Tiiny AIが発表した「Pocket Lab」は、ギネス世界記録に認定された世界最小のパーソナルAIスーパーコンピューターだ。モバイルバッテリー程度のサイズ(14.2 × 8 × 2.53cm、300グラム)ながら、最大1,200億パラメータの大規模言語モデルをローカルで実行できる。
NvidiaのProject Digits(約3,000ドル)やDGX Spark(4,000ドル)と比べても、クラウド依存を減らしプライバシーを向上させる設計が特徴だ。ARM v9.2 12コアCPU、190 TOPSのNPU、80GBのLPDDR5Xメモリを搭載し、Llama、Qwen、DeepSeek等のオープンソースモデルをサポート。TurboSparseとPowerInferという独自技術により、推論効率と省電力を両立させている。CES 2026で披露予定だが、価格や発売日は未発表である。
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The world’s smallest AI supercomputer is the size of a power bank
【編集部解説】
このデバイスが注目される理由は、AIの「民主化」という文脈にあります。従来、1,000億パラメータ級のモデルを動かすにはクラウドサービスへの課金が前提でしたが、Pocket Labはインターネット接続なしで完全オフライン動作を実現しており、センシティブな医療情報や企業の機密データを扱う際のプライバシーリスクを大幅に軽減できます。バンクレベルの暗号化でローカルにデータを保存するため、クラウドAIでは不可能な「真の長期記憶」を個人が所有できる点は画期的です。
技術的な核心は、TurboSparseとPowerInferという2つのオープンソース技術にあります。TurboSparseはニューロンレベルでスパース(疎)な活性化を行い、モデル全体を常時稼働させるのではなく必要な部分だけを動かすことで効率を高めています。PowerInferはGitHubで8,000以上のスターを獲得している推論エンジンで、CPUとNPUへ動的に負荷を分散させることでスマートフォンレベルの消費電力でサーバー級の性能を引き出します。
ギネス記録の認定カテゴリーは「100B LLM Locallyを実行可能な最小MiniPC」という非常に限定的なもので、やや恣意的な設定との指摘もあります。また公式発表によれば「10B~100Bパラメータ」が「パーソナルAIのゴールデンゾーン」で実世界の80%のニーズを満たすとされていますが、この数値の根拠は明示されていません。120BパラメータモデルがGPT-4o相当の推論能力を持つという主張も、実機での検証結果が公開されるまでは留保が必要でしょう。
長期的には、このようなエッジAIデバイスの普及が規制当局の議論を複雑にする可能性があります。クラウドベースのAIサービスは事業者レベルで監視できますが、完全オフライン動作する個人所有デバイスでは違法コンテンツ生成やディープフェイク作成を技術的に制限することが困難になるためです。一方で、データ主権やプライバシー保護の観点からは、個人が自らのデータとAIモデルを完全にコントロールできる環境は望ましい方向性といえます。
【用語解説】
パラメータ
AIモデルが学習によって獲得する内部の調整可能な変数。数が多いほどモデルの表現力が高まり、1,000億を超えると高度な推論能力を持つとされる。
NPU(Neural Processing Unit)
ニューラルネットワークの演算に特化したプロセッサ。CPUやGPUとは異なり、AI推論処理を高速かつ低消費電力で実行するよう設計されている。
TOPS(Tera Operations Per Second)
AIプロセッサの性能指標で、1秒間に実行できる演算回数を兆単位で表す。Pocket Labは190 TOPSの性能を持つ。
【参考リンク】
Tiiny AI 公式サイト(外部)
Tiiny AIの企業情報と製品ラインナップを掲載。Pocket Labの技術詳細や開発思想、CES 2026での展示情報などを確認できる公式ページ。
PowerInfer GitHub リポジトリ(外部)
PowerInfer-2の技術詳細とベンチマーク結果を公開。スマートフォン上でのLLM推論を実現する技術的アプローチとオープンソースコードが利用可能。
Guinness World Records – Tiiny AI Pocket Lab(外部)
ギネス世界記録の公式サイト。Pocket Labが「100B LLM Locallyを実行可能な最小MiniPC」カテゴリーで認定された記録の詳細を掲載。
【参考記事】
Tiiny AI Reveals World’s Smallest Personal AI Supercomputer, Verified by Guinness World Records(外部)
Tiiny AIの公式プレスリリース。Pocket Labのスペック詳細、TurboSparseとPowerInferの技術説明、バンクレベルの暗号化機能、CES 2026での展示計画などが発表されている。
Tiiny AI Pocket Lab: Mini PC with 12-core ARM CPU and 80 GB LPDDR5X memory unveiled ahead of CES(外部)
ハードウェア仕様の詳細分析記事。ARM v9.2 CPUとLPDDR5Xメモリの組み合わせによる性能向上、ギネス認定カテゴリーの限定性についての考察を含む。
PowerInfer-2: Fast Large Language Model Inference on a Smartphone(外部)
PowerInfer-2の技術論文と実装詳細。スマートフォンでのLLM推論を実現するヘテロジニアス推論エンジンのアーキテクチャとベンチマーク結果を公開している。
This tiny personal AI supercomputer can run 120B AI models while fitting in your hand(外部)
Pocket Labの市場における位置づけと競合製品との比較分析。NvidiaのProject DigitsやDGX Sparkとの価格・性能比較を詳述している。
Tiiny AI shrinks a “supercomputer”(外部)
TurboSparseとPowerInferの技術的メカニズムに焦点を当てた解説記事。スパース活性化による効率化の仕組みと実装上の課題について論じている。
New Armv9 CPUs for Accelerating AI on Mobile and Beyond(外部)
Armの公式ブログ。Armv9アーキテクチャのAI処理能力とモバイルデバイスへの展開について、技術的背景と将来展望が説明されている。
【編集部後記】
モバイルバッテリーサイズで1,200億パラメータのモデルが動くという事実は、AIインフラの概念を根本から変える可能性を秘めています。クラウドへの課金が不要になれば個人の研究者や小規模企業にとって大きな転機となりますが、完全オフライン動作がもたらすプライバシー保護と、技術的監視の困難さという両面をどう捉えるべきでしょうか。CES 2026での実機デモと価格発表が待たれますが、NvidiaのProject Digitsが3,000ドルという現実を考えると、どの程度の価格帯で市場に投入されるのか、そして本当に日常的な用途で実用に耐えるのか、続報に注目です。































