57年前の今日、ロンドンの冬空の下で、世界を変える42分間が始まりました。
午後12時30分。サヴィル・ロウ3番地、Apple Corps本社ビルの屋上。ランチタイムのオフィス街に、突如としてビートルズの演奏が響き渡ります。通りを行く人々が立ち止まり、周辺ビルの窓から顔を出し、やがて警察が到着する。ジョン・レノンの最後の言葉は皮肉に満ちていました。「グループと私たち自身を代表して、ありがとうと言いたい。オーディションに合格したことを願うよ」
これが、ビートルズ最後の公開パフォーマンス、通称「ルーフトップ・コンサート」です。計画されたハプニング。許可のない演奏。都市の真ん中で鳴り響く、招かれざる音楽。
都市は誰のものか?
1969年、二つの屋上——ロンドンと東京
ビートルズがロンドンの屋上で演奏していた5ヶ月後、東京・新宿駅西口地下広場で、別の音楽が生まれていました。
1969年2月下旬。毎週土曜日の夜、ギターを抱えた若者たちが地下広場に現れます。「友よ」を歌い、「機動隊に入ろう」の替え歌を歌い、ベトナム戦争への反対を訴える。これが「新宿西口フォークゲリラ」の始まりでした。
最初は小規模だった集会は、5月には数千人規模に膨れ上がります。ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)を中心とした若者たちが、地下広場を埋め尽くす。歌い、議論し、共に在る。それは単なる音楽イベントではなく、公共空間を占拠する政治的行為でした。
1969年6月28日。機動隊が突入します。ガス弾が使用され、60名以上が逮捕される。そして一夜にして、「西口広場」は「西口通路」へと名称を変更されました。道路交通法が適用され、集会は事実上禁止となります。
ロンドンの屋上と東京の地下。1969年、世界中の都市で同じことが起きていた。音楽が場所を求め、権力が規制し、若者たちが抵抗する。
2026年の路上——高円寺、川崎、新宿南口
57年後の今日。日が暮れた高円寺駅北口で、誰かがギターを弾いています。
ギターが一本。マイクも一本。共鳴した人々の人だかり。通りかかった警官は、見て見ぬふり。これが高円寺の「文化」です。路上ライブをする人も、聴く人も、取り締まる側も、誰もがこのグレーゾーンを了解している。川崎でも、新宿南口でも、同じ光景が繰り返されます。
ただし、ルールは変わりつつあります。
川崎駅東口では、2025年8月から「川崎駅東口ストリートミュージックパス」という登録制が始まりました。演奏時間は正午から午後9時まで。アンプは10W以内1台のみ。大音量の楽器は禁止。これは「音楽のまち」を掲げる川崎市の苦肉の策です。路上ライブを文化として守りたい。しかし公共空間としての機能も保たなければならない。
新宿南口は、より複雑です。横断幕には「路上ライブ禁止」と大きく書かれています。しかし毎日、誰かが歌っている。警察が注意し、演奏者が撤収し、また別の誰かが現れる。いたちごっこは続きます。
法的には、道路でのライブは道路使用許可が必要です。しかし実際には、ほぼ取得不可能。東京都内で路上ライブの許可が下りることは、まずありません。つまり、すべての路上ライブはグレーゾーンにある。
黙認と取り締まり。寛容と規制。その境界線は、どこにあるのでしょうか?
SNSで告知される「ゲリラ」という矛盾
「今日18時から高円寺でライブします!」
Instagramのストーリーズに投稿された告知を見て、ファンが集まります。TikTokでライブの様子が拡散され、YouTubeにアーカイブが上がる。これが2026年の「ゲリラライブ」です。
ゲリラライブの定義は、「告知や宣伝を一切せず、突然路上や広場で行う生演奏」のはずでした。しかし今、SNSなしのゲリラライブはほぼ存在しません。事前に告知し、ファンを集め、その様子を配信する。「ゲリラ」はマーケティング戦略になりました。
川崎で問題視されたのも、まさにこの点です。SNSでの開催予告により観客数が増大し、通行の妨げになる。本来の「突然性」は失われ、計算された「バイラル戦略」へと変質している。
ビートルズのルーフトップ・コンサートは、映画『レット・イット・ビー』のクライマックスとして計画されていました。10台ほどのカメラが配置され、地下スタジオで録音される。それは「ゲリラ」でありながら、綿密に設計されたイベントでもあった。
1969年の新宿西口フォークゲリラも、毎週土曜日という定期性がありました。「突然」でありながら、反復される「予定」でもあった。
おそらく、完全な「ゲリラ」など、最初から存在しなかったのかもしれません。
都市の余白、あるいは音楽の場所
57年前の今日、ロンドンのビジネスマンは「この騒音を止めろ」と苦情を入れました。5ヶ月後、東京では機動隊が催涙弾を使用しました。そして2026年、川崎では登録制が導入され、新宿では禁止の横断幕が掲げられています。
都市は効率を求めます。通行の円滑化、治安の維持、秩序の管理。一方、音楽は場所を求めます。聴衆、空間、偶然の出会い。
この緊張関係は、57年間、何も変わっていません。変わったのは、技術だけです。8トラックレコーダーはスマートフォンになり、映画フィルムはTikTokになった。しかし「許可されていない場所で音楽を鳴らす」という行為の本質は、1969年も2026年も同じです。
高円寺の路上で、誰かが今日もギターを弾いています。警官は見て見ぬふりをし、通行人は立ち止まり、あるいは通り過ぎていく。それは違法でもなく、合法でもない。ただ、そこにある。
都市に余白は必要でしょうか?
Information
参考リンク:
- The Beatles公式サイト「1969年1月30日ルーフトップ・コンサート」
- 東京新聞「地下広場のフォーク集会(1969年)」
- 川崎市「川崎駅東口駅前広場での音楽演奏について」
- 音楽のまち・かわさき推進協議会
- Wikipedia「新宿駅西口地下広場」
用語解説:
- フォークゲリラ:1969年前後に日本各地で発生した、路上や地下広場でフォークソングを歌う若者たちの自然発生的な集会。反戦運動と結びついていた。
- ベ平連:ベトナムに平和を!市民連合。1965年に結成されたベトナム戦争反対運動の市民団体。
- 道路使用許可:道路交通法第77条に基づき、道路で一般交通に影響を及ぼす行為を行う際に必要な許可。路上ライブはこれに該当するが、実際には許可が下りることはほぼない。






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