OpenAIは、同社CEOサム・アルトマンが共同創業した脳コンピュータインターフェーススタートアップMerge Labsに出資した。
Mergeは2億5000万ドルのシードラウンドで8億5000万ドルの評価額でステルスモードから登場し、OpenAIが最大の出資者となった。
Mergeは電極ではなく分子や超音波を使った非侵襲的技術で神経細胞と通信し、生物学的知能と人工知能を橋渡しすることを目指す研究所である。
OpenAIはMergeと科学的基盤モデルやバイオエンジニアリングツールで協力する計画だ。
共同創業者にはカリフォルニア工科大学研究者のミハイル・シャピロ、Tools for Humanityのアレックス・ブラニアとサンドロ・ハービッグ、Forest Neurotechのタイソン・アフラオとサムナー・ノーマンが含まれる。
投資家にはBain Capital、Interface Fund、Fifty Years、ゲイブ・ニューウェルが名を連ねる。
競合としては、埋め込み型電極を使うイーロン・マスクのNeuralink(90億ドルの評価額で6億5000万ドルを調達)、血管経由でアクセスするSynchron、薄膜インターフェースを開発するPrecision Neuroscienceがある。
From:
OpenAI Invests in Merge Labs’ Brain Interface Startup
【編集部解説】
OpenAIがサム・アルトマンCEO自身が共同創業した脳コンピュータインターフェーススタートアップMerge Labsに出資したことは、AI企業がハードウェアレイヤーにまで事業を拡張しようとする大きな転換点を示しています。
この投資の背景には、アルトマンが2017年に自身のブログで発表した「The Merge」という思想があります。彼は「人間と機械の融合」を2025年から2075年の間に起こると予測し、これを人類が超知能AIと共存するための「最良のシナリオ」と位置づけていました。Merge Labsという社名自体が、この思想を具現化したものです。
Merge Labsの技術的アプローチは、イーロン・マスクのNeuralinkとは根本的に異なります。Neuralinkは1,024本の電極を持つコイン大のデバイスを脳に外科的に埋め込む侵襲的な方法を採用しています。一方Merge Labsは、分子と超音波を使った非侵襲的な方法でニューロンとコミュニケーションを取る技術を目指しています。
共同創業者の一人であるカリフォルニア工科大学のミハイル・シャピロ教授は、超音波神経調節と分子イメージングの第一人者です。彼の研究室では、ガスベシクル(気泡を持つタンパク質ナノ構造)を遺伝子的に改変して超音波の「アンテナ」として機能させる技術や、超音波で神経細胞を刺激する仕組みの解明などを進めてきました。
非侵襲的アプローチの利点は明確です。手術が不要なため安全性が高く、規制面でのハードルも低く、何より市場規模が格段に大きくなります。侵襲的デバイスは重度の麻痺患者など医療用途に限定されますが、非侵襲的デバイスは健康な人々を含む一般消費者市場に広げられる可能性があります。
ただし、非侵襲的な方法には技術的な課題もあります。頭蓋骨を通して脳活動を読み取ると、信号の精度や帯域幅が低下します。また、脳の状態を「書き込む」、つまり影響を与える技術は、読み取り以上に困難です。Merge Labsが目指す「分子トランスデューサー」は、神経活動をより深いレベルで読み書きできる可能性を持ちますが、これには遺伝子治療的なアプローチが必要となり、独自の安全性と規制上の課題を抱えます。
OpenAIにとって、この投資は戦略的に理にかなっています。同社はブログで「高帯域幅のインターフェースは、意図を解釈し、個人に適応し、限られたノイズの多い信号で確実に動作できるAIオペレーティングシステムの恩恵を受ける」と述べています。つまり、人間の思考を直接AIに伝えられれば、OpenAIのモデルはより有用になり、逆にOpenAIのモデルがMerge Labsのインターフェース開発を加速できるという相互補完的な関係です。
また、OpenAIはジョニー・アイブのデザインチームと協力して「ポストスクリーンインターフェース」を探求していることも明かしており、Merge Labsはそのスタックにおける「神経層」となる可能性があります。特にAIエージェントがユーザーに代わってデバイスやサービスを操作する能力が向上するにつれ、思考を直接行動に変換できるインターフェースの価値は高まります。
一方で、この投資はガバナンス上の懸念も引き起こしています。OpenAIは主にOpenAI Startup Fundを通じてスタートアップを支援していますが、アルトマンが関与する企業への投資は今回が初めてではありません。Rain AI、Harvey、Helion Energy、Okloなど、アルトマンが支援する複数の企業にOpenAIも投資しています。支持者は、これらの関係がAIモデル、ハードウェア、インフラストラクチャ全体での実行力を高めると主張しますが、批評家は、アルトマンが構築を支援する企業がOpenAIのフットプリントも拡大する場合、循環的なインセンティブ構造が生まれると指摘しています。
競合状況も注目すべき点です。Neuralinkは2025年6月に6億5000万ドルのシリーズEで90億ドルの評価額に達し、2025年10月末時点で13人の患者に埋め込みを実施しています。Synchronはステント様の装置を血管経由で運動皮質に到達させる方法を採用し、開頭手術を回避しています。Precision Neuroscienceは皮質表面に薄膜インターフェースを配置する方法を開発中です。それぞれ、手術リスク、データ品質、FDA規制のバランスが異なります。
Merge Labsは自らを「研究所」と位置づけ、「年ではなく数十年単位で考える」としています。これは、臨床試験や規制承認までの道のりが長いことを示唆しています。注目すべきマイルストーンは、査読付きの前臨床結果、分子および超音波モダリティの安全性プロファイルの明確化、そして人間での研究への規制経路です。
もしMerge Labsが使用可能な帯域幅と堅牢な安全性を持つ非侵襲的インターフェースを実証できれば、脳コンピュータインターフェースは病院に閉じ込められた専門分野からAIのための大量市場向け入力層へとシフトする可能性があります。それは、人々が機械で創造し、学び、コミュニケーションする方法を根本から変える結果となるでしょう。
【用語解説】
脳コンピュータインターフェース(BCI)
脳の神経信号を直接読み取り、コンピュータやデバイスを制御する技術。侵襲的(手術で脳に埋め込む)と非侵襲的(頭皮や頭蓋骨の外から測定)の2つのアプローチがある。
超音波神経調節
超音波を使って非侵襲的に脳の神経活動を刺激または抑制する技術。音波の機械的圧力が神経細胞の機械感受性イオンチャネルを活性化することで効果を発揮する。
ガスベシクル
浮力を持つ微生物が持つ中空のタンパク質ナノ構造。超音波のイメージングに利用でき、遺伝子工学的に改変することで神経細胞を超音波に反応させる「アコースティックアンテナ」として機能させられる。
The Merge(ザ・マージ)
サム・アルトマンが2017年に発表した概念で、人間と機械の知能が融合するプロセスを指す。彼は2025年から2075年の間に起こると予測し、超知能AIと共存するための最良のシナリオと位置づけた。
OpenAI Startup Fund
OpenAIが運営するベンチャーキャピタルファンド。AI分野の有望なスタートアップに投資し、OpenAIのエコシステムを拡大している。
【参考リンク】
Investing in Merge Labs | OpenAI(外部)
OpenAIによるMerge Labsへの投資発表。BCIを次世代インターフェースと位置づけ、協力内容を説明
Shapiro Lab – Caltech(外部)
ミハイル・シャピロ教授の研究室公式サイト。超音波イメージングと神経調節の最新研究を紹介
Forest Neurotech(外部)
タイソン・アフラオとサムナー・ノーマンが共同創業した非営利BCI研究組織の公式サイト
Neuralink(外部)
イーロン・マスクが創業した侵襲的BCI企業の公式サイト。埋め込み型デバイスN1の情報を提供
The Merge – Sam Altman(外部)
サム・アルトマンの2017年のブログ投稿。人間と機械の融合についての思想を展開
【参考記事】
OpenAI invests in Sam Altman’s brain computer interface startup Merge Labs | TechCrunch(外部)
OpenAIのMerge Labs投資を詳報。2億5000万ドルのシードラウンド、8億5000万ドルの評価額を確認
OpenAI invests in brain-computer interface developer Merge Labs – SiliconANGLE(外部)
Merge Labsの技術アプローチ、超音波モジュールと非侵襲的BCIの詳細を解説
Neuralink raises $650M at reported $9B pre-money valuation – SiliconANGLE(外部)
Neuralinkの2025年6月シリーズE資金調達、90億ドルの評価額に到達したことを報告
Investigator Profile: Mikhail Shapiro, PhD, at Caltech – Focused Ultrasound Foundation(外部)
シャピロ教授の研究内容を詳説。ガスベシクル、超音波イメージング、神経調節の最前線
Forest Neurotech Gets $14 Million – Los Angeles Business Journal(外部)
Forest Neurotechの1400万ドル資金調達を報告。エリック・シュミットからの支援を含む
【編集部後記】
キーボードやタッチスクリーンを介さず、思考だけでAIとコミュニケーションできる未来。SF映画の世界が、こうして現実に近づいています。今回のOpenAIによるMerge Labs投資は、AIの進化が「ソフトウェアの性能向上」から「人間との接続方法の革新」へとシフトしていることを示しています。
脳とAIを直接つなぐ技術は、重度の障害を持つ方々の生活を劇的に改善する可能性を秘めている一方で、健康な人々の認知能力を拡張するツールにもなり得ます。ただし、プライバシー、安全性、そして「人間らしさ」とは何かという根本的な問いも投げかけます。
みなさんは、自分の思考を直接AIに伝えられる未来をどう感じますか?便利さと引き換えに、私たちは何を手放すことになるのでしょうか?



































