日本には400以上の有人離島があり、多くが船舶を唯一の生活航路としている。しかし、船員の高齢化と人手不足により、これらの航路維持は危機に瀕している。その解決策として、2025年12月5日、世界初となる自動運転レベル4相当での旅客船商用運航が始まった。岡山と小豆島を結ぶ「おりんぴあどりーむせと」は、テクノロジーが社会インフラを支える新時代の到来を告げている。
日本財団が2020年2月から推進する無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」において、離島航路旅客船「おりんぴあどりーむせと」が2025年12月5日に国内初の自動運航船として国の船舶検査に合格した。
一般旅客が乗船する定期船としては世界初となる自動運転レベル4相当での商用運航を開始する。
同船は国際両備フェリーが運航する全長約66メートル、旅客定員数500名の船舶で、新岡山港から小豆島の土庄港を結ぶ。2025年度中には自動運航機能搭載船舶計4隻が商用化予定で、おりんぴあどりーむせとはその第1弾となる。日本財団は2040年までに内航船の50%の無人運航化を目指す。同プロジェクトの第1ステージでは2022年1月から3月に東京湾での運航や北海道苫小牧から茨城県大洗まで約750kmの無人運航を成功させた。
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~日本財団無人運航船プロジェクトMEGURI2040~ 世界初※1旅客船における 自動運転レベル4相当※2での商用運航開始
【編集部解説】
日本の海運業界にとって、2025年12月5日は歴史的な転換点となりました。岡山と小豆島を結ぶ旅客船「おりんぴあどりーむせと」が、世界で初めて一般旅客を乗せた定期船として自動運転レベル4相当での商用運航を開始したのです。この船は全長約66メートル、旅客定員500名を誇り、2019年5月に就航した比較的新しい船舶です。今回、国の船舶検査に合格したことで、自動運航船としての運航が正式に認められました。
自動運転レベル4とは、国際海事機関(IMO)が定義する自動化の段階において最高レベルに位置します。具体的には「完全自動運航が一部可能な技術段階」で、特定のエリアや条件下では人の介入が不要となります。自動車の自動運転レベルを船舶に適用した場合、レベル1は「自動化された処理と意思決定支援を持つ船」、レベル2は「船員が乗船する遠隔操縦船」、レベル3は「船員が乗船しない遠隔操縦船」、そしてレベル4は「完全自律航行船」となります。おりんぴあどりーむせとは、このレベル4相当の技術を実装しています。
この快挙を支えているのが、日本財団が2020年2月から推進する「MEGURI2040」プロジェクトです。プロジェクト名が示すとおり、2040年までに日本の内航船の50%を無人運航化するという壮大な目標を掲げています。第1ステージ(2022年1月〜3月)では、船舶交通量の多い東京湾での運航や、北海道苫小牧から茨城県大洗まで約750kmの長距離無人運航に成功しました。現在進行中の第2ステージでは、実証から商用化へと舵を切り、2025年度中に計4隻の自動運航船を実用化する計画です。
なぜ今、日本はこれほどまでに無人運航船の開発を急ぐのでしょうか。背景には深刻な船員不足の問題があります。日本の国内沿岸貨物船の乗組員のうち、50歳以上が半数以上を占めており、高齢化が著しく進んでいます。日本全体でも労働力不足は深刻で、2040年には1,100万人の労働者が不足すると予測されています。離島航路の維持も大きな課題です。日本には400以上の有人離島があり、多くが船舶を唯一の生活航路としています。船員不足によってこれらの航路が維持できなくなれば、離島住民の生活基盤そのものが揺らぐことになります。
技術的な観点から見ると、自動運航を実現するには3つの要素が必要です。第一に船舶自体の自動運航機能、第二に陸上からの遠隔支援を行う陸上支援センター(Fleet Operation Center: FOC)、第三に船陸間を結ぶ衛星通信システムです。日本財団は2024年7月に西宮市に固定式FOCを完成させ、2025年2月には世界初となる移動式FOCも完成させました。移動式FOCは災害時にも対応できる設計となっており、複数の船舶を同時に遠隔支援することが可能です。
船舶を自動運航船として認定してもらうためには、国土交通省が定める厳格な検査をクリアする必要があります。国交省は2024年6月に「自動運航船検討会」を設置し、安全基準や検査方法を議論してきました。検査は2段階に分かれており、第1段階では「初期段階の自動運航船」(すべてのタスクに人の介在が必要)として認定され、第2段階の検査に合格すると正式な「自動運航船」として運航可能になります。おりんぴあどりーむせとは2025年7月に第1段階、同年12月に第2段階の検査に合格し、晴れて商用運航にこぎつけました。
瀬戸内海は船舶往来が盛んで、障害物となる島や岩礁も多い難所です。そうした環境下で、センサーやプランナー(避航ルートを自動計画)などのシステムが適切に動作することを確認するため、綿密な安全性評価が行われました。この実績は、今後の自動運航船の普及に向けて極めて重要なマイルストーンとなります。
MEGURI2040の第2ステージでは、おりんぴあどりーむせとのほかに、コンテナ船「みかげ」、RORO船「第二ほくれん丸」、新造コンテナ船「げんぶ」の計4隻が実証対象となっています。これらの船舶はそれぞれ異なる航路や貨物特性を持ち、多様な運航条件下での自動運航技術の確立を目指しています。
自動運航技術の導入は、安全性の向上にも寄与します。海難事故の多くはヒューマンエラーが原因とされており、自動運航システムによって人為的ミスを減らすことができます。また、船員の労働環境改善にもつながります。陸上支援センターから複数の船舶を監視・支援する体制が整えば、船員は必ずしも長期間船上で生活する必要がなくなり、多様な働き方が実現できます。
さらに、環境負荷の軽減も期待されています。自動運航システムは最適な航路や速度を計算し、燃料消費を最小化します。これは「モーダルシフト」(トラック輸送から環境負荷の小さい船舶や鉄道へのシフト)の推進にも貢献します。日本では物流の約40%を内航海運が担っており、その効率化と環境配慮は物流業界全体にとって重要な課題です。
国際的な視点でも、日本の取り組みは注目されています。国際海事機関(IMO)では、自動運航船に関する国際的なルール(MASSコード)の策定が進められており、日本はその議論をリードする立場にあります。MEGURI2040で得られた実証データや運航実績は、国際基準の策定に活用され、日本の海事技術の優位性を示す機会となります。
もちろん、課題も残されています。サイバーセキュリティの確保、予期せぬ事態への対応、法的責任の所在、保険制度の整備など、社会実装に向けてクリアすべき論点は多岐にわたります。また、船員という職業の将来像についても、業界全体で議論を深める必要があります。自動化によって失われる職ではなく、より高度な技術を持つ陸上オペレーターや保守管理者といった新たな職種への転換が求められます。
今回の「おりんぴあどりーむせと」の商用運航開始は、単なる技術実証の成功ではなく、社会実装への第一歩です。今後、実際の運航を通じて得られるデータや経験が、さらなる技術改良や制度設計に活かされていくでしょう。2040年に内航船の50%が無人運航化されるという目標は、決して夢物語ではなく、着実に実現に向かって進んでいるのです。
【用語解説】
MEGURI2040
日本財団が2020年2月から推進する無人運航船の実現プロジェクト。2040年までに日本の内航船の50%を無人運航化することを目標としている。第1ステージ(2022年実施)では6隻の実証船で技術検証を行い、第2ステージ(2022年度〜)では4隻の船舶で商用運航を目指す社会実装フェーズに入っている。
自動運転レベル4(自動運航船)
国際海事機関(IMO)が定義する自動化の最高レベル。特定のエリアや条件下で人の介入が不要な完全自動運転を指す。船舶の自動運転定義は現在IMOで議論中のため、便宜的に自動車の定義を流用している。レベル1は自動化された処理と意思決定支援、レベル2は船員が乗船する遠隔操縦、レベル3は船員が乗船しない遠隔操縦、レベル4は完全自律航行となる。
MASS (Maritime Autonomous Surface Ships)
海事自律水上船の略称。様々な程度で人間の操作から独立して運航できる船舶を指す。IMOでは4つの自律度を定義しており、国際的な規制枠組み(MASSコード)の策定が進められている。
陸上支援センター (FOC: Fleet Operation Center)
自動運航船を陸上から遠隔監視・支援する施設。機関部の遠隔監視や運航計画の立案などを行い、複数の無人運航船を同時に支援する。日本財団は2024年7月に西宮市に固定式FOCを、2025年2月には世界初の移動式FOCを完成させた。
モーダルシフト
貨物輸送をトラックから環境負荷の小さい鉄道や船舶に転換すること。CO2排出削減や交通渋滞緩和、ドライバー不足への対応として推進されている。内航海運は日本の物流の約40%を担っており、モーダルシフトの重要な担い手である。
RORO船 (Roll-on/Roll-off ship)
貨物を積んだトラックやトレーラーが自走して乗り降りできる貨物船。ランプウェイ(傾斜路)を使って車両が直接船内に入るため、効率的な積み降ろしが可能。MEGURI2040では「第二ほくれん丸」がRORI船として実証対象となっている。
輻輳海域
船舶交通量が多く、航行が混雑している海域のこと。東京湾や瀬戸内海などが該当する。自動運航船にとっては、多数の他船との衝突回避判断が求められるため、技術的に難易度の高い環境となる。
【参考リンク】
日本財団 MEGURI2040プロジェクト(外部)
2020年から推進する無人運航船実現プロジェクトの公式サイト。実証実験の詳細や最新情報を提供
日本財団公式サイト(外部)
1962年設立の日本最大規模の財団。海洋・災害・子ども支援など幅広い社会貢献活動を展開
国際両備フェリー(外部)
岡山と小豆島を結ぶフェリー運航会社。おりんぴあどりーむせとの船舶情報や時刻表を掲載
IMO Autonomous Shipping(外部)
国際海事機関による自動運航船に関する規制枠組みや定義、国際的な取り組みの情報
国土交通省 自動運航船の検査方法の概要(外部)
日本における自動運航船の安全基準や検査方法を定めた国交省の公式資料(PDF)
【参考動画】
おりんぴあどりーむせと記者発表会のアーカイブ動画。2025年12月10日に開催された発表会の全容
MEGURI2040第1フェーズの概要動画。2022年実施の6隻による実証実験の成果を紹介
MEGURI2040第2フェーズの概要動画。社会実装を目指す現在進行中のプロジェクトの詳細
【参考記事】
The Nippon Foundation MEGURI2040 Fully Autonomous Ship Program(外部)
日本財団によるMEGURI2040プロジェクトの公式英語サイト。プロジェクトの背景や目標を包括解説
MEGURI2040 Introduced at IMO’s Maritime Safety Committee(外部)
IMO海事安全委員会でのMEGURI2040紹介と国際的なルール作りへの貢献について報告
IMO Autonomous Shipping(外部)
国際海事機関による自動運航船の4つの自律度定義とMASSコード策定状況を解説
World’s First Fully Autonomous Ship Navigation on Coastal Ferry(外部)
三菱重工による2022年1月の世界初大型フェリー無人運航実証成功のニュースリリース
Japan Marine Technology Market Intelligence(外部)
米国通商代表部による日本の船員不足(50歳以上が半数以上)や2040年目標の分析
Japan’s ageing population: The implications for its economy(外部)
世界経済フォーラムによる日本の高齢化分析。2040年までに1,100万人の労働者不足予測
Aging of Japan – Wikipedia(外部)
日本の少子高齢化データ。労働力不足による年0.7〜0.9%の経済成長率低下見込み
【編集部後記】
今回の「おりんぴあどりーむせと」の商用運航開始は、私たちが目にする未来の海運の姿を具体的に示してくれました。自動運航船といえばSF映画の世界に思えるかもしれませんが、実際に一般旅客を乗せて岡山と小豆島を結ぶ定期船として運航が始まっています。これは単なる技術デモンストレーションではなく、日常生活の一部として機能する実用段階に入ったということです。
日本が直面する船員不足や高齢化、離島航路の維持といった課題は、実は私たちの社会全体が抱える問題の縮図でもあります。テクノロジーがこうした社会課題にどう応えていくのか、2040年に向けた長期ビジョンがどのように一歩ずつ実現されていくのか。皆さんはこの歴史的な転換点をどう捉えますか?もし機会があれば、ぜひ小豆島への船旅を通じて、未来の海運を体験してみてください。






























