AnthropicはClaude AIアシスタントをMicrosoft 365サービスと統合した。ClaudeはMicrosoft SharePoint、OneDrive、Outlook、Teamsと接続し、Wordドキュメント、メールスレッド、チャット会話、会議要約などのコンテンツにアクセスできる。
Microsoft 365コネクタはClaude TeamおよびEnterpriseプランユーザーが利用可能だが、管理者による有効化が必要である。Anthropicはエンタープライズ検索機能も開始し、企業の複数のデータソースを横断して検索できるようにした。この統合はModel Context Protocol(MCP)コネクタを使用しており、MCPはAIアプリケーションを他のデータソースやアプリに接続するためのAnthropicのオープンソース標準である。
MicrosoftはMCPを採用し、Windowsで広く使用する予定だ。AnthropicのモデルはCopilot Researcher、GitHub Copilot、Copilot Studio、Office Agentの動力源となっている。
From: Anthropic is integrating its Claude AI assistant with Microsoft 365 services
【編集部解説】
AnthropicがClaudeをMicrosoft 365と統合したこの発表は、単なる機能追加ではありません。企業のナレッジワーク革命における重要な転換点として位置づけられます。
現代の企業が抱える最大の課題の一つは、情報の断片化です。Forresterの調査によれば、ナレッジワーカーは勤務時間の約30%を情報検索に費やしており、平均的な米国の大企業では非効率な知識共有により年間4700万ドルもの生産性損失が発生しています。IDCの調査では、データサイロが世界経済にもたらすコストは年間3.1兆ドルにも達すると報告されています。
今回の統合は、この深刻な問題に対する実践的な解決策を提示しています。ClaudeがSharePoint、OneDrive、Outlook、Teamsに直接アクセスできることで、従業員は複数のアプリケーション間を行き来する必要がなくなります。AIが自動的に関連情報を収集し、文脈を理解した上で回答を生成するため、情報検索にかかる時間を劇的に削減できます。
この統合の技術的基盤となっているのが、Model Context Protocol(MCP)です。MCPは2024年11月にAnthropicが発表したオープンスタンダードで、AIアプリケーションと外部データソースを接続するための標準プロトコルとして機能します。従来、各データソースごとに個別の統合を構築する必要があり、これが「N×M問題」と呼ばれる組み合わせ爆発を引き起こしていました。MCPはこれを解決し、USB-Cポートのように、どのAIアシスタントもどのデータソースにも標準的な方法で接続できる仕組みを提供します。
MicrosoftがMCPを積極的に採用している点も注目に値します。2025年3月、MicrosoftはAzure AI FoundryやAzure AI Agent ServiceでMCPの深い統合を発表し、さらにAnthropicと共同でC# SDKを開発しました。C#はMicrosoftのエンタープライズ製品の多くで使用されている言語であり、これによってMCPがMicrosoftエコシステム全体に浸透する道筋が整いました。
エンタープライズ検索機能も重要な要素です。多くの企業では、HR、コミュニケーション、プロジェクト管理などがそれぞれ異なるツールで管理されており、情報が分散しています。Claudeのエンタープライズ検索は、接続されたすべてのデータソースを横断して検索し、統合された回答を提供します。新入社員のオンボーディング、顧客フィードバックのパターン分析、社内専門家の特定など、実務上の具体的なユースケースに対応できます。
MicrosoftとAnthropicの関係性にも触れておく必要があるでしょう。Microsoftは長年OpenAIの最大のパートナーであり、130億ドル以上を投資してきました。しかし2025年9月、MicrosoftはCopilot ResearcherやGitHub CopilotでAnthropicのClaudeモデルを選択肢として追加しました。内部テストでは、Claude Sonnet 4が特定のタスク、特にPowerPointプレゼンテーションの生成において、OpenAIのモデルを上回る性能を示したと報告されています。
これはMicrosoftのマルチモデル戦略の表れです。単一のAIプロバイダーに依存するリスクを回避し、タスクごとに最適なモデルを選択できる柔軟性を確保する戦略です。同時に、OpenAIも独自のAIチップ開発やLinkedIn競合サービスの立ち上げなど、Microsoft依存からの脱却を図っており、両社の関係は「浮き沈みのある結婚」と形容されています。
セキュリティとガバナンスの観点も重要です。このコネクタはMicrosoft 365の既存のアクセス制御を尊重し、管理者がClaudeがアクセスできるスコープとアプリを決定します。規制の厳しい環境において、監査可能性と最小権限アクセスが必須である企業にとって、このテナントレベルの権限整合は極めて重要です。
Slackの調査によれば、AIを使用するナレッジワーカーの90%が生産性の向上を報告しています。今回の統合により、この効果がMicrosoft 365のエコシステム全体に拡大する可能性があります。情報検索の時間を削減し、より戦略的な意思決定に時間を使えるようになることで、企業の競争力向上に直結します。
ただし、導入には慎重なアプローチが必要です。管理者は組織全体でコネクタとエンタープライズ検索を有効化し、データ境界を設定し、誰が何にアクセスできるかをモデル化する必要があります。SharePointサイトの権限管理が混乱していれば、AIの回答も混乱したものになります。適切なデータガバナンスとクリーンな権限グラフが、この技術の成功の鍵となります。
今回の発表は、AIアシスタントが外部ツールではなく、既存のエンタープライズプラットフォームのネイティブで知的な拡張機能になりつつあることを示しています。情報過多を戦略的な明瞭さに変換し、企業の集合知を実際に活用できる形にする。これこそが、次世代のエンタープライズAIが目指すべき方向性なのです。
【用語解説】
Model Context Protocol(MCP)
Anthropicが2024年11月に発表したオープンソース標準プロトコル。AIアプリケーションと外部データソースやツールを接続するための統一的な仕組みを提供する。各データソースごとに個別の統合を構築する「N×M問題」を解決し、USB-Cポートのように標準化された接続方法を実現する。JSON-RPCメッセージングを使用し、クライアント・サーバーアーキテクチャで動作する。
N×M問題(M×N問題)
N個のAIアプリケーションと、M個のデータソースが存在し、それらの数が増えるほど、保守・管理しなければならない組み合わせが爆発的に増えてしまう問題。
MCPでは、これをそれぞれ1回ずつ読み取れればいいため、N+Mに減らすことができる。
エンタープライズ検索
企業内の複数のシステムやデータソースに分散した情報を統合的に検索する技術。従来のキーワードマッチング型検索と異なり、AIを活用して文脈を理解し、複数のアプリケーション(SharePoint、Slack、Notionなど)にまたがる情報を一度に検索して統合された回答を提供する。
データサイロ
企業内で情報が異なるシステムやアプリケーションに分散し、相互にアクセスできない状態のこと。部門ごとに異なるツールを使用することで発生し、情報検索の非効率性や意思決定の遅延を引き起こす。IDCの調査では、データサイロが世界経済に年間3.1兆ドルのコストをもたらしていると報告されている。
Azure AI Foundry
Microsoftが提供するAI開発プラットフォーム。複数のAIモデルを統合し、開発者が様々なAIプロバイダーのモデルを選択して利用できる環境を提供する。AnthropicのClaudeをはじめ、OpenAI、DeepSeekなど多様なモデルをサポートしている。
【参考リンク】
Claude and your productivity platforms – Anthropic(外部)
Anthropic公式サイトのMicrosoft 365統合に関する発表ページ。統合の詳細や利用方法が解説されている。
Introducing the Model Context Protocol – Anthropic(外部)
Model Context Protocol(MCP)の公式発表ページ。MCPの技術的詳細やアーキテクチャが説明されている。
Model Context Protocol – Claude Docs(外部)
ClaudeでMCPを使用するための公式ドキュメント。開発者向けにサーバーとクライアントの構築方法を解説。
Model Context Protocol – GitHub(外部)
MCPのオープンソースリポジトリ。Python、TypeScript、C#、JavaのSDKや参考実装が公開されている。
Connect to Anthropic’s AI models – Microsoft Learn(外部)
Microsoft公式ドキュメント。Microsoft 365 CopilotでAnthropicのAIモデルに接続する方法を解説している。
【参考記事】
Microsoft to lessen reliance on OpenAI by buying AI from rival Anthropic – TechCrunch(外部)
MicrosoftがOpenAI依存を減らしAnthropicとの提携を強化している戦略的背景を分析している。
Microsoft adds Anthropic AI model to Copilot assistant – CNBC(外部)
Microsoft 365 CopilotへのAnthropic統合を詳報。130億ドルのOpenAI投資との関係性も解説。
Claude taps Microsoft 365 as the connector war heats up – Implicator(外部)
ClaudeのMicrosoft 365統合をコネクタ競争の文脈で分析。MCPの技術的優位性を考察している。
What is fragmented knowledge and why it matters – Glean(外部)
ナレッジワーカーが勤務時間の30%を情報検索に費やしている実態を調査データとともに報告。
Unlocking knowledge: AI’s role in workplace transformation – Glean(外部)
米国企業が年間4700万ドルの生産性損失を被っている実態を報告。AIによる知識発見の革新を解説。
AI Enterprise Search: Top Features & Tools in 2025 – Slack(外部)
AIを使用するナレッジワーカーの90%が生産性向上を報告しているというSlackの調査結果を掲載。
Model Context Protocol – Wikipedia(外部)
MCPの概要と技術仕様、OpenAIやGoogle DeepMindによる採用状況を解説している。
【編集部後記】
みなさんの職場では、必要な情報を探すのにどれくらいの時間をかけていますか?メールを遡り、Teamsのチャット履歴を検索し、SharePointのフォルダを探し回る――そんな日常が、AIによって大きく変わろうとしています。今回のClaudeとMicrosoft 365の統合は、単なる便利ツールの追加ではなく、働き方そのものを再定義する試みです。情報が分散している現代の職場において、AIアシスタントがどこまで実用的なパートナーになれるのか。そしてMicrosoftのマルチモデル戦略は、エンタープライズAIの未来にどんな影響を与えるのか。みなさんはどう感じられますか?