三菱重工と獺祭、宇宙で日本酒醸造への挑戦──並行複発酵技術が月面基地の食文化を変える

[更新]2025年10月23日07:29

三菱重工と獺祭、宇宙で日本酒醸造への挑戦──並行複発酵技術が月面基地の食文化を変える - innovaTopia - (イノベトピア)

日本の「獺祭MOONプロジェクト」は、旭酒造、三菱重工業、愛知県(あいち産業科学技術総合センター)の協力により、月面環境を模した宇宙空間で日本酒醸造の可能性を検証する実験である。

当初2025年10月21日にH3ロケットで打ち上げ予定だったが、延期が発表されている。

計画では、JAXAの新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)で国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の人工重力発生装置(CBEF-L)へ醸造システムを輸送。実験では地上から運んだ米と水を使用し、約520gのもろみを生成する。

これを冷凍状態で地球に持ち帰り、日本で精製した「獺祭MOON – 宇宙醸造」100mlボトル1本を1億円で販売し、売上は全額日本の宇宙開発支援へ寄付される。

From: 文献リンクThe Future of Space Food: Japan’s Space Brew Could Change Lunar Missions Forever!

【編集部解説】

このプロジェクトの本質は、単なる「宇宙で日本酒を作る」という話題性だけではありません。日本酒醸造に不可欠な「並行複発酵」は、デンプンの糖化とアルコール発酵を同時進行させる世界でも類を見ない複雑な技術です。この繊細なプロセスは重力による対流に依存するため、微小重力環境では酵母や麹菌の挙動が地上と大きく異なります。

今回の実験では、ISS「きぼう」の人工重力発生装置(CBEF-L) を用いて月面と同じ地球の6分の1の重力を再現し、醸造を行います。これは将来の月面基地における食料生産システムの基礎技術となる可能性を秘めています。また、将来構想として月面の氷から得られる水を活用する設計も視野に入れており、現地資源利用(ISRU)の実証に向けた重要な一歩となります。

価格設定については慎重に見る必要があります。100mlで1億円という価格は、技術実証と資金調達を兼ねた戦略的なものです。旭酒造は売上全額を日本の宇宙開発支援に寄付すると明言しており、これは商業的利益の追求ではなく、民間企業による宇宙開発への新たな貢献モデルとして注目されます。

長期的な視点では、このプロジェクトは宇宙飛行士の心理的ケアという側面でも意義があります。数ヶ月から数年に及ぶ宇宙ミッションでは、栄養補給だけでなく文化的なつながりや嗜好品へのアクセスが士気維持に不可欠です。伝統的な食文化を宇宙環境に適応させる技術は、味噌や醤油など他の発酵食品の宇宙生産にも応用できるでしょう。

打ち上げは延期となりましたが、各国が月面探査計画を加速させる中、日本独自の技術と文化を融合させたこのアプローチは、国際的な宇宙開発競争における日本の独自性を示す上で極めて重要です。

【用語解説】

並行複発酵
日本酒特有の醸造技術で、米のデンプンを糖に分解する糖化と、糖をアルコールに変える発酵を同時に進行させる世界的にも珍しい発酵方法である。この複雑なプロセスは温度管理と重力による対流が重要な役割を果たす。

微小重力環境
宇宙ステーションなどで体験される、地球の重力の100万分の1程度しかない状態を指す。液体や気体の挙動が地上と大きく異なり、対流が起こりにくくなるため、発酵などの化学プロセスに大きな影響を与える。

ISRU(In-Situ Resource Utilization)
現地資源利用と訳され、宇宙探査において目的地にある資源を活用する技術を指す。月の氷から水を得るなど、地球から物資を運ぶコストを削減し持続可能な宇宙開発を実現する鍵となる。

きぼうモジュール
国際宇宙ステーションに設置された日本実験棟の愛称である。JAXAが運用し、微小重力環境を利用したさまざまな科学実験が行われている。

もろみ
日本酒醸造において、蒸した米、麹、酵母、水を混ぜ合わせて発酵させたもので、これを搾ることで日本酒となる。発酵の進行具合が最終的な酒質を決定する重要な段階である。

【参考リンク】

DASSAI(旭酒造)公式サイト(外部)
山口県に本社を置く日本酒メーカーで、獺祭ブランドで知られる。純米大吟醸に特化した醸造を行い、DASSAI MOONプロジェクトを主導している。

三菱重工業(外部)
日本の総合重機械メーカーで、航空宇宙事業においてH-IIAロケットやHTV-X貨物船の開発・製造を担当し、DASSAI MOONプロジェクトに技術協力している。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う国立研究開発法人で、国際宇宙ステーションの「きぼう」モジュールの運用やHTV-X貨物船の打ち上げを実施している。

国際宇宙ステーション(ISS)(外部)
地球低軌道上を周回する有人実験施設で、日本、アメリカ、ロシア、欧州、カナダが共同で運用している。微小重力環境での科学実験プラットフォームとなっている。

【参考記事】

DASSAI MOON Project – Official Press Release(外部)
旭酒造による公式発表で、DASSAI MOONプロジェクトの詳細、実験の目的、100mlボトル1億円での販売計画、売上全額の宇宙開発支援への寄付について説明している。

Mitsubishi Heavy Industries – DASSAI MOON Project Announcement(外部)
三菱重工業の公式リリースで、2025年10月21日のHTV-X貨物船による打ち上げ、密閉型自動醸造システムの技術仕様、遠心分離機を用いた疑似重力生成について詳述している。

【編集部後記】

宇宙での日本酒醸造と聞いて、みなさんはどんな未来を想像されますか?私たちが当たり前に楽しんでいる発酵食品や飲料が、実は地球の重力という「見えない前提条件」の上に成り立っていたことに、改めて気づかされます。月面基地で暮らす人々が、故郷の味を楽しめる日が本当に来るかもしれません。

テクノロジーは単に効率や利便性を追求するだけでなく、人間らしさや文化的な豊かさまで宇宙に運ぶ時代へ進んでいます。みなさんなら、宇宙に持っていきたい「地球の味」は何でしょうか?

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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