NASAの宇宙飛行士ジョニー・キムが8ヶ月の国際宇宙ステーション滞在を終え、地球へ帰還する。キムはロスコスモスの宇宙飛行士セルゲイ・リジコフとアレクセイ・ズブリツキーと共にソユーズMS-27宇宙船で帰還する予定だ。
ドッキング解除は2025年12月8日月曜日午後8時41分(米国東部時間)にステーションのプリチャルモジュールから行われる。
ミッション期間は245日間で、地球から250マイル上空で3,920回の地球周回を行い、約1億400万マイルを移動した。
今回はキムとズブリツキーにとって初の軌道飛行であり、リジコフは3回目となる。宇宙船は時速17,500マイルで移動し、地球の大気圏突入時に急速に減速する。
着陸は12月9日午前0時4分にカザフスタンの草原、ジェズカズガン市の南東で行われる。NASAはNASA+、Amazon Prime、YouTubeチャンネルでライブ中継を提供する。
From:
A NASA astronaut is about enjoy a 17,500 mph ride home. Here’s how to watch
【編集部解説】
ジョニー・キムという名前を聞いて、多くの人が「あの伝説的な人物」と反応するかもしれません。Navy SEAL、ハーバード医学大学院卒業の医師、そしてNASA宇宙飛行士という三つの顔を持つ彼の帰還は、単なる宇宙ミッションの終了以上の意味を持っています。これは人類が到達可能な能力の極限を示す一つの事例であり、同時に国際協力が困難な時代においても宇宙探査が持続可能であることを証明する瞬間です。
キムは1984年にロサンゼルスで韓国系移民の息子として生まれました。困難な家庭環境を乗り越え、16歳でNavy SEALになることを決意。2002年に海軍に入隊し、SEAL Team 3に配属されて100回以上の戦闘任務を遂行しました。戦闘衛生兵、狙撃手、ナビゲーターとして活躍し、Silver StarとBronze Starを受章しています。
戦場での経験が彼を医学の道へと導きました。仲間の死を目の当たりにした彼は「彼らが生きていたら世界をより良い場所にしていただろう。その空白を埋めるために、自分の人生を捧げる」と誓いました。サンディエゴ大学で数学の学位を優等で取得し、その後ハーバード医学大学院に進学。2016年に医学博士号を取得し、救急医療の研修を開始しました。
そして2017年、18,300人以上の応募者の中から12人の宇宙飛行士候補の一人として選ばれました。Naval AviatorとFlight Surgeonの二重資格を持つ彼は、2025年4月8日にソユーズMS-27で初の宇宙飛行へと旅立ったのです。
今回のミッションは245日間に及び、地球を3,920回周回し、約1億400万マイル(約1億6,700万キロメートル)を移動しました。地球から約250マイル(約400キロメートル)上空の国際宇宙ステーションで、キムは科学研究や実験を行い、オーロラのタイムラプス映像や微小重力での日常生活の様子をSNSで共有し、宇宙への関心を高めることに貢献しました。
帰還における技術的な側面も注目に値します。ソユーズ宇宙船は時速17,500マイル(約28,000キロメートル、マッハ約25)という猛烈な速度で大気圏に突入します。この速度は低軌道からの再突入において典型的なもので、大気との摩擦により宇宙船表面の温度は摂氏1,480度に達します。
ソユーズは三つのモジュールから構成されています。軌道モジュール、降下モジュール、そしてサービスモジュールです。再突入前に軌道モジュールとサービスモジュールは切り離され、大気圏で燃え尽きます。クルーが乗る降下モジュールだけが地球に帰還します。この設計により、熱シールドが必要な部分を最小限に抑え、居住空間を最大化しています。
降下モジュールは攻撃角-22.3度で大気圏に突入します。これは「リフティング再突入」と呼ばれる技術で、後部熱シールドを空力面として利用し揚力を生み出します。この揚力により降下速度が緩やかになり、減速時間が延び、ピーク加速度が低減されます。この技術がなければ、ソユーズは約20Gの加速度を経験する可能性があり、クルーと宇宙船の両方にとって危険です。実際には4~5Gに抑えられています。
パラシュートが開くのは高度約10キロメートル、そして着陸直前には逆推力ロケットが作動して最終的な衝撃を和らげます。降下モジュールは通常、秒速2メートル以下(時速約5キロメートル)で着陸します。
このミッションが示すもう一つの重要な側面は、政治的緊張下における国際協力の持続性です。ロシアのウクライナ侵攻以降、米露関係は冷戦以来の低水準にありますが、宇宙探査は数少ない協力が継続している分野の一つです。2025年7月、ロスコスモスのドミトリー・バカノフ長官とNASAのショーン・ダフィー代行長官は、ISS運用を2028年まで継続することで合意しました。これは2018年以来初めての対面会談でした。
この協力の継続は実用的な必要性に基づいています。ISSの構造上、ロシアセグメントと米国セグメントの両方が正常に機能するためには、両国の継続的な関与が不可欠です。相互乗り入れ協定により、各国の宇宙船に両国の宇宙飛行士が搭乗することで、どちらかのシステムに問題が発生しても対応できる体制を維持しています。
キムのようなクルーの帰還は、こうした国際協力の成果を具体的に示すものです。彼はロスコスモスの宇宙飛行士セルゲイ・リジコフ(3回目の宇宙飛行)とアレクセイ・ズブリツキー(初飛行)と共に任務を遂行しました。この多国籍クルーの協働は、地政学的な分断を超えて人類が共通の目標に向かって進めることを証明しています。
長期的な視点から見れば、このミッションは人類の宇宙進出における過渡期の一部です。ISSは2030年頃に運用を終了する予定で、その後は民間宇宙ステーションの時代が到来すると予想されています。NASAはCommercial LEO Destinations(商業低軌道目的地)プログラムを推進しており、民間企業が運営する宇宙ステーションへの移行を計画しています。
同時に、NASAのアルテミス計画は人類を月面に送り返し、持続可能な月面基地を建設することを目指しています。キムのようなベテラン宇宙飛行士の経験は、こうした将来のミッションにとって貴重な知見となるでしょう。
技術的な側面では、ソユーズ宇宙船は1960年代に開発されて以来、継続的に改良されてきた実績のあるシステムです。最も安全で費用対効果の高い有人宇宙飛行手段の一つとして評価されています。一方で、SpaceXのCrew Dragonなど新世代の宇宙船も実用化されており、宇宙へのアクセス手段は多様化しています。
キムの帰還は、個人の達成という観点からも特別な意味を持ちます。彼の人生は、逆境を乗り越えて卓越性を追求し続けることで何が可能になるかを示しています。Navy SEAL、医師、宇宙飛行士という三つのキャリアはそれぞれ単独でも極めて困難な道ですが、彼はこれらすべてを成し遂げました。
彼の物語は、特に移民の子どもたちや困難な状況にある若者たちにとって強力なインスピレーションとなっています。限界は自分自身が作り出すものであり、決意と努力によって打ち破ることができるというメッセージを体現しています。
今回の帰還は、NASAプラス、Amazon Prime、YouTubeでライブストリーミングされ、世界中の人々がこの歴史的瞬間を目撃する機会を得ました。このような公開性は、宇宙探査を一部の専門家だけのものではなく、人類全体の冒険として位置づける上で重要です。
【用語解説】
国際宇宙ステーション(ISS)
地球から約400キロメートル上空を周回する有人実験施設である。1998年に建設が開始され、米国、ロシア、日本、欧州、カナダの5極が参加する国際協力プロジェクトだ。長さ約109メートル、質量約420トンの構造物で、宇宙飛行士が長期滞在しながら科学実験を行っている。
ソユーズMS-27
ロシアが開発した有人宇宙船ソユーズの最新型である。軌道モジュール、降下モジュール、サービスモジュールの三つから構成される。最大3名の宇宙飛行士を輸送可能で、約30人日分の生命維持システムを備えている。
Navy SEAL
米国海軍の特殊部隊である。SEALは「Sea, Air, and Land」の頭文字で、海・空・陸のあらゆる環境での作戦遂行能力を持つ。世界で最も過酷な訓練プログラムの一つとして知られ、基礎水中破壊訓練(BUD/S)の修了率は約20%程度だ。
大気圏再突入
宇宙空間から地球の大気圏に戻る過程である。高速で大気に突入すると空気の圧縮により高熱が発生し、宇宙船表面は1,400度以上に達する。熱から宇宙船とクルーを保護するため、アブレーション(蒸発)式熱シールドが使用される。
リフティング再突入
宇宙船が大気圏再突入時に揚力を利用して降下速度を制御する技術である。ソユーズは攻撃角-22.3度で突入し、後部熱シールドを空力面として利用することで、減速時の最大加速度を約4~5Gに抑えている。
Silver Star(銀星章)
米軍における3番目に高位の武功章である。敵との戦闘において勇敢な行動を示した者に授与される。キムは敵の砲火の中でイラク兵を救出した功績で受章した。
Expedition 72/73
国際宇宙ステーションの長期滞在ミッションの番号である。Expeditionは通常6ヶ月程度続き、複数の宇宙飛行士が科学実験、ステーション保守、教育活動などを行う。キムが参加したのは第72次/第73次長期滞在だ。
プリチャルモジュール
2021年に国際宇宙ステーションのロシアセグメントに追加された球状の結節モジュールである。6つのドッキングポートを持ち、複数の宇宙船の接続を可能にする。ソユーズMS-27はこのモジュールにドッキングしていた。
デオービットバーン(軌道離脱燃焼)
宇宙船が軌道から離脱して地球に帰還するためのエンジン噴射である。ソユーズの場合、メインエンジンを約4分45秒間噴射し、速度を落として大気圏突入の軌道に乗せる。
【参考リンク】
NASA – ジョニー・キム宇宙飛行士公式プロフィール(外部)
NASAによるジョニー・キムの公式プロフィール。経歴、受章歴、訓練内容などが詳細に記載されている。
NASA – ジョニー・キム帰還中継ページ(外部)
ソユーズMS-27の帰還ライブストリーミング情報を提供するNASA公式ページ。
国際宇宙ステーション(NASA)(外部)
ISSに関する総合情報サイト。構造、実験、クルー情報などを提供。
ロスコスモス公式サイト(外部)
ロシア連邦宇宙局の公式ウェブサイト。ソユーズミッション情報を発信している。
欧州宇宙機関(ESA)- 地球への帰還(外部)
ソユーズ宇宙船による地球帰還プロセスの詳細な解説。
【参考記事】
NASA Sets Coverage for Astronaut Jonny Kim, Crewmates Return(外部)
NASA公式による帰還詳細情報。245日間のミッション、3,920回の地球周回など具体的数値を提供。
Jonny Kim – Wikipedia(外部)
ジョニー・キムの包括的な経歴。Navy SEAL、ハーバード医学大学院、NASA宇宙飛行士選出までを詳述。
Russia’s Roscosmos, NASA agree to extend ISS operations until 2028(外部)
2025年7月の米露合意報道。ISS運用を2028年まで延長する歴史的な決定について解説。
Soyuz (spacecraft) – Wikipedia(外部)
ソユーズ宇宙船の技術詳細。再突入速度、熱シールド、リフティング再突入技術などを解説。
Reentry capsule – Wikipedia(外部)
再突入カプセルの物理学。表面温度摂氏1,480度、パラシュートシステムなど技術的詳細を提供。
Navy SEAL-turned-doctor-turned-astronaut says he had a clear motivator — serve others(外部)
NPRによる2025年6月のインタビュー。キムが語る「他者への奉仕」という一貫した動機について。
Re-Entry Aircraft (NASA Glenn Research Center)(外部)
NASA公式の再突入物理学解説。低軌道からの典型的再突入速度などの科学的根拠を提供。
【編集部後記】
ジョニー・キムの物語は、私たちに何を問いかけているのでしょうか。Navy SEAL、医師、宇宙飛行士という三つのキャリアは、それぞれが人生を捧げるに値する道です。彼の軌跡を追いながら、私たちは自分自身の可能性について考えずにはいられません。困難な環境から這い上がり、次々と新しい挑戦を続ける姿は、限界が自分自身の思い込みに過ぎないことを示唆しています。また、政治的対立が深まる中でも宇宙での国際協力が続いていることに、人類の未来へのヒントがあるのかもしれません。私たちは今、宇宙開発の新しい時代の入り口に立っています。みなさんは、この変革の時代にどのように関わっていきたいと考えますか。






























