ニューヨーク大学アブダビ校(NYUAD)のディミトラ・アトリ研究チームは2025年7月29日、宇宙線が地下水を放射線分解(ラジオリシス)し、微生物へエネルギーを供給し得ると発表した。
GEANT4シミュレーションで火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスを解析し、厚い氷殻を持つエンケラドスが最も高い生命維持ポテンシャルを示した。研究は地下水と宇宙線が交差する「放射線分解居住可能域」という概念を提唱し、太陽光に依存しない生命探査の新領域を提示している。f
From:Mars Isn’t Dead: How Cosmic Rays Could Make Life Possible Underground
【編集部解説】
今回発表された研究は、地球外生命探査の新たな可能性を示唆する画期的なものです。従来の「ゴルディロックス・ゾーン」は、恒星からの距離で温度が適度な範囲にある惑星表面での生命可能性に焦点を当てていました。
しかし、この研究が提案する「放射線分解居住可能域(Radiolytic Habitable Zone)」は、太陽光や地熱に依存しない、全く新しい生命維持メカニズムを示しています。これは単なる理論的な提案ではなく、GEANT4という専門の数値モデルを使用した詳細なシミュレーション研究に基づいています。
特に重要なのは、この発見が地球深部での実際の生態系研究に裏付けられている点です。地球の海底下2.5キロメートルまで微生物が存在し、地球全体のバイオマスの約13%が深部地下に存在することが確認されています。
この技術的発見の意義は、火星における探査戦略を根本的に変える可能性があることです。これまでの探査は表面や浅い地下に集中していましたが、今後は宇宙線が到達する深度5.4~8キロメートル付近での生命探査が現実的な選択肢となります。
一方で、エンケラドスにおける最新の研究では、地下海の複雑な層構造により、深部で発生した生命の痕跡が表面まで到達するのに数百年から数十万年かかる可能性も指摘されています。これは探査における新たな技術的課題を提示しており、表面サンプリングだけでは生命の存在を確認できない可能性を示唆しています。
この研究の社会的インパクトは、人類の宇宙進出における長期的な戦略にも関わります。地下生命の可能性が高まることで、将来の火星移住計画において、既存の微生物生態系への影響を慎重に検討する必要性が生まれます。
また、放射線分解による生命維持メカニズムの理解は、将来の宇宙船内や月面基地での生命維持システム開発にも応用できる可能性があります。極限環境での生命維持技術として、新たな工学的アプローチの扉を開くことになるでしょう。
【用語解説】
放射線分解(Radiolysis)
高エネルギー粒子が水分子を電離・分解し、還元剤や酸化剤を生成して化学エネルギーを放出する現象。
放射線分解居住可能域(Radiolytic Habitable Zone)
地下水が宇宙線でラジオリシスを起こし、生命活動に十分なエネルギーが供給される領域。
ゴルディロックス・ゾーン(Goldilocks Zone)
恒星からの距離が適度で、惑星表面に液体水が存在しうる温度帯。
Galactic Cosmic Rays(GCR)
太陽系外から飛来する高エネルギー粒子。陽子が主成分で、惑星の薄い大気や氷を透過する。
GEANT4
CERNが開発した高エネルギー粒子と物質の相互作用を解析するシミュレーションツールキット。
【参考リンク】
NYU Abu Dhabi Space Exploration & Innovation Center(外部)
ディミトラ・アトリ氏が率いる研究室の公式サイト。宇宙生物学と火星探査プロジェクトを紹介。
International Journal of Astrobiology – 該当論文ページ(外部)
査読付き論文全文へのアクセス(要購読)。
ESA – Enceladus has underground sea(外部)
カッシーニ探査機による地下海発見の詳細。
【参考記事】
Underground Microbial Life Could Survive on Mars – SCI.NEWS(外部)
GEANT4シミュレーション結果と対象天体ごとのエネルギー生成量を解説。
【編集部後記】
もし地下深くに息づく”宇宙の隣人”がいるとしたら、あなたはどんな方法で出会いたいですか? 放射線分解居住可能域という新しい視点は、生命探査を地表から地下へと大きくシフトさせます。
火星や氷衛星に潜む未知の微生物を想像しながら、人類の次の一歩を一緒に考えてみませんか。
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