiaのH20チップで動作している。2025年4月にトランプ政権が制定した新輸出規制により、NvidiaはH20チップの中国販売を禁止された。
DeepSeekは複数の中国クラウド企業と協力し、モデルのホスティングと配布戦略の技術詳細を提供している。
From: DeepSeek R2 launch stalled as CEO balks at progress, The Information reports
【編集部解説】
このニュースは、単なる製品リリースの遅延を超えた、AI産業の構造的な問題を浮き彫りにしています。DeepSeekのR2開発遅延は、技術的な完成度への不満と半導体供給制約という二重の要因が重なった結果です。
特に注目すべきは、CEOの梁文鋒氏が性能に満足していないという点です。DeepSeekのR1モデルは、OpenAIのo1シリーズに匹敵する推論能力を持ちながら、わずか560万ドルという低コストで開発され、世界的な注目を集めました。この成功体験が、R2に対するハードルを高く設定している可能性があります。
一方で、より深刻な問題は半導体供給の制約です。中国企業は2025年前半だけで120万台のH20チップを発注していましたが、4月のトランプ政権による新たな輸出規制により、このH20チップの供給が完全に停止されました。現在、中国のクラウドプロバイダーの多くがNvidiaのH20チップでR1を運用しているため、在庫だけではR2の本格展開は困難な状況です。
この状況は、AI開発における地政学的リスクの現実化を示しています。技術的に優秀なモデルを開発できても、それを動かすハードウェアが確保できなければ、実用化は困難です。一部企業はマレーシアなど海外でのモデル訓練という回避策を模索していますが、根本的な解決には至っていません。
なお、OpenAIはDeepSeekがR1開発時に同社の技術を使用したと疑惑を提起していますが、DeepSeekは公式回答していません。この論争も、R2開発における慎重さの一因となっている可能性があります。
長期的には、この制約が中国のAI産業の独立性を促進する可能性もあります。Nvidia CEOのジェンセン・ファン氏が「輸出規制は失敗だった」と発言したように、制約は中国企業の技術開発意欲を刺激し、結果的に競争力のある独自技術の開発を促進する効果を持つかもしれません。
innovaTopiaの読者にとって重要なのは、この事例がグローバルなAI開発競争の新たな局面を示していることです。技術力だけでなく、サプライチェーンの安定性や地政学的リスクへの対応力が、AI企業の競争優位を左右する時代に入ったのです。
【用語解説】
AI推論(AI Inference)
学習済みのAIモデルを用いて、新たなデータに対する予測や判断を行うプロセス。AIモデルが大量のデータから学習したパターンやルールを基に、未知のデータに対して推論を行う能力を指す。
Mixture-of-Experts(MoE)
AIモデル内に複数の「専門家」モジュールを配置し、入力に応じて最適な専門家を動的に選択するアーキテクチャ。処理効率を向上させながら、大規模なパラメータ数を実現できる技術。DeepSeekは50,000台のNvidia Hopper GPU(うち30,000台がH20チップ)を使用してR1を訓練した。
Multi-Head Latent Attention(MLA)
標準的なTransformerアーキテクチャを発展させた技術で、入力の異なる側面を並列で処理する。メモリ消費を大幅に削減し、長いコンテキストを効率的に処理できる。
ECCN(Export Control Classification Number)
米国の輸出管理規則において、輸出規制対象品目を分類するための番号システム。半導体や先端技術製品の輸出可否を判断する基準となる。
TPP(Total Processing Performance)
半導体チップの総合処理性能を示す指標。米国の輸出規制では、この数値が一定基準を超える製品の輸出が制限される。
AGI(Artificial General Intelligence)
汎用人工知能。人間と同等かそれ以上の知的能力を持ち、様々な分野で人間レベルの推論や判断ができるAIシステムを指す。
【参考リンク】
DeepSeek公式サイト(外部)
中国のAI企業DeepSeekの公式サイト。R1モデルの無料利用やAPI情報、技術論文などが掲載されている。
NVIDIA公式サイト(日本語)
(外部)GPU開発の世界的リーダー企業。AI、HPC、ゲーミング分野で革新的な製品を提供している。
High-Flyer Quant公式サイト(外部)
DeepSeekの親会社である中国のヘッジファンド。量的投資戦略を専門とし、AI技術への投資も積極的に行っている。
【参考動画】
【参考記事】
DeepSeek rushes to launch new AI model as China goes(外部)
DeepSeekのR2開発加速に関するロイターの2月報道。当初の開発スケジュールと企業文化について詳しく解説。
DeepSeek R2: Next-Gen AI Transforming Tech (2025 Update)(外部)DeepSeek R2の技術的特徴と期待される機能について詳細に解説した記事。MoEアーキテクチャやMLAの仕組みを分析。
【編集部後記】
DeepSeekの事例は、AI開発における技術力と地政学的制約のバランスを考える興味深いケースですね。皆さんは、このような制約が逆に技術革新を加速させる可能性についてどう思われますか?
また、日本企業がこうした米中の技術競争の狭間で、どのような独自のポジションを築けるとお考えでしょうか。innovaTopia編集部としても、制約下での創造性がもたらす予想外のブレークスルーに注目しています。ぜひ皆さんのご意見もお聞かせください。