PlayStation VR2のアイトラッキング機能がPCで利用可能になった。ソフトウェア開発者チームがSonyの公式SteamVRドライバーを改造し、「PlayStation VR2 Toolkit(PSVR2Toolkit)」として公開した。このオープンソースツールにより、PC環境でアイトラッキング、アダプティブトリガー、10ビット色深度サポートが実現された。
PS VR2は公式にPC VRをサポートしているものの、これまでPCではアイトラッキングやアダプティブトリガーなどの主要機能が制限されていた。PSVR2Toolkitは500ドル未満という価格で、PCにおけるアイトラッキング対応VRヘッドセットとしては最安の選択肢となる。
開発チームはwhatdahopper、Hyblocker、Supremiumの3名で構成され、GitHubで公開されている。現在OpenXRには対応していないため、一部のタイトルでのfoveated rendering(中心窩レンダリング)には使用できないが、将来的なサポートが予定されている。
From: PlayStation VR2’s Eye Tracking Now Works On PC Via Open-Source Driver Mod
【編集部解説】
この技術革新により、VR業界の勢力図が変わる可能性があります。従来、PC向けアイトラッキング機能は高額なハイエンドヘッドセットの専売特許でした。Pimax CrystalやBigscreen Beyond 2eといった製品は1,000ドル以上の価格帯で販売されています。PSVR2Toolkitの登場により、500ドル未満という価格帯でアイトラッキングが実現できるため、研究機関や個人開発者にとって革命的な変化となるでしょう。
技術的な側面では、このツールはSonyの公式ドライバーに機能を注入する形で動作します。これにより、原理的にはアイトラッキングの生データを含む詳細な情報にアクセスできる可能性があります。プライバシーの観点から見ると、アイトラッキングデータはGDPR(一般データ保護規則)において「特別カテゴリーの個人データ」として扱われる可能性が高いとされています。
規制面では、EUのGDPRは既にVRアイトラッキング技術に対する包括的なフレームワークを提供しており、企業に対して明示的同意の取得や目的限定原則の遵守を求めています。一方、米国では2025年にメリーランド州、ニュージャージー州、テネシー州など8州で新たなプライバシー法が施行されますが、これらの法律の最高罰金は違反1件あたり10,000〜25,000ドル程度で、GDPRの「年間売上高の4%または2,000万ユーロのうち高い方」という罰金規模と比べると控えめです。
長期的な視点では、このような草の根レベルの技術開発が企業の製品戦略に影響を与える可能性があります。Sonyが当初から制限していた機能が第三者によって解放されたことで、今後は公式サポートの拡充を検討する必要が生じるかもしれません。また、OpenXRへの対応が実現すれば、Microsoft Flight Simulator 2024やDCSなどでのfoveated rendering(中心窩レンダリング)も利用可能となり、より高品質なVR体験が民主化される可能性があります。
この開発は、オープンソースコミュニティがVR業界の技術的障壁を取り払う力を示す象徴的な事例といえるでしょう。ただし、プライバシー保護やデータセキュリティの課題は依然として残されており、特に商用利用を検討する企業は適切な法的措置を講じる必要があります。
【用語解説】
PlayStation VR2:Sonyが2023年に発売したPlayStation 5専用VRヘッドセット。アイトラッキングやadaptive triggersを搭載する。
PSVR2Toolkit:PlayStation VR2のPC機能制限を解除するオープンソースドライバー改造プロジェクト。
SteamVR:Valve Corporationが提供するPC向けVRプラットフォーム。様々なVRヘッドセットに対応している。
アダプティブトリガー:PS5のSenseコントローラーに搭載された可変抵抗技術。引き金の重さを動的に変更できる。
10ビット色深度サポート:HDRの構成要素の一つ。10億色以上の表現が可能で、8-bitの1670万色から大幅に向上。
OpenXR:VR・AR機器とアプリ間のアクセスに関するオープン標準規格。Khronos Groupが管理。
foveated rendering(中心窩レンダリング):アイトラッキングと連動した描画最適化技術。視線の中心部のみ高解像度でレンダリングする。
GDPR:EU一般データ保護規則。個人データの収集・処理に関する包括的なプライバシー保護法。
whatdahopper:PSVR2Toolkitプロジェクトのリードエンジニア。OculusKillerなどVR関連ツールの開発者。
【参考リンク】
PlayStation公式サイト(外部)PlayStation VR2の公式情報サイト。製品仕様、対応ゲーム、PC接続オプションなどを提供。
PSVR2Toolkit GitHub(外部)PSVR2Toolkitの公式リポジトリ。アイトラッキング・アダプティブトリガー機能を含むPC用ドライバー改造版をダウンロード可能。
OpenXR公式(外部)VR・AR標準規格の公式サイト。仕様書、開発者向けツール、対応プラットフォーム情報を提供。
【参考動画】
【参考記事】
Eye-Tracking Devices for Virtual and Augmented Reality Metaverse Environments and Their Compatibility with the European Union General Data Protection Regulation(外部)VRアイトラッキング技術とEU GDPR規則の適合性に関する学術研究。アイトラッキングデータの法的分類や企業の義務について詳細分析。
Exploring the risks of eye-tracking technology in VR security(外部)VRアイトラッキング技術のセキュリティリスクを包括的に解説。個人プロファイリング、監視、操作、健康情報漏洩などの懸念を具体的に分析。
2025 US State Privacy Laws: Compliance Guide for 8 New Regulations(外部)2025年に米国で新たに施行される8州のプライバシー法に関する解説。罰金規模やGDPRとの比較を含む企業向けコンプライアンスガイド。
Playstation VR 2 on PC: There’s hope for eye tracking support(外部)PlayStation VR2のPC向けアイトラッキング対応に関する技術的背景。過去の開発経緯と今回の成果の意義について詳細報告。
【編集部後記】
PSVR2Toolkitが500ドル未満でアイトラッキング体験を実現したことで、「VRのエントリー価格破壊」が始まったのではないでしょうか。これまで研究機関やハイエンドユーザーに限られていた技術が、個人開発者や中小企業でも手の届く価格になりました。一方でプライバシー面では、眼球運動から健康状態や感情まで読み取られる可能性があり、オープンソースだからこそのデータ処理透明性と、逆にハッカーにとっての攻撃対象という両面性を持ちます。今後企業の公式対応にも影響しそうですが、あなたならアイトラッキングのメリットとリスクをどう天秤にかけますか?