電球が社会へ入っていった日
1880年1月27日、トーマス・エジソンは白熱電灯に関する特許(米国特許223,898)を取得しました。この技術がやがて街の設備になり、生活の前提に溶けていきます。
いまとなっては、白熱電球を見る機会は減っています。それでも、この技術が引き金になった変化は、照明器具の世代交代にとどまりませんでした。
19世紀には、都市の通りにガス灯が並び始めています。石炭ガスを作り、パイプで送り、街灯として燃やす。灯りはすでに「都市の設備」でした。
ただ、ガス灯も火です。燃料の供給が要り、熱が出て、煤が出ます。屋内に持ち込めば換気の問題も出ます。灯りは便利であっても、扱うには条件が付いて回りました。太陽の明かりは日没という大きな制約があり、火の明かりは燃料や安全、管理のコストを抱えていました。
白熱電灯はこれらの問題の多くを解決していきました。
電気がインフラになったとき
1882年9月4日、ニューヨークのパール・ストリート発電所が稼働し、一定の区域で送電が始まりました。中央で発電し、配電し、料金を取り、保守する。電気は道具ではなく、事業として都市に根を張ります。
ここから、電灯は「個々の家が用意するもの」から「街が提供するもの」へ比重を移していきます。電気のインフラが広がるほど、特別な出来事ではなく、いつでも使える前提になっていきました。
そうすると、より夜が使える時間へと変わって行きました。工場の稼働、店舗の営業時間、学びや読書、娯楽。電灯は夜の空白を埋め、社会の稼働時間を押し広げていきます。
電気が広がる過程では、直流と交流の競争も起きました。結果として交流は変圧器と組み合わさることで長距離送電に向き、広域に電力を届ける設計が現実味を帯びます。配電という発想が強くなるほど、灯りは点ではなく面として増えていきました。
光は「街の外側」へ
1880年代、カール・ガスナーによる乾電池の改良は、液漏れしにくく、扱いやすい電源を現実に近づけました。携帯できる電源が整うと、小型電球と組み合わさり、持ち運べる灯りが普及していきます。
1899年には携帯用の電気灯に関する特許も成立しており、懐中電灯の系譜がこの頃に形になります。
街が明るくなっても、暗い場所は残ります。暗い倉庫の奥、路地の先、農地など郊外の作業、洞窟や坑道のような閉じた空間です。携帯灯は、光の届かない空間に「持ち込める明るさ」を与えました。行動の許容範囲が広がると、空間は広がります。光の技術は、人が使える時間と、行ける場所の両方を押し広げていきました。
光は「灯り」から「意味」に
20世紀を通じて電気は普及し、灯りは前提になります。ここで次の変化が起きます。光が「照らす」だけでなく、「示す」ためのものへ比重を移していきます。
その「示す光」を、早い段階で日常にしたのがディスプレイでした。ブラウン管は、電子ビームで蛍光体を発光させ、面の上に文字や画像を描きます。部屋を明るくするための光ではなく、情報そのものとしての光が、家庭や職場に入り込んでいきました。
液晶は、さらに別のやり方で光を面にします。液晶ディスプレイは自ら強く光るというより、背後の光を通す・遮ることで文字や画像を形にします。1960年代後半には、液晶の反射光を電子的に制御する方法が示され、表示としての可能性が具体化していきました。
1962年、ニック・ホロニアックが可視光LED(赤色)の実証を行いました。光は熱いフィラメントではなく、小さな半導体素子として作れるようになります。LEDは、表示灯やサインのような「点の光」を増やし、扱いやすくしていきました。
さらに1990年代の高効率青色LEDの実現は、白色LED照明の普及を可能にしました。2014年のノーベル物理学賞は、この青色LEDの発明が「明るく省エネルギーな白色光源」を可能にしたことを評価しています。
LEDは光を部品にしました。照明器具だけでなく、信号、サイン、車載、家電の表示などに入り込みます。光源は一点である必要がなくなり、粒として並べられます。ディスプレイでも、背後の光源や表示そのものがLEDへ置き換わることで、光はより薄く、より身近に組み込まれていきました。
ここで私たちが接しているのは、明るさそのものというより、意味を運ぶ光です。文字、図、写真、動画。光は背景ではなく、情報の形になります。
光がもたらしたもの
いま私たちは、光っているものから情報を受け取っています。スマートフォン、PC、駅の案内板、車のメーター、家電の表示。夜中でも街は昼のように明るく、個人の部屋で多くの作業ができるようになりました。
灯りは、人間から暗闇という制約を取り除き、情報の受け渡しを加速させました。便利さだけではなく、生活の設計そのものに影響してきました。
しかし、夜空を見上げた時、空に星は輝いているでしょうか。光とは、時に何かを見失わせるのかもしれません。
【Information】
Thomas Edison’s Patent Application for the Light Bulb|National Archives (NARA)(外部)
エジソンの電球特許(1880年)の資料ページ。特許文書の位置づけや読み解きの観点がまとめられており、歴史的背景を確認できる。
Thomas Edison National Historical Park|National Park Service (NPS)(外部)
エジソンの研究所と邸宅を保存する国立公園の公式サイト。施設概要や展示情報、エジソンの活動を辿る基礎情報がまとまっている。






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