踏切事故を未然に防ぐ 名鉄とトヨタシステムズがAI×ETC2.0の注意喚起システムを12月22日から検証

[更新]2025年12月8日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

踏切で立ち往生する車両、迫りくる列車――年間200件以上発生する踏切事故の多くは、ドライバーが「見えない先の渋滞」に気づかず進入してしまうことで起きています。この古くからの交通安全課題に、AIとETC2.0という最新技術の組み合わせで挑む全国初の実証実験が、2025年12月22日から始まります。鉄道と道路、異なる交通システムが初めて「対話」し、リアルタイムで危険をドライバーに伝える――名古屋鉄道を中心とした5社が描く、スマート交通社会の未来図をお伝えします。


名古屋鉄道、名鉄EIエンジニア、トヨタシステムズ、道路新産業開発機構、東邦電機工業の5社は、AI画像解析とETC2.0を活用した踏切の注意喚起システムに関する実証実験を2025年12月22日から2026年2月28日まで実施する。

実験場所は愛知県半田市宮路町の名古屋鉄道住吉町1号踏切である。

本システムは、AIが前方道路の混雑状況を検知し、ETC2.0と連携して一般車両に対して直接注意喚起を行うもので、全国初の取り組みとなる。

踏切に進入する車両のETC2.0車載器から「踏切の先詰まりに注意してください」と音声で警告し、踏切内での自動車の停滞を抑止して接触事故を防ぐことを目指す。

全国では年間200件程度の踏切事故が発生し、死傷者数も100人を超えている。5社は2022年12月に試験車両を用いた実証実験を実施していた。

From: 文献リンク「AI画像解析、ETC 2.0を活用した踏切の注意喚起システム」 に関する一般車両に対する実証実験を12月22日から実施します

【編集部解説】

名古屋鉄道を中心とした5社が挑む今回の実証実験は、日本の交通インフラが抱える深刻な課題への新たなアプローチとして注目に値します。なぜなら、この取り組みは単なる技術実験を超えて、異なる交通システム同士の「対話」を実現しようとする試みだからです。

踏切事故は年間約260件、死者数は100人超という深刻な状況が続いています。国土交通省のデータによれば、令和5年度の踏切事故は258件、死亡者数は104人で、「2日に約1件、4日に約1人が死亡するペース」で事故が発生しています。特に問題なのは、事故の約9割が警報機や遮断機が整備された第1種踏切で発生しているという事実です。つまり、従来の物理的な安全設備だけでは限界があるということです。

今回の実証実験が「全国初」とされる理由は、一般車両に直接注意喚起を行う点にあります。名鉄らは2022年12月にも同様のシステムの実証実験を実施していましたが、あれは試験車両を使った検証でした。今回は実際に公道を走行する一般のドライバーに対し、ETC2.0車載器を通じて「踏切の先詰まりに注意してください」という音声警告を届けるのです。

このシステムの技術的な要は、AIによる画像解析とETC2.0の路車間通信の組み合わせです。AIカメラが踏切前方の道路状況を常時監視し、渋滞や混雑を検知すると、その情報がETC2.0路側機に送られます。そして踏切に接近する車両のETC2.0車載器に対して、リアルタイムで警告を発信するという流れです。

ETC2.0は単なる料金収受システムではありません。高速道路で培われた双方向通信技術を活用し、最大1,000km分の道路交通情報を提供できる高度道路交通システムです。現在、全国の高速道路に約1,800箇所の路側機が設置されており、渋滞回避支援や安全運転支援に活用されています。この技術を一般道の踏切安全対策に転用するのが今回の実験の革新性です。

実験場所となる住吉町1号踏切では、20秒を超える立ち往生が月間20件も発生していることが明らかになっています。この背景には、踏切の先の道路が混雑しているにもかかわらず、ドライバーが状況を十分に把握できないまま進入してしまうという構造的な問題があります。AIとETC2.0の組み合わせは、この「見えない危険」を可視化し、事前に警告することで、ドライバーの判断をサポートします。

この取り組みの社会的意義は、踏切事故の防止だけにとどまりません。事故が発生すれば列車の運休や遅延が生じ、数万人の通勤・通学客に影響が及びます。名古屋鉄道は私鉄で2番目に多い踏切数を抱えており、安全対策は経営上も重要な課題です。

ただし、この技術にも課題があります。まず、効果を発揮するにはETC2.0車載器の普及が不可欠です。2021年時点で高速道路でのETC2.0利用率は約25%にとどまっており、すべてのドライバーに警告が届くわけではありません。また、AIによる画像解析の精度や、路側機との通信が確実に行われるかという技術的な検証も必要です。さらに、ドライバーが音声警告を適切に理解し、行動を変えてくれるかという人間工学的な側面も重要です。

それでも、この実験が成功すれば、全国各地の踏切に展開できる可能性があります。さらに、ETC2.0の路車間通信技術は、踏切以外の交通安全対策にも応用できるでしょう。交差点での出合い頭事故の防止、高齢ドライバーへの運転支援、災害時の避難誘導など、応用範囲は広範です。

交通インフラのデジタル化が進む中、鉄道と道路という異なるシステムが協調し、AIとIoTを活用して安全性を高めるこの試みは、スマートシティ実現に向けた重要な一歩といえます。2026年2月末までの実験結果が、今後の交通安全政策にどのような影響を与えるのか、注目していく必要があります。

【用語解説】

ETC2.0
従来のETCに双方向通信機能を追加した次世代型の自動料金収受システムである。DSRC(狭域通信)により路側機と車載器が高速・大容量通信を行い、渋滞回避支援、安全運転支援、災害支援情報の提供などを実現する。全国の高速道路や直轄国道に約3,700箇所の路側機が設置されている。

AI画像解析
人工知能技術を用いて映像データを自動的に解析し、人や車両の動きを検出・追跡する技術である。踏切監視システムでは、カメラ映像から踏切周辺の交通状況や異常を検知し、事故の予兆を把握することができる。

路車間通信
道路に設置された路側機と車両に搭載された車載器が無線通信でデータをやり取りする技術である。リアルタイムで道路交通情報や安全運転支援情報を車両に提供できる。

DSRC(狭域通信)
Dedicated Short Range Communicationの略で、5.8GHz帯の電波を用いた近距離無線通信技術である。ETC2.0の通信基盤として使用され、高速・大容量の双方向通信を可能にする。

第1種踏切
踏切警報機と踏切遮断機の両方が設置されている踏切である。日本の踏切の大部分を占めるが、踏切事故の約9割がこの第1種踏切で発生している。

ITS(高度道路交通システム)
Intelligent Transport Systemsの略で、情報通信技術を活用して道路交通の安全性や効率性を向上させるシステムの総称である。

【参考リンク】

名古屋鉄道株式会社(外部)
愛知県を中心に鉄道路線を運営する大手私鉄で踏切数が私鉄で2番目に多い

株式会社トヨタシステムズ(外部)
トヨタグループのIT企業で踏切AI画像解析システムの開発を担当

一般財団法人道路新産業開発機構(外部)
道路関連の新技術開発を行う公益法人でETC2.0路側機を開発

東邦電機工業株式会社(外部)
鉄道関連機器メーカーで踏切状態監視装置との連携システムを開発

ETC2.0について:便利なETC2.0(外部)
国土交通省運営のETC2.0公式サイトで仕組みやサービス内容を解説

国土交通省 踏切対策の推進(外部)
踏切事故の統計データや対策をまとめた国土交通省の情報ページ

【参考記事】

AIとETCの技術で踏切事故抑止、トヨタと名鉄が開発したシステムの仕組み(外部)
実証実験対象の踏切で20秒超の立ち往生が月間20件発生と報告

道路:踏切対策の推進 2.踏切道の課題(外部)
令和5年度の踏切事故257件、死亡者数103人という統計データを提供

ETC2.0:車と道路の双方向通信(外部)
ETC2.0の普及台数や利用率、路側機の設置間隔について詳細に解説

ETC2.0について:よくある質問(外部)
ETC2.0のセキュリティや通信方式の技術的詳細を説明

名鉄、ETCを用いた踏切注意喚起システムの実証実験を実施(外部)
2022年の試験車両を用いた実証実験について報じた記事

【編集部後記】

踏切事故という古くからの課題に、AIとETC2.0という最新技術で挑む今回の実証実験。私たちが特に注目したのは、鉄道と道路という異なる交通システムが「対話」を始めたという点です。このアプローチは、スマートシティやコネクテッドカーといった未来の交通社会の縮図とも言えるのではないでしょうか。実験期間は2026年2月まで。成功すれば全国各地の踏切に展開される可能性があります。みなさんがお住まいの地域にも、こうした技術が導入される日は遠くないかもしれません。交通インフラのデジタル化は、私たちの日常をどう変えていくのか。一緒に注目していきましょう。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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