宇宙と地球の境界線は、これから「画面の中」で消えていくのかもしれません。
ISSと地球を一つのデジタルツイン空間として結ぶこの試みは、「宇宙を見る」のではなく「宇宙を使う」未来への入り口になりそうです。
株式会社スペースデータは、12月3日、国際宇宙ステーションのデジタルツインと地球のデジタルツインをシームレスに連結し、惑星スケールのデジタルツインを構築したと公式プレスリリースで発表した。
この技術は、実際のISSの軌道情報を高精度地上デジタルツイン上に重ね合わせることで実現している。ユーザーは地球上の特定地点から見たISSの軌道や、ISSから見下ろした地球の様子を体験できる。システムには自然言語による要求に応答する機能も実装されており、例えば「Where is ISS now?」と呼びかけるとリアルタイムでISSの現在位置を3D上に描画する。技術的にはUSD形式によるデータ統一管理、Unreal Engineによる物理ベースレンダリング、HDR国際規格BT.2100の採用などを特徴とする。同社は今後この技術を月・火星などへ拡張し、宇宙全体のデジタルツインネットワーク構築を目指す。
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ISSデジタルツインと地球デジタルツインのシームレスな連結を実現
【編集部解説】
今回スペースデータが発表した技術は、単なる3D可視化ツールではありません。ISSという実在する宇宙施設のリアルタイム軌道情報と、地球上の精密なデジタルツインを「同じ座標系」で扱える仕組みを構築した点に本質があります。
これまでのデジタルツインは、地上か宇宙かのいずれか一方を対象としていました。しかし今回の実装では、NVIDIA Omniverseが採用するUSD(Universal Scene Description)という3D記述フォーマットを活用し、異なるスケールの空間データを統一的に管理しています。USDはもともとPixar Animation Studiosが開発したもので、複雑な3D世界の形状・素材・物理特性・挙動を記述できる拡張可能な規格です。
注目すべきは自然言語インターフェースの実装です。ユーザーが「Where is ISS now?」と問いかけるだけで、システムがリアルタイムで3D空間上にISSの位置を描画して応答します。これは専門的な操作知識を持たない教育現場や一般ユーザーにとって、宇宙技術へのアクセス障壁を大きく下げる要素となるでしょう。
技術的には、Unreal Engineによる物理ベースレンダリングとHDR国際規格BT.2100の採用により、太陽光の反射や大気の表現がリアルに再現されています。これにより時間帯や観測位置による見え方の違いまで正確に描写できるため、防災シミュレーションや宇宙観測の事前検証といった実用面での精度が担保されます。
同社は2024年10月にJAXAと共同で、ISS「きぼう」実験棟の環境データ(温度・湿度・気流・照明)を実装したデジタルツインの開発を世界初で開始しており、今回の発表はその延長線上にあります。さらに今後は月・火星など他の天体へ拡張し、惑星間で相互連動する「宇宙全体のデジタルツインネットワーク」構築を目指すとしています。この構想が実現すれば、将来的な月面基地設計や火星探査ミッションの事前シミュレーションが、地球上で高精度に行えるようになります。
【用語解説】
デジタルツイン
現実空間の物体や環境を仮想空間上に精密に再現し、リアルタイムでデータを同期させる技術である。IoTセンサーなどで収集したデータを活用し、シミュレーションや予測分析を行い、その結果を現実空間へフィードバックできる双方向性が特徴となる。
USD(Universal Scene Description)
Pixar Animation Studiosが開発した3Dシーン記述フォーマットで、複雑な3D世界の形状・素材・物理特性・挙動を記述できる拡張可能な規格である。NVIDIA Omniverseなど複数のプラットフォームで採用され、異なるスケールやツール間でのデータ統一管理を可能にする。
BT.2100
国際電気通信連合(ITU)が2016年7月に制定したHDR(ハイダイナミックレンジ)テレビの国際標準規格である。従来のSDR(スタンダードダイナミックレンジ)と比較して、明るい部分と暗い部分の階調表現が大幅に拡張され、より自然でリアルな映像表現が可能となる。
ISS(国際宇宙ステーション)
地球低軌道上に建設された有人実験施設で、日本・アメリカ・ロシア・欧州・カナダの15カ国が参加する国際プロジェクトである。2030年以降の退役が予定されており、その後は民間企業による商業LEO施設への移行が計画されている。
【参考リンク】
株式会社スペースデータ 公式サイト(外部)
宇宙とAIの融合を目指すスタートアップ。デジタルツイン技術を活用した宇宙・地球環境の精密再現や、宇宙ロボット・宇宙ステーションの運用基盤開発を行う。
NVIDIA Omniverse 公式サイト(外部)
OpenUSDとRTXレンダリング技術を統合した産業デジタル化向けの開発プラットフォーム。API、SDK、サービスを提供する。
Unreal Engine 公式サイト(外部)
Epic Games開発の3Dゲームエンジン。物理ベースマテリアルやビジュアルスクリプティングシステムを搭載し、ゲーム・映像業界で広く採用されている。
ITU-R BT.2100 規格文書(外部)
HDRテレビの画像パラメータに関する国際電気通信連合の勧告文書。PQ方式とHLG方式の2つのHDR技術を標準化している。
【参考記事】
SpaceData Inc. and JAXA commence collaborative efforts on the Space Digital Twin(外部)
2024年10月にJAXAとスペースデータが発表。世界初となるISS「きぼう」実験棟の環境データを実装したデジタルツイン開発を開始。
デジタルツインとは?具体事例から仕組みを支える技術までを解説(外部)
デジタルツイン技術の基本概念と仕組みを解説。IoTセンサーによるデータ収集、AI分析、現実空間と仮想空間の双方向連携について言及。
【編集部後記】
宇宙と地球が一つのデジタル空間でつながる時代が、もうすぐそこまで来ています。スペースデータの技術は、私たちが「宇宙」を特別な存在ではなく、日常の延長線上にある空間として捉え直すきっかけになるかもしれません。
教育現場で子どもたちがISSからの視点を体験したり、防災シミュレーションに衛星データが自然に統合されたりする未来を想像してみてください。あなたなら、この技術をどんな場面で使ってみたいですか?宇宙が「遠い世界」から「使える空間」へと変わる瞬間を、一緒に見届けていきましょう。






























