RSL技術運営委員会は2025年12月10日、AI時代のコンテンツ保護を目的とした初のライセンス標準「Really Simple Licensing(RSL)1.0」の公式仕様を公開した。RSL CollectiveとYahoo、Ziff Davis、O’Reilly Mediaを含むコミュニティが共同開発したこの標準は、パブリッシャーとクリエイターが機械可読な使用およびライセンス条件を定義できるオープンウェブ標準である。
Cloudflare、Akamai、Creative Commons、IAB Tech Labなどのインフラ組織が支持を表明し、The Associated Press、Vox Media、USA Today、Boston Globe Media、BuzzFeed、Stack Overflowなどが新たに加わった。世界中の1500以上のメディア組織、ブランド、テクノロジー企業が支持し、数十億のウェブページに及ぶ。新機能として「ai-all」「ai-input」「ai-index」のカテゴリーが追加され、検索結果へのコンテンツ掲載を許可しながらAI検索アプリケーションからオプトアウトできる機能や、貢献ベースのライセンシングが含まれる。
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RSL AI Licensing 1.0 Now an Official Industry Standard with New Capabilities as Momentum Accelerates
【編集部解説】
RSL 1.0の正式リリースは、AI時代におけるコンテンツ経済の転換点となる出来事です。この標準が注目される理由は、従来のrobots.txtが持つ単純な「許可/拒否」という二択を超えて、用途別の細かな制御を可能にした点にあります。
興味深いのは、2025年9月に発表されてから、わずか3カ月で正式な業界標準として公開されたという驚異的なスピード感でしょう。この背景には、AI企業によるコンテンツ利用をめぐる緊急性の高まりがあります。多くのメディア企業が、自社コンテンツがAIモデルのトレーニングに無断で使われることへの懸念を強めており、実効性のある対抗手段を求めていました。
技術的な観点から見ると、RSLの最大の革新は「ai-all」「ai-input」「ai-index」という3つのカテゴリーを導入した点です。これにより、従来の検索エンジンには完全にアクセスを許可しながら、AI検索機能だけを選択的にブロックするといった柔軟な運用が実現します。つまり、Googleの通常検索結果には表示されるが、ChatGPTやPerplexityのようなAI検索ツールには使わせない、という細かな制御が技術的に可能になるわけです。
もう一つ注目すべきは、Creative Commonsと協力して導入された「貢献ベースのライセンシング」でしょう。これは非営利のコンテンツクリエイターやオープンソースコミュニティを保護するための仕組みで、AI企業に金銭的または技術的な貢献を求めることができます。デジタル・コモンズと呼ばれる共有知識の基盤を維持しながら、クリエイターへの還元も実現するという、バランスの取れたアプローチといえます。
実装面では、CloudflareやAkamaiといったCDN大手が参加している点が実効性を高めています。これらの企業はウェブトラフィックの大部分を処理しており、彼らのインフラレベルでRSLが実装されれば、AI企業が無視することは技術的に困難になるでしょう。
ただし、RSLにも課題は残されています。標準を定めることと、AI企業がそれを遵守することは別問題です。法的な拘束力がどこまであるのか、違反した場合の罰則はどうなるのかといった点は、今後の議論と判例の積み重ねが必要になります。また、1500以上の組織が参加しているとはいえ、標準の実効性は今後のAI企業側の対応にかかっている点は注視が必要です。
長期的には、RSLがウェブコンテンツの新しい経済モデルを確立する可能性を秘めています。クリエイターとAI企業の間に透明性の高い取引関係が生まれれば、質の高いコンテンツ制作への投資が持続可能になり、インターネット全体の健全性が保たれるでしょう。
【用語解説】
RSL (Really Simple Licensing)
AI時代のコンテンツ保護を目的とした初のライセンス標準規格。RSS(Really Simple Syndication)をベースに開発され、パブリッシャーが機械可読な形式でコンテンツの使用条件を定義できる。robots.txtの単純な許可/拒否を超えて、用途別の細かな制御を実現する。
robots.txt
ウェブサイトのルートディレクトリに配置されるテキストファイルで、検索エンジンのクローラーに対してどのページをクロールしてよいか、あるいは禁止するかを指示する。1994年に導入された古い仕組みで、許可と拒否の二択しかできなかった。
デジタル・コモンズ
インターネット上で自由に利用可能な知識や創造的作品の共有プール。数十億のウェブページ、コードリポジトリ、データセットなどが含まれ、オープンな協力関係によって維持されている非営利のエコシステムを指す。
CDN (Content Delivery Network)
コンテンツ配信ネットワーク。世界中に分散配置されたサーバーを利用して、ウェブコンテンツを高速かつ効率的にユーザーに届けるためのインフラ。CloudflareやAkamaiが代表的な事業者である。
HTTP 402
HTTPステータスコードの一つで、将来的な使用のために予約されている「Payment Required(支払いが必要)」を示すコード。RSLではこのレスポンスにライセンス情報を含めることができる。
【参考リンク】
RSL Standard公式サイト(外部)
RSL標準の技術仕様、参加組織の一覧、実装ガイドラインなどを提供する公式サイト。標準の詳細な説明とパブリッシャー向けドキュメントが閲覧可能。
RSL Collective公式サイト(外部)
デジタルクリエイターのための非営利集合権利組織。RSL標準を活用してクリエイターがAI企業から公正な報酬を得られるよう支援。
Creative Commons公式サイト(外部)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを提供する非営利組織。RSL 1.0の貢献ベースライセンシング機能の開発に協力している。
Cloudflare(外部)
世界最大級のCDN・セキュリティサービス事業者。RSL 1.0を支持し、HTTP 402レスポンスにライセンス情報を含める機能を実装中。
Akamai Technologies(外部)
グローバルなコンテンツ配信とクラウドサービスを提供する企業。パブリッシャーがRSLを通じて権利と保護を維持できるよう支援。
【参考記事】
RSL 1.0, the industry standard that defines content usage rules for AI, is officially released(外部)
RSL 1.0の正式リリースについて技術的詳細を解説。1500以上の組織が支持し、数十億のウェブページをカバーする規模感を紹介。
A pay-to-scrape AI licensing standard is now official – The Verge(外部)
The Vergeによる批判的視点を含む分析記事。RSLが業界標準となった背景と、AI企業の遵守についての実効性の課題を論じる。
Integrating Choices in Open Standards: CC Signals and the RSL Standard(外部)
Creative Commonsの公式ブログ記事。CC Signalsイニシアチブと、貢献ベースライセンシングによるデジタル・コモンズ保護を詳述。
【編集部後記】
コンテンツとAIの関係は、議論が尽きない点です。自らのウェブサイトがAIに学習されることを快く思わない人は多くいることでしょう。AIに参照されることで、コンテンツの意図が湾曲して解釈される可能性もあります。
しかし、人々は次第に従来のエンジンによる検索から、AIに質問するようになっています。この時、AIが提示できないことで、相対的に人の目に触れなくなっていくコンテンツの価値とはどう評価されるのでしょうか。































