NASA火星ドローン、デスバレーで実証実験―摂氏45度の過酷環境でナビゲーション技術を検証

[更新]2025年12月4日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年12月2日、NASAが火星探査の新たな章を開く重要な発表を行った。デスバレーでの最新ドローンテストの成功は、わずか11ヶ月前に墜落したIngenuityヘリコプターの「失敗」を、次世代技術への確かな「礎」へと変える歴史的瞬間である。


NASAとジェット推進研究所(JPL)は、カリフォルニア州のデスバレー国立公園とモハベ砂漠で3機のドローンをテストした。テストはマーズヒルやメスキートフラッツサンドなど、気温が華氏113度(摂氏45度)に達する地域で実施された。

目的は、2024年1月に墜落したIngenuity宇宙ヘリコプターが直面した問題の解決である。チームは、ドローンが地面を追跡しやすくする異なるカメラフィルターの使用や、安全に着陸するための新しいアルゴリズムなどの知見を得た。JPLのネイサン・ウィリアムズは、フィールドテストがより包括的な視点を提供したと述べた。

Ingenuityは2021年4月に火星に到着し、当初5回の飛行が計画されていたが、最終的に72回の飛行を行った。最後のミッションでは表面を認識できず墜落した。

From: 文献リンクNASA Tests 3 Drones in Death Valley to Prepare for Mars Mission and Solve Ingenuity’s Issues

【編集部解説】

NASAとジェット推進研究所(JPL)が火星ミッションの未来を見据えて動いています。今回のデスバレーでのドローンテストは、単なる技術検証以上の意味を持っています。これは2024年1月18日に72回目の飛行で墜落したIngenuity宇宙ヘリコプターの教訓を次世代技術へと昇華させる取り組みです。

Ingenuityの墜落原因は、火星のJezeroクレーター内の特徴のない砂丘地帯でナビゲーションシステムが機能不全に陥ったことでした。下向きカメラで地表の視覚的特徴を追跡するIngenuityの設計は、岩が多く特徴的な地形では優れた性能を発揮しましたが、単調な砂地では致命的な弱点となりました。降下時に高い水平速度が発生し、4枚すべてのローターブレードが先端から約3分の1の位置で破断したのです。

今回テストされた「Extended Robust Aerial Autonomy(拡張堅牢空中自律性)」プロジェクトは、NASAの火星探査プログラムが2024年に資金提供した25のプロジェクトの1つです。このプロジェクトの核心は、視覚的特徴が乏しい地形でもドローンが安全に飛行・着陸できるナビゲーションソフトウェアの開発にあります。

テスト地として選ばれたデスバレー国立公園は、NASAにとって特別な意味を持つ場所です。1970年代、初の火星着陸を目指したViking計画の準備段階からこの地が使われてきました。溶岩流の名残である「Mars Hill」と名付けられたエリアは、その荒涼とした火山岩の風景が火星を彷彿とさせます。半世紀近く経った現在も、この地は火星探査技術のテストベッドとして機能し続けています。

テストは2025年4月下旬と9月初旬の2回実施されました。JPLチームがデスバレーでドローンを飛行させる許可を得たのは史上3番目という厳格な環境下で、気温が摂氏45度に達する過酷な条件での検証が行われました。チームはポップアップテントの下でラップトップを使ってドローンの進捗を追跡しながら、異なるカメラフィルターが地面追跡に与える影響や、新しいアルゴリズムによる安全な着陸方法についての知見を得ました。

この取り組みの重要性は、火星探査の未来像にあります。NASAはIngenuityの後継として「Mars Chopper」というコンセプトを検討しています。これはIngenuityの約10倍の重量を持ち、1日に最大3km飛行でき、数キロの科学機器を搭載可能な6ローター機です。Ingenuityが3年近くかけて飛行した距離を、Mars Chopperなら1週間でカバーできる可能性があります。

さらに興味深いのは、ドローンテストだけでなく、火星探査の多様化が進んでいることです。ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園では、LASSIE-M(Legged Autonomous Surface Science In Analogue Environments for Mars)という犬型ロボットのテストが実施されています。このロボットは、ローバーでは危険な岩場や砂地を偵察する役割を担います。

またバージニア州のラングレー研究センターでは、MERF(Mars Electric Reusable Flyer)という翼型の飛行ロボットが開発されています。垂直離着陸が可能で、高速飛行しながら地表をマッピングできる設計です。フルサイズでは小型スクールバスほどの大きさになる予定で、現在は半分のスケールのプロトタイプでテストが進められています。

これらの技術開発が示すのは、火星探査における「マルチモーダル探査」の時代の到来です。地上を移動するローバー、空を飛ぶドローンやグライダー、険しい地形を移動する脚付きロボット。それぞれが補完し合いながら、火星という未知の世界を解き明かしていく未来が見えてきます。

Ingenuityは2021年2月18日にPerseveranceローバーとともに火星に着陸し、同年4月19日に初飛行を達成しました。現在も生きており、週に1回程度、気象データやアビオニクス試験データをPerseveranceローバーに送信し続けています。この「墜落したが生き続けるヘリコプター」から得られるデータは、将来の火星探査、そしていつか実現するであろう有人火星探査にとって貴重な資産となっています。

【用語解説】

Ingenuity宇宙ヘリコプター
2021年2月18日に火星に着陸し、同年4月19日に史上初の地球外惑星での飛行を達成した航空機である。重量わずか1.8kgながら、当初計画の5回を大幅に超える72回の飛行を実行し、火星の極めて薄い大気(地球の約1%)の中で飛行が可能であることを実証した。2024年1月18日、ナビゲーションシステムの誤作動により墜落したが、現在も気象観測ステーションとして稼働している。

Extended Robust Aerial Autonomy(拡張堅牢空中自律性)
NASAが開発中の次世代ドローン用ナビゲーションソフトウェアプロジェクトである。視覚的特徴が乏しい地形でも安全に飛行・着陸できる能力を目指している。火星探査プログラムが2024年に資金提供した25の技術開発プロジェクトの1つで、Ingenuityの墜落原因となった問題を解決することを目的としている。

Mars Chopper(マーズチョッパー)
NASAが構想中の次世代火星ヘリコプターのコンセプトである。Ingenuityの約10倍の重量を持ち、6つのローターを装備する。最大5kgの科学機器を搭載でき、1火星日あたり最大3km飛行可能な設計となっている。現在はコンセプト段階であり、具体的なミッション計画は未定である。

LASSIE-M
Legged Autonomous Surface Science In Analogue Environments for Marsの略称で、NASAのジョンソン宇宙センターが開発中の犬型ロボットである。脚部のモーターで地表の物理的特性を測定し、柔らかい地形や不安定な地形に応じて歩行を調整できる。ローバーでは危険な岩場や砂地を偵察する役割を担う。

MERF(Mars Electric Reusable Flyer)
NASAのラングレー研究センターが開発中の翼型飛行ロボットである。垂直離着陸が可能で、2つのプロペラで空中にホバリングできる。フルサイズでは小型スクールバスほどの大きさになり、高速飛行しながら機体下部の機器で地表をマッピングする設計である。火星の薄い大気での飛行に適した軽量素材を使用している。

Jezeroクレーター
火星の赤道付近に位置する直径約45kmのクレーターで、かつて湖だったと考えられている地域である。Perseveranceローバーが2021年2月18日に着陸した場所であり、生命の痕跡を探す科学的に重要なエリアとされている。Ingenuityが墜落したのもこのクレーター内の特徴のない砂丘地帯だった。

Viking計画
1970年代にNASAが実施した火星探査計画で、1975年に打ち上げられた2機の探査機(Viking 1とViking 2)が史上初めて火星表面への軟着陸に成功した。この計画の準備段階からデスバレー国立公園が火星環境のシミュレーションテスト地として使用されるようになった。

【参考リンク】

NASA(アメリカ航空宇宙局)(外部)
アメリカ合衆国の宇宙開発を担う政府機関の公式サイト。火星探査プログラムをはじめとする最新ミッション情報を提供。

NASA Jet Propulsion Laboratory(JPL)(外部)
カリフォルニア工科大学が運営するNASAの研究施設。ロボット宇宙探査のリーダーとして火星ミッションを主導。

NASA Mars Helicopter – Ingenuity(外部)
Ingenuity火星ヘリコプターの公式ページ。飛行履歴、技術仕様、最新データを詳細に掲載している。

Mars 2020 Perseverance Rover Mission(外部)
Perseveranceローバーのミッション公式サイト。Ingenuityとの連携探査活動についても紹介されている。

Death Valley National Park(外部)
デスバレー国立公園の公式サイト。1970年代から火星探査技術のテストベッドとして使用されている。

【参考記事】

NASA Tests Drones in Death Valley, Preps for Martian Sands and Skies(外部)
NASAによる公式発表。デスバレーとモハベ砂漠での3機のドローンテスト詳細。

NASA Performs First Aircraft Accident Investigation on Another World(外部)
JPLによるIngenuityの墜落調査報告。72回目の飛行での詳細な経緯を記載。

JPL completes investigation of Ingenuity’s final flight(外部)
Ingenuityの事故調査完了報告。ローターブレード破断メカニズムを解説。

NASA reports on Ingenuity Mars helicopter accident(外部)
2024年12月11日のNASA発表に基づく事故分析。ナビゲーションシステムの詳細。

NASA uses Death Valley to test next-gen drone tech for flights across Mars(外部)
2024年4月と9月に実施されたテストの概要。カメラフィルターと新アルゴリズムの成果。

Ingenuity (helicopter) – Wikipedia(外部)
Ingenuityの包括的な情報。合計飛行時間2時間8分48秒、総飛行距離17km超を詳述。

NASA desert drone trials refine navigation software for future Mars explorers(外部)
25の火星探査技術プロジェクトの全体像を包括的に報告。

【編集部後記】

Ingenuityの墜落は失敗ではなく、次の飛躍への貴重な教訓となりました。1機のヘリコプターが3年近く火星の空を飛び続け、その最後の瞬間すら未来の技術革新に貢献している。これこそが人類の探査精神の本質ではないでしょうか。デスバレーで猛暑の中テストを続けるエンジニアたちの姿は、火星という未知の世界へ確実に一歩ずつ近づく人類の姿そのものです。皆さんは火星探査の「次の一手」として、ドローン、脚付きロボット、翼型飛行体のどれに最も可能性を感じますか?それとも、これらが協働する未来の探査シーンを想像されるでしょうか。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…