デジタル庁、国産LLMを公募開始 – ガバメントAI「源内」で行政実務に最適化された日本語モデルを試験導入へ

 - innovaTopia - (イノベトピア)

デジタル庁は2025年12月2日、ガバメントAIで試用する国産の大規模言語モデル(LLM)の公募を開始した。これは行政の業務効率化と質の向上に向け、生成AIを本格的に活用するための取り組みである。

公募の対象は、日本国内で開発されたLLMおよびSLMで、行政向けチャットや行政特化アプリへの組み込みなど、自然言語を扱うモデルに限られる。 2026年度にデジタル庁の生成AI基盤「源内」上で試験導入し、行政実務での実用性と課題を検証したうえで、2027年度以降の本格提供やライセンス契約を検討する流れである。

応募条件として、ガバメントクラウド上で動作し「機密性2情報」を扱えるセキュリティを備えること、海外主要LLMとの比較ベンチマークや安全性対策(ハルシネーション、バイアス、有害コンテンツなど)を説明できること、2026年度中は無償提供とすることなどが求められている。 また、関係府省庁職員にも推論提供が可能であることや、性能最適化のための技術支援、評価結果の一部公開への同意も必須とされている。

公募期間は2025年12月2日から2026年1月30日までで、2026年1月から源内の試験利用、2〜3月頃に国産LLM選定、5月頃に他府省庁への源内展開、夏頃(日本時間夏頃)に国産LLMの試験導入開始というスケジュールが示されている。

from:文献リンクガバメントAIで試用する国内大規模言語モデル(LLM)の公募の開始について | デジタル庁

【編集部解説】

今回の国産LLM公募は、日本政府が「AI基本法」と「人工知能基本計画」をテコに、生成AIを「政府自らが大口ユーザーとして使い倒す」フェーズに入ったことを示す動きです。

まず前提として、日本では2025年に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI基本法)」が成立し、そのもとで政府全体のAI戦略として「人工知能基本計画」を策定することが義務付けられました。

この基本計画案では、国民の生成AI利用率を将来的に8割まで引き上げ、1兆円規模の民間投資を呼び込むことなどが掲げられており、AIの「研究開発」だけでなく「社会実装・利用拡大」を国家ぐるみで進める方針が鮮明になっています。

その文脈の中で、デジタル庁のガバメントAI基盤「源内」は、単なる省内ツールではなく、「行政領域でAIをどう使うか」の実験場かつショーケースとして位置付けられています。 今回の公募は、この源内に国内開発LLMを組み込むことで、行政文書作成、法令・通達の要約、住民説明資料の作成、問い合わせ対応など、極めて日本語依存度の高い業務をAIで支える狙いがあります。

同日に公表された「PLaMo翻訳」の導入も、重要な布石です。 Preferred Networksの「PLaMo翻訳」は、日本語に特化した国産LLMベースの翻訳モデルで、行政文書独特の言い回しや定型句、敬体・常体、法令用語などを考慮した翻訳を志向しています。 まず翻訳という比較的用途が明確な領域から国産モデルを採用し、その成功事例を足掛かりに、要約・検索・文案作成など他のタスクへ国産LLMの活用範囲を広げていく流れが見て取れます。

日本語特化LLMの重要性は、単に「日本語が読める・書ける」というレベルを超えています。行政の現場では、法律・政令・告示・通知・要綱など、多層構造の文書体系と長年蓄積された運用慣行があり、それらを反映したいわゆる「お役所言葉」が存在します。

ここで求められるのは、一般向け大規模モデルでは拾いきれない、日本語の細かいニュアンスや行政独自の書式、リスクの高い表現の扱いなどを、精緻に扱えるモデルです。 加えて、政府内で扱う情報は「機密性2情報」を含むため、海外クラウドへの送信が難しいケースも多く、国内インフラ上で完結し、日本のルールと監督の下で運用できる国産LLMの存在は、主権・セキュリティの観点からも戦略的な意味を持ちます。

今回の公募要件には、海外主要LLMとのベンチマーク比較や、ハルシネーション・バイアス・有害コンテンツへの対策の説明が含まれており、単に「国産だから優先」という情緒的な路線ではなく、「品質」と「安全性」を数値とエビデンスで評価する姿勢が打ち出されています。 これは、国際的に議論されているAIガバナンスや信頼できるAI(Trustworthy AI)や説明できるAI(Explainable AI、XAI)の潮流とも整合的であり、日本版AI法の「イノベーション促進とリスク対応の両立」という狙いとも合致します。​​

一方で、リスクや課題も無視できません。行政判断がLLMの出力に過度に依存した場合の責任の所在、学習データに起因するバイアス、特定ベンダー・特定モデルへの依存によるロックイン、地方自治体との格差拡大など、今後の運用設計とガバナンスで解くべき論点は多岐にわたります。 また、透明な評価指標と第三者的なレビューの仕組みがどこまで組み込まれるかが重要なポイントになります。

それでも、法律と基本計画というバックボーンのもとで、政府自らが日本語特化LLMとガバメントAI基盤を整備しに動いているのは、日本のAI戦略が「様子見」から「実装フェーズ」に入った象徴的な出来事だといえます。行政向けワークフローという巨大なユースケースに、どのような国産モデルと周辺ツール、セキュリティ・監査・評価のエコシステムが乗ってくるのかを、これから数年単位で追いかける価値があるテーマです。

【用語解説】

ガバメントAI
日本政府内で業務効率化や行政サービス向上のために活用する生成AI・機械学習基盤および関連サービス群の総称である。

源内(げんない)
デジタル庁が構築した庁内・政府内向けの生成AI利用環境で、職員がチャットボットやAIアプリケーションを通じてLLMを利用できる基盤である。

機密性2情報
政府のサイバーセキュリティ統一基準で定義される区分の一つで、漏えいした場合に一定の不利益や影響が見込まれる情報レベルを指す。

ガバメントクラウド
各府省庁や自治体向けに提供される共通クラウド基盤で、行政システムやAIサービスをセキュアに運用するための政府共通インフラである。

人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)
AIの研究開発促進と社会実装、リスク対応、基本計画の策定などの枠組みを定めた日本の包括的なAI関連法である。

人工知能基本計画(AI基本計画)
AI法に基づき政府が策定するAI政策の中長期的な指針で、生成AI活用、人材育成、産業競争力強化、リスク・ガバナンスなどを示す計画である。

【参考リンク】

デジタル庁(外部)
日本政府のデジタル政策を統括する行政機関で、ガバメントクラウドやマイナンバー、ガバメントAI「源内」などの企画・運用を担う。

ガバメントAI「源内」関連情報|デジタル庁(外部)
デジタル庁職員による生成AI利用実績など、ガバメントAI「源内」に関する概要や利用状況をまとめた公式資料。

人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)|e-Gov法令検索(外部)
日本のAI法の条文全文を掲載する公式法令ページで、AI研究開発や利活用、基本計画に関する規定を確認できる。

AI戦略・人工知能基本計画関連ページ|内閣府(外部)
日本政府のAI戦略や人工知能基本計画、関連資料へのリンクを集約した内閣府の公式ポータルである。

政府機関等のサイバーセキュリティ対策のための統一基準(令和7年度版)|NISC(外部)
政府機関の情報システムやクラウド利用に関するセキュリティ基準をまとめた文書で、「機密性2情報」などの区分が定義されている。

【参考記事】

ガバメントAI「源内」での「PLaMo翻訳」利用開始について | デジタル庁
源内におけるPLaMo翻訳の採用理由や想定ユースケース、今後の展開方針を説明するニュースリリース。

PFNのPLaMo翻訳、ガバメントAI「源内」で利用開始 | Preferred Networks
PFN側の視点から、PLaMo翻訳の特徴とガバメントAI連携の意義を解説した公式プレスリリース。

デジ庁、「国産LLM」の公募開始 行政向けAIに実装へ | ITmedia AI+
国産LLM公募の狙い、評価観点、海外LLMとの関係などを、行政DXと生成AI活用の文脈で解説した記事。

デジタル庁が「ガバメントAI」向け国産LLMを公募、2026年1月に試験利用開始へ | 日経XTECH
公募スケジュールや源内の試験利用計画、他府省庁展開のロードマップを技術・ビジネス両面から整理した記事。

【編集部後記】

これまでは民間や個人が先に試し、行政は慎重に様子を見る側でしたが、今回は政府自らが大口ユーザーとして国産LLMを募り、使い方の“型”まで作ろうとしている点が大きな転換だと思います。

同じタイミングでPLaMo翻訳を源内に入れたのも象徴的で、AI法・人工知能基本計画という「ルールと方向性」が先にあり、その上に具体的なツールとユースケースを積み上げている構図も、日本らしい進め方だと感じます。

この動きが、将来の行政DXだけでなく、日本語で仕事をする多くの現場にとって「安心して生成AIを導入するための実例」になっていくかどうかを、これから継続して追いかけたいと思います。

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りょうとく
趣味でデジタルイラスト、Live2Dモデル、3Dモデル、動画編集などの経験があります。最近は文章生成AIからインスピレーションを得るために毎日のようにネタを投げかけたり、画像生成AIをお絵描きに都合よく利用できないかを模索中。AIがどれだけ人の生活を豊かにするかに期待しながら、その未来のために人が守らなけらばならない法律や倫理、AI時代の創作の在り方に注目しています。

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