2003年、ボストンのサウスエンド。ある冬の日、MITの物理学者Neil Gershenfeldは、公民権活動家Mel Kingのもとを訪れました。Gershenfeldは自身の研究施設を見せようと「子どもたちを僕のラボに連れてきたらどうだ」と提案しました。するとKingは即座にこう返したのです。「君のラボを、僕の子どもたちのところへ持っていくべきだ」
この一言が、技術ボランティアの世界に静かな革命をもたらしました。1985年12月、国連総会によって制定された国際ボランティアデー。この日は、世界中でボランティア活動の重要性を再確認する機会です。しかし、ボランティアとは何を意味するのでしょうか。
「魚を与えるのではなく、釣り方を教える」—この古い格言は、支援とエンパワーメントの違いを示唆します。技術の世界でも、同じ問いが繰り返されてきました。テクノロジーを届けることと、テクノロジーを創る力を手渡すことの違いとは?
「アクセス」から「創造の手段」へ
Neil Gershenfeldは2001年、MITのCenter for Bits and Atomsを立ち上げました。数百万ドル相当の最先端デジタル製造設備を使いこなすには、MITの既存コースをすべて履修しても足りないほどでした。そこで彼らは新しい授業を始めました—「How To Make (almost) Anything(ほぼ何でも作る方法)」。
この授業は予想外の人気を博しました。技術を学ぶためではなく、「自分が本当に必要とするものを作るため」に学生たちは集まってきたのです。レスリングしないと止まらない目覚まし時計。オウムがウェブを閲覧できる装置。叫び声を保存するデバイス。彼らが求めていたのは、店で買えるものではなく、まだこの世界に存在しないものでした。
一方、ボストンのサウスエンドで、Mel Kingは半世紀にわたって地域のために闘ってきました。1968年、彼は駐車場建設に反対してTent City占拠運動を組織し、低所得者向け住宅を守りました。MIT退職後、Kingはコミュニティテクノロジーセンターを設立し、低所得者層へのコンピューター教育を提供していました。
2003年、二人が出会ったとき、Kingは瞬時に理解しました。「テクノロジーへのアクセスを提供することから、テクノロジーを創造する手段を提供することへ」—それは自明の次のステップだった、とGershenfeldは振り返ります。Kingはそれまでにも、コミュニティテレビ、コミュニティコンピューティング、コミュニティインターネットを先駆けてきた人物でした。
こうして最初のFab Lab(Fabrication Laboratory)がサウスエンドに誕生しました。レーザーカッター、3Dプリンター、CNCマシン—約10万ドル相当の製造機器を備えた小さな工房です。「どこにFab Labを開いても、まったく同じプロフィールの、聡明で創造的な人々が集まってきた」とGershenfeldは語ります。
世界へ、草の根のうねりのように
予想外のことが起きました。ボストンのガーナ系コミュニティが、ガーナにもFab Labを作りたいと申し出たのです。次に南アフリカ。そしてノルウェー北部。インドの農村部。
「最初の10ラボを開いたとき、世界規模で広がり始めていることに気づきました。その後、Fab Labの数は約2年ごとに倍増していることがわかりました—ちょうどムーアの法則のように」とGershenfeldは言います。現在、125カ国、2500以上のFab Labが存在しています。
インドのVigyan Ashramでは、地域が必要とするものが次々と生まれました。良い牛乳と腐った牛乳を見分けるミルクセンサー。農場を守るワイヤレスフェンス。井戸の水位上昇を知らせるアラーム。ガーナのFab Labでは、放物面反射鏡で水を沸騰させ、その蒸気でタービンを回すシステムが作られました。特筆すべきは、低回転でも効率的に稼働するTesla turbineという古い設計を採用したことです。
ある若者は、インドの農村部の農家に生まれました。Vigyan AshramのFab Labでエンジニアリングを学んだ後、精密農業のプロジェクトを立ち上げ、地元の2つの農場に自作のシステムを設置しました。現在、彼女はVigyan AshramのFab Labマネージャーとして働いています。
Jens Dyvikというノルウェー人は、アムステルダムのFab Labでインターンをした後、2年間かけて世界中のFab Labを巡り、各地で2〜3週間滞在してボランティア活動をしました。帰国後、彼はオスロにFab Labを設立しました。「アイデアをグローバルに配信し、ローカルで製造する」—この可能性に魅了されたと彼は語ります。
道具を使うのではなく、道具を作る
「Fab Labの次のステップは、道具を買ってFab Labに行って使うのではなく、Fab Labに行って道具そのものを作ることだ」とGershenfeldは言います。「Mel Kingはこのアイデアに大きく貢献した。何かを作るだけでなく、それ自身を作る手段を持つものを作る—彼は人生の後半、このテクノロジーの考え方に飛びついた」
この構想を実現するため、MITは「Super Fab Lab」を支援しています。より高度な能力を持ち、機械の部品そのものを製造できる施設です。最初の一つはインド南部のケーララ州に、次いでブータンに設置されました。
技術を消費するのではなく、技術を創造する。この転換が人々の内側で何かに触れるのです。
Mel Kingは2023年3月28日、94歳で亡くなりました。しかし彼が手渡したものは、世界中で増殖し続けています。Fab Labの数は、Sherry Lassiterにちなんで「ラスの法則」と呼ばれるようになりました—ムーアの法則のように。
支援とエンパワーメントの違い。それは、魚を与えるか釣り方を教えるか、だけではないのかもしれません。釣竿そのものを、自分たちの手で作れるようにすること。
この日、世界のどこかで、誰かが初めてレーザーカッターを使い、自分の問題を解決する何かを作り始めています。
Information
参考リンク
- Fab Foundation(Fab Labネットワークの公式サイト)
- MIT Center for Bits and Atoms
- 国連ボランティア計画
- How MIT’s fab labs scaled around the world – MIT News
用語解説
Fab Lab(Fabrication Laboratory)
デジタル製造機器を備えた小規模な工房。レーザーカッター、3Dプリンター、CNCマシンなどを使い、「ほぼ何でも」作ることができる。MITのNeil Gershenfeldと公民権活動家Mel Kingによって2003年に始まり、現在125カ国以上に2500以上の施設が存在する。
デジタルファブリケーション
コンピューター制御の機械を使って物理的なオブジェクトを製造すること。設計データをデジタルで作成し、それを基に実物を製作する技術。3Dプリンティング、レーザーカッティング、CNCフライス加工などが含まれる。
エンパワーメント
個人やコミュニティが自らの力で問題を解決し、意思決定を行い、自立できるよう能力を高めること。単に支援を与えるのではなく、自ら行動する力を育てるアプローチ。
CNCマシン(Computer Numerical Control)
コンピューター数値制御によって動作する工作機械。精密な切削や加工が可能で、デジタルデータから直接物体を製造できる。






























