Appleは8月14日、Watch Series 9、Series 10、Apple Watch Ultraの一部機種で血中酸素測定機能を再設計して復活させると発表した。この機能は2024年初頭にMasimoとの特許紛争により国際貿易委員会(ITC)の輸入禁止措置を受け削除されていた。
新しい仕様では、血中酸素データの測定・計算はペアリングしたiPhoneで行われ、結果はヘルスアプリで確認する形となる。Apple Watch上での直接確認はできない。この変更は米国税関の最近の裁定により可能になった。
対象は2024年初頭のITC禁止措置発効後に販売された機種のみで、既存モデルや米国外購入品には影響しない。ユーザーは木曜日配信のソフトウェアアップデートでアクセス可能になる。
Masimoは2023年にITCでAppleの技術が自社特許を侵害するとして勝訴し、輸入禁止を実現していた。Appleは現在も控訴中である。
From: Apple’s blood oxygen monitoring returns to its latest Apple Watches
【編集部解説】
Appleが採用した回避策は、pulse oximetry(パルスオキシメトリー)技術の従来の実装方法を根本的に変更したものです。通常、血中酸素測定は光を皮膚に照射し、ヘモグロビンの酸素飽和度を計測しますが、この処理をApple Watch内部で完結させていました。新しい設計では、センサーでの計測は時計上で行うものの、データ処理とアルゴリズム計算をiPhoneに移すことで、Masimoの特許範囲から離脱させています。
この技術的変更により、iOS 18.6.1とwatchOS 11.6.1のアップデートが必要となり、両デバイス間の連携がより密接になりました。ユーザーエクスペリエンスの観点では、即座に結果を確認できない不便さがありますが、Bluetoothによるデータ転送の高速化により、実用上の遅延は最小限に抑えられています。
この展開は医療デバイス業界における特許戦略に大きな影響を与えます。Masimoのような専門医療機器メーカーが、コンシューマー向けウェアラブル市場に参入する際の戦術として、特許訴訟を活用する手法が注目されていました。しかしAppleの技術的回避策の成功は、大手テック企業が持つエンジニアリング力により、特許の壁を迂回できることを実証しています。
特に注目すべきは、米国税関国境保護庁(CBP)がAppleの新実装を承認した点です。これは、特許侵害回避のための設計変更が、実際の貿易規制においてどのように評価されるかの重要な先例となります。
ITCによる輸入禁止措置という強力な手段に対し、Appleが技術的解決策で対応できた背景には、同社の豊富なR&D投資と分散アーキテクチャへの対応力があります。この事例は、規制やライセンス料負担を避けるため、企業がいかに迅速にプロダクト設計を変更できるかを示しており、今後のスマートウォッチ業界における競争戦略に影響を与えるでしょう。
一方で、Masimoの特許は2028年まで有効であり、Appleの控訴審も継続中です。この長期的な法的不確実性は、ヘルステック分野における投資判断や製品開発ロードマップに影響を与え続ける可能性があります。
新しい実装では、健康データの処理がiPhoneに移行することで、データプライバシーの管理構造が変化しています。Apple Watchで収集された生体情報が、より高い処理能力を持つiPhoneで解析される仕組みは、将来的にはより高度なAI診断機能の基盤となる可能性があります。
【用語解説】
国際貿易委員会(ITC) – 米国の独立機関で、知的財産権侵害による輸入品に対して調査・制裁措置を講じる権限を持つ。今回のケースではApple Watchの輸入禁止を決定した。
Masimo – カリフォルニア州アーバインに本拠を置く医療技術企業で、pulse oximetry(パルスオキシメトリー)技術の先駆者。SET技術により低灌流や体動時でも正確な測定を実現している。
米国税関国境保護庁(CBP) – 米国の国境警備と貿易管理を担当する連邦機関。今回Appleの再設計された血中酸素測定機能の輸入を承認した組織。
pulse oximetry(パルスオキシメトリー) – 非侵襲的に血中酸素飽和度を測定する医療技術。光を皮膚に照射し、ヘモグロビンの酸素結合状態を計測する仕組み。
【参考リンク】
Apple公式サイト(外部)Apple Watchの最新モデルとバンドを紹介。健やかな毎日のための究極のデバイスとしてUltra 2、Series 10、SEの3つのモデルを提供している。
Apple Watch Ultra公式ページ(外部)スポーツと冒険のための究極の腕時計として49mmチタニウムケースと最大36時間駆動を実現。GPS + Cellularの通信機能を標準搭載している。
Masimo公式サイト(日本語)(外部)グローバル医療技術企業Masimoの日本向けサイト。革新的な非侵襲的患者モニタリング技術の開発・製造を行っている企業の詳細が確認できる。
【参考記事】
Apple announces return of Blood Oxygen feature to Apple Watch – Apple Newsroom(外部)Apple公式のプレスリリースページ。血中酸素測定機能の復活に関する公式発表と技術的詳細について確認できる。
Masimo vs Apple: Patent dispute timeline – Reuters(外部)ロイターのテクノロジーセクション。Masimoとの特許紛争の経緯と国際貿易委員会での判決について詳細な報道を提供。
【編集部後記】
今回のAppleの対応は、特許紛争に対する新しいアプローチとして注目されます。血中酸素測定の処理をiPhoneに移すという技術的回避策は、一見すると不便に感じられますが、むしろデバイス間連携の可能性を示している面もあります。Masimoのような専門医療機器メーカーと大手テック企業の対立は、今後ヘルステック分野でどのような展開を見せるのでしょうか。特許保護とイノベーション促進のバランスをどう取るべきか、また医療精度を保ちながらコンシューマー向け製品をどこまで発展させられるのか、業界全体に波及する課題が浮き彫りになってきました。