ユーリズミックスの共同創設者デイヴ・スチュワートは2025年12月5日、人工知能は「止められない力」であり、ミュージシャンは生成AIプラットフォームに音楽をライセンス供与すべきだと述べた。
ユニバーサルとワーナーは最近数週間でそれぞれAIプラットフォームのUdioとSunoと提携し、契約アーティストの作品に基づいた音楽制作を可能にした。
スチュワートは起業家のドム・ジョセフとリッチ・ブリトンと共に新事業Rare Entityを立ち上げた。Rare Entityはクリエイターに作品の完全なコントロールと所有権を与え、知的財産を所有せず収益の一部を受け取る仕組みである。
稼働中のプロジェクトにはアーティストとファンのコミュニケーションプラットフォームPlanet Fansがある。スチュワートは2002年にニューヨークのドイツ銀行でルー・リード、スティーヴィー・ワンダー、ドクター・ドレらを招いた集まりを組織し、アーティストの自律性について議論した。
彼は生成AIをドラムマシンと同様のクリエイティブツールとして捉えている。
From:
Musicians must embrace ‘unstoppable force’ of AI, Eurythmics’ Dave Stewart urges
【編集部解説】
音楽業界とAIの関係は、2024年の訴訟合戦から2025年の協調路線へと劇的に転換しています。ユーリズミックスのデイヴ・スチュワートが12月5日に発した「AIは止められない力」という言葉は、この転換点における重要なメッセージです。
まず注目すべきは、大手レーベルとAI企業の和解ラッシュです。ユニバーサル・ミュージック・グループは2025年10月29日にUdioと、ワーナー・ミュージック・グループは11月25日にSunoとそれぞれ提携を発表しました。わずか1年前まで、これらの企業は著作権侵害で互いに訴え合っていたのです。ユニバーサルとワーナーは2024年、UdioとSunoが許可なく著作権のある楽曲でAIモデルを訓練したとして訴訟を起こしていました。
しかし訴訟は和解に至り、今や両社は2026年に新しいライセンス型AI音楽プラットフォームの立ち上げを目指しています。この急速な方針転換の背景には、生成AI音楽市場の急成長があります。市場調査によれば、生成AI音楽市場は2025年に約3億ドル、2034年までに19億ドルに達すると予測されています。
スチュワートが新たに立ち上げたRare Entityは、この変化する音楽業界においてアーティストが知的財産を所有し続けることの重要性を体現しています。従来のレコード会社との契約では、アーティストは作品の権利を譲渡することが一般的でしたが、Rare Entityは知的財産の所有権をクリエイターに残したまま、収益の一部を受け取る仕組みを採用しています。
スチュワートの発言「誰もが自分の声とスキルをこれらの企業にライセンス供与すべきだ。そうしなければ、彼らはとにかくそれを奪っていくだろう」は、一見過激に聞こえるかもしれません。しかしこれは、AI時代におけるアーティストの実践的な生存戦略を示しています。権利を保持したまま、自らの条件でAI企業とライセンス契約を結ぶことで、アーティストは新しい収益源を確保できるのです。
興味深いのは、スチュワートがAIをドラムマシンと同様のクリエイティブツールとして捉えている点です。1980年代初頭、ドラムマシンの登場は多くのミュージシャンから批判を受けました。しかしユーリズミックスはこの技術を積極的に取り入れ、シンセポップの黄金時代を築きました。スチュワートは生成AIも同じ道をたどると考えています。
現在、約60%のミュージシャンがマスタリング、作曲、アートワーク制作などにAIツールを使用しています。特に35歳以下のクリエイターでは51%がAIを積極的に活用しており、世代間での受容度の違いが明確です。リスナーの97%がAI生成音楽と人間が作った音楽を区別できないという調査結果も、技術の進化を物語っています。
ユニバーサルとUdioの提携、ワーナーとSunoの提携では、アーティストがオプトイン方式で参加を選択でき、AI企業による作品使用から印税を受け取る仕組みが導入されます。これは「同意、補償、明確性」という3つのCを重視したモデルです。Sunoは2026年に新しいライセンス型モデルを導入し、現行の無許諾モデルは廃止される予定です。
一方で懸念も存在します。ドイツのメディアコンサルタント会社Goldmediaの調査では、適切な補償システムがない場合、2028年までにミュージシャンの収益が27%減少する可能性が指摘されています。また、AI生成コンテンツがストリーミングプラットフォームを埋め尽くし、人間のアーティストの楽曲が発見されにくくなるという懸念も根強くあります。
スチュワートが2002年にニューヨークのドイツ銀行でルー・リード、スティーヴィー・ワンダー、ドクター・ドレらを集めて開いた会議は、今日の状況を予見していました。インターネットの出現に伴い、アーティストは自らの世界を創造し、コントロールを取り戻す必要があると彼は説いていたのです。
音楽業界におけるAI革命は、単なる技術的変化ではありません。それはアーティストと企業、ファンの関係性を根本から再定義する歴史的転換点です。生成AI音楽市場は2025年に音楽業界全体の収益を17.2%押し上げると予測されており、この波に乗るか取り残されるかが、アーティストの未来を左右することになるでしょう。
スチュワートが引用するギルバート&ジョージの言葉「汝、自分が何をしているか正確に知るべからず、されど汝、それを為すべし」は、不確実な時代におけるクリエイターの姿勢を的確に表現しています。完全に理解できなくても、行動し、実験し、適応することが求められているのです。
【用語解説】
ユーリズミックス(Eurythmics)
デイヴ・スチュワートとアニー・レノックスによる英国のシンセポップデュオ。1980年に結成され、代表曲「Sweet Dreams (Are Made of This)」で世界的な成功を収めた。英国トップ10アルバムを9枚、シングルも同数記録し、全世界で7500万枚以上のレコードを売り上げた。
生成AI(Generative AI)
既存のデータを学習し、新しいコンテンツを生成する人工知能技術。音楽分野では、既存の楽曲を分析して新しいメロディ、ハーモニー、リズムを創造する。ユーザーのプロンプトに応じて、特定のスタイルやテーマの楽曲を数秒で生成できる。
オプトイン(Opt-in)
サービスや契約への参加を明示的に選択する方式。AI音楽プラットフォームにおいては、アーティストが自らの意思で作品の使用許可を与え、その使用から収益を得る仕組みを指す。
知的財産(Intellectual Property)
創造的な作品や発明に対する法的権利。音楽においては、楽曲の著作権、録音物の権利、アーティストの肖像権などが含まれる。AI時代においては、これらの権利をどのように管理・ライセンスするかが重要な課題となっている。
Planet Fans
Rare Entityが運営するプラットフォームで、アーティストとそのチームがチケット販売、グッズ、その他の事項についてファンと直接コミュニケーションを取るためのサービス。
【参考リンク】
Udio(外部)
AI音楽生成プラットフォーム。ユニバーサルと2025年10月に提携し、ライセンス型モデルへ移行予定。
Suno(外部)
テキストから音楽を生成するAIプラットフォーム。ワーナーと2025年11月に提携を発表。
Universal Music Group(外部)
世界最大の音楽エンターテインメント企業。UdioとStability AIと戦略的提携を締結。
Warner Music Group(外部)
世界三大レーベルの一つ。SunoおよびUdioとライセンス契約を締結し、AI音楽の新時代を牽引。
Dave Stewart Entertainment(外部)
デイヴ・スチュワートが運営するアイデアファクトリー兼プロダクションスタジオ。音楽、映画、演劇など手掛ける。
PRS for Music(外部)
英国の音楽著作権管理団体。スチュワートが2024年に加入し、新技術による業界変革を推進。
SongBits(外部)
スチュワートが共同創設したWeb3プラットフォーム。ファンが楽曲のストリーミング権の一部を購入可能。
【参考記事】
Universal Music Group and Udio Announce Udio’s First Strategic Agreements for New Licensed AI Music Creation Platform(外部)
ユニバーサルとUdioの提携発表。2025年10月29日に著作権訴訟を和解し新プラットフォーム開発へ。
Warner Music Group and Suno Forge Groundbreaking Partnership(外部)
ワーナーとSunoの提携を発表。2025年11月25日に訴訟和解、2026年に新ライセンス型モデル導入予定。
AI Music Settlement: Why Universal Music Group is Teaming with Udio(外部)
ユニバーサルとUdioの和解の背景を詳説。新プラットフォームは壁に囲まれた庭となる見込み。
AI in Music Industry Statistics 2025: Market Growth & Trends(外部)
AI音楽市場の統計分析。2025年に業界収益を17.2%押し上げ、60%のミュージシャンがAI活用。
AI creating ‘potentially new’ music genres as artists take control, says Stability AI study(外部)
Stability AIの研究。337作品を分析しAIが新ジャンル創造の可能性を示唆。
AI in Music Market Size, Share, Trend | CAGR of 27.8%(外部)
AI音楽市場は2034年に604億ドル到達見込み。年平均成長率27.8%で拡大予測。
AI-generated music is going viral. Should the music industry be worried?(外部)
AI生成バンドThe Velvet SundownがSpotifyで月間100万リスナー獲得。業界に波紋。
【編集部後記】
スチュワートの「止められない力」という言葉は、音楽業界に限らず、あらゆるクリエイティブ分野に響く問いかけではないでしょうか。私たちは今、技術革新と人間の創造性が交差する歴史的な瞬間に立ち会っています。あなたがクリエイターであれば、AIをどう自分の表現に活かせるでしょうか。音楽ファンであれば、アーティストとAIが協働した作品をどう受け止めますか。「汝、自分が何をしているか正確に知るべからず、されど汝、それを為すべし」というギルバート&ジョージの言葉が示すように、完全に理解できなくても、まず試してみることが新しい扉を開くのかもしれません。この変化をどう捉え、どう関わっていくか、ぜひ皆さんの考えもお聞かせください。






























