AI生成カントリーバンド「ブレイキング・ラスト」の楽曲「Walk My Walk」が、ビルボードのカントリーデジタルソングセールスチャートで1位を獲得した。
ブレイキング・ラストは2025年10月中旬にInstagram上に登場し、ソングライターのAubierre Rivaldo Taylorの名義でクレジットされているが、その正体は不明である。
参照元の記事によればこのプロジェクトは米国内で160万回の公式ストリーミングを記録し、エマージング・アーティスト・チャートでは9位デビューを果たしている。また参照元記事の執筆時点(2025年11月10日)で、Spotifyでは「Walk My Walk」が300万回以上、「Livin’ On Borrowed Time」が410万回以上ストリーミングされ、月間リスナー数は200万人を超えるとされる。
全米レコード協会は2024年に2つのAI音楽スタートアップを、音楽出版社グループは2023年にAnthropicを著作権侵害で訴訟している。
From:
AI slop hits new high as fake country artist hits #1 on Billboard digital songs chart
【編集部解説】
今回のニュースは、音楽産業におけるAIの影響力が新たな段階に入ったことを示す象徴的な出来事です。完全AI生成のアーティスト「ブレイキング・ラスト」がビルボードチャートで1位を獲得したという事実は、単なる技術的な達成以上の意味を持っています。
まず注目すべきは、このチャートの性質についてです。カントリーデジタルソングセールスチャートは比較的小規模で、業界関係者によれば約3,000の売上でトップに到達できると報じられています。しかし、規模の大小にかかわらず、AI生成楽曲が商業チャートで1位を獲得したのは史上初めてのことであり、これは音楽業界における重要な転換点となるでしょう。
興味深いのは、ブレイキング・ラストの楽曲が「ブロカントリー」と呼ばれるジャンルの特徴を完璧に再現している点です。ブロカントリーは2010年代に台頭したカントリーポップの一形態で、トラック、ビール、若い女性といった定型的なテーマを扱う楽曲が特徴とされています。AIがこうした「パターン化された音楽」を学習し、人間と区別がつかないレベルで再現できることは、生成AIの能力を示すと同時に、ジャンル自体の画一性という問題も浮き彫りにしました。
リスナーの反応も示唆的です。Instagramのコメント欄では「ツアーはいつ?」「この歌手の声は素晴らしい」といった、完全にAIであることに気づいていないコメントが多数見られます。月間200万人を超えるリスナーがSpotifyで聴いているという事実は、多くのリスナーがAI生成音楽と人間の音楽を区別できていない、あるいは気にしていない可能性を示唆しています。
この状況に対し、音楽業界は法的措置で対応を進めています。全米レコード協会(RIAA)は2024年6月、AI音楽生成企業のSunoとUdioを大規模な著作権侵害で提訴しました。訴訟では、これらの企業が許諾なく著作権で保護された楽曲を大量に学習データとして使用したと主張されており、1作品あたり最大15万ドル、総額で数十億ドル規模の損害賠償が求められています。一方で、音楽出版社グループが2023年に起こしたAnthropic社のAIに関する訴訟は2025年1月に一部和解が成立しており、AIの学習データと著作権をめぐる議論が常に進展していることを示しています。
AI音楽生成技術は音楽制作の民主化という肯定的な側面も持っています。高額なスタジオ機材や長年の訓練なしに、誰でも音楽を制作できるようになる可能性があるためです。広告やゲーム、映像作品のバックグラウンド音楽といった分野では、すでに実用化が進んでいます。
一方で、人間のアーティストにとっては深刻な脅威となり得ます。あるカントリー音楽メディアの評論では、ブレイキング・ラストの楽曲を「魂のない音楽」と評し、「5年生でも書けるような内容」と辛辣に批評しています。AIが生成する楽曲は表面的には説得力があるものの、具体的なディテールや感情的な深みに欠けるという指摘です。
しかし、こうした批評とは裏腹に、ブレイキング・ラストの楽曲は商業的成功を収めています。これは、音楽消費のあり方が変化していることを示唆しているのかもしれません。ストリーミング時代において、多くのリスナーはバックグラウンドで流れる音楽として楽曲を消費しており、必ずしも深い芸術性を求めていない可能性があります。
今後、音楽業界は著作権法の再定義、AI生成コンテンツの表示義務、ロイヤリティ分配の仕組みなど、多くの課題に直面することになるでしょう。ブレイキング・ラストのケースは、こうした議論を加速させる契機となりそうです。
【用語解説】
ブロカントリー(Bro-country)
2010年代に登場したカントリーポップの一形態。ヒップホップ等の影響を受け、飲酒、パーティー、トラックといった男性的なテーマを扱うのが特徴。
カントリーデジタルソングセールスチャート
米国で最もダウンロードされた楽曲をランキングするビルボードのチャートで、Luminateによって集計されたデータに基づいて公表される。
【参考リンク】
Billboard – Country Digital Song Sales(外部)
ビルボードが公表するカントリー音楽のデジタル販売ランキング。Breaking Rustが1位を獲得したチャート。
RIAA(全米レコード協会)(外部)
米国のレコーディング業界を代表する業界団体。知的財産権の保護やAI関連のロビー活動を行う。
Suno AI(外部)
テキストプロンプトから楽曲を生成できるAI音楽プラットフォーム。RIAAから訴訟を受けている。
Udio(外部)
Google DeepMindの元研究者が開発したAI音楽生成プラットフォーム。2024年4月公開。
Anthropic(外部)
大規模言語モデル「Claude」を開発する米国AIスタートアップ。歌詞無断学習で訴訟対象に。
【参考記事】
Major record companies sue Suno, Udio for ‘mass infringement’ of …(外部)
全米レコード協会(RIAA)がAI音楽生成SunoとUdioを提訴。AIの学習過程で許可なく著作物が大量に使用された著作権侵害を主張 。
US Court Bans Copyright for AI Art – What Musicians & Creators …(外部)
人間による実質的な創作的関与がない、AIが完全に生成した作品に著作権は認められないとの米裁判所の判断と、その音楽家への影響を解説 。
【編集部後記】
今年6月、私たちは「Spotify・DeezerでAI音楽が急拡散、月間410万リスナー獲得の実態」という記事で、The Velvet Sundownという謎のバンドが85万人のリスナーを獲得している現象を報じました。
わずか5ヶ月後の今、状況は私たちの予想を大きく超えて進展しています。AI音楽はもはや「ストリーミングサービスに紛れ込む異物」ではなく、ビルボードという音楽業界の公式な評価軸で1位を獲得しうる存在になりました。
前回の記事で私たちが問いかけたのは、「知らずにAI音楽を聴いているかもしれない」という可能性でした。今回問いかけたいのは、その先にある本質的な問いです。
音楽を聴いて、感動する。その感動は、作者がAIか人間かで変わってしまうのでしょうか。
Breaking Rustのリスナーたちは、AIと知らずに楽曲を楽しんでいました。The Velvet Sundownの85万人も同じです。彼らが感じた「良い音楽だ」という感覚は、真実と呼べるのでしょうか。それとも、創作者の正体を知った瞬間に色褪せてしまうものなのでしょうか。
私自身、AI生成コンテンツと人間の創作物の境界線について、明確な答えを持っているわけではありません。ただ、この半年間で起きた変化を見つめていると、この問いかけは単なる哲学的な議論ではなく、私たちが音楽に何を求めているのか、アートとは何か、という極めて実践的な問題を突きつけているように感じます。
6月の記事から今日まで、AI音楽をめぐる議論は確実に加速しています。次に私たちが記事を書くとき、音楽業界はどこまで変わっているのでしょうか。
みなさんは、お気に入りの曲がAIによって作られたものだと知ったとき、その曲への感じ方は変わるでしょうか。ぜひSNSで、あなたの考えを聞かせてください。そして、もしよろしければ、前回の記事も改めてお読みください。

























