NASAは2026年1月27日、2025年12月6日を最後に通信が途絶えた火星周回探査機MAVEN(Mars Atmosphere and Volatile Evolution)について、正式な異常調査委員会を設置した。
最後のテレメトリー受信は12月4日で、12月6日には断片的なトラッキングデータのみが取得された。このデータは探査機がタンブリング状態で軌道が変化した可能性を示している。
ESAマーズ・エクスプレスの元運用マネージャー、ジェームズ・ゴドフリー氏は、セーフモードに入れなかったことから機内コンピュータ故障やバルブ固着、燃料切れ、リアクションホイールの問題などでスラスターが不均衡に作動した可能性を指摘した。
MAVENは2014年9月22日に火星軌道に到達し、当初2年間の予定を大幅に超えて10年以上稼働してきた。2025年12月29日から2026年1月16日まで続く太陽合が接触試行を困難にしている。探査機の熱状態、電力状態、位置は不明で回復の見込みは低いとされる。
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NASA begins formal anomaly review after MAVEN probe lost in space
【編集部解説】
10年以上にわたって火星の大気を観測し続けてきたMAVENが、2025年12月6日に突如として沈黙しました。この事態が示すのは、単なる一探査機の喪失ではなく、惑星科学における重要な観測資産の損失と、深宇宙探査の脆弱性という二重の課題です。
MAVENは2014年9月に火星軌道に到達して以来、火星の大気がどのように宇宙空間へ失われていくかを観測してきました。この研究は、かつて液体の水が存在した火星がなぜ現在のような冷たく乾燥した惑星になったのかを解明する鍵となるものです。当初2年間の予定だったミッションは、探査機の健全性が維持されたことで5回にわたって延長され、10年以上の長期観測を実現していました。
今回の通信途絶で特に懸念されるのは、探査機がセーフモードに入れなかったという点です。通常、宇宙機は異常を検知すると自動的にセーフモードに移行し、最小限の機能で待機状態になります。しかしMAVENはこのフェイルセーフ機構すら働かなかったことが示唆されており、何らかの深刻な機内トラブルが発生した可能性が高まっています。
最後のテレメトリー(探査機の状態データ)が受信されたのは2025年12月4日でした。その2日後の12月6日、MAVENが火星の裏側を通過する際に実施されていた電波科学キャンペーンで、わずかなトラッキングデータの断片が回収されました。この限られたデータの解析から、探査機が予期しないタンブリング(回転)状態にあり、軌道が変化した可能性が浮上しました。
ESAマーズ・エクスプレスの元運用責任者であるジェームズ・ゴドフリー氏は、この状況から「エネルギー的な事象」が発生したと推測しています。火星軌道には宇宙デブリがほとんどないため、外部からの衝突ではなく、機内の問題である可能性が高いとされています。
考えられる原因としては、機内コンピュータの故障、バルブの固着、燃料切れ、リアクションホイール(姿勢制御装置)の問題などが挙げられています。いずれのシナリオでも、スラスターが不均衡に作動し、探査機が自律的に姿勢を回復できなくなったと考えられます。実際、MAVENは2022年以降、慣性計測装置(IMU)の故障に悩まされており、2022年には恒星の位置を使った「全恒星モード」に切り替えて運用を続けていました。
回復作業をさらに困難にしているのが、天文現象である太陽合の存在です。太陽が地球と火星の間に位置する2025年12月29日から2026年1月16日までの期間中、通信は事実上遮断されます。NASAは1月16日まで本格的な接触試行を再開できない状況にあり、その間、探査機の熱状態や電力状態がどのように変化するか予測できません。
MAVENの喪失は科学的観測だけでなく、運用面でも大きな影響を及ぼします。探査機は火星表面のCuriosityとPerseveranceローバーと地球を結ぶ通信中継としても機能しており、この役割の一部が失われることになります。幸い、2001年に打ち上げられたMars Odysseyと2005年に打ち上げられたMars Reconnaissance Orbiterが引き続き稼働していますが、これらはMAVENよりもさらに古い探査機です。
興味深いのは、MAVENが予算的にも岐路に立たされていたという点です。2024年の年間運用コストは2260万ドルでしたが、2026会計年度の予算案ではMAVENへの資金がゼロとされていました。「当初のミッション期間を大幅に超えて運用されている」という理由で終了が検討されていたタイミングでの通信途絶は、ある意味で皮肉な結末と言えるかもしれません。
NASAが2026年1月27日に正式な異常調査委員会を設置したことは、回復の見込みが厳しい一方で、何が起こったのかを徹底的に理解しようとする姿勢を示しています。将来の深宇宙ミッションにおいて同様の事態を防ぐため、あるいは発生時の対処方法を確立するため、この調査は極めて重要です。
深宇宙探査における通信途絶は、決して珍しいことではありません。2023年にはVoyager 2との通信が一時的に途絶しましたが、数日後に回復しました。しかしMAVENの場合、既に1ヶ月以上が経過し、探査機の状態に関する情報がほとんどない状態が続いています。現在の位置すら特定できていないという事実が、事態の深刻さを物語っています。
MAVENの運命は未だ不明ですが、この事態は惑星探査における冗長性の重要性を改めて浮き彫りにしました。老朽化した探査機群に依存する現在の火星通信インフラは、予想以上に脆弱であることが明らかになったのです。
【用語解説】
MAVEN(Mars Atmosphere and Volatile Evolution)
火星大気・揮発性進化探査機。NASAが2013年11月に打ち上げ、2014年9月に火星軌道に到達した探査機。火星の上層大気、電離層、太陽風との相互作用を研究し、火星がどのように大気を宇宙空間に失っていったかを解明することを目的とする。
タンブリング
宇宙機が制御を失い、予期しない回転運動をしている状態。通常、宇宙機は姿勢制御システムによって安定した向きを保つが、何らかの異常によりこのシステムが機能しなくなると、タンブリング状態に陥る。
セーフモード
宇宙機が異常を検知した際に自動的に移行する保護状態。すべての非必須システムを停止し、最小限の機能のみで待機することで、探査機の安全を確保し、地上からの指令を待つ。
太陽合(Solar Conjunction)
太陽が地球と火星の間に位置する天文現象。この期間中、太陽からの電磁波が通信を妨害するため、火星探査機との通信が困難または不可能になる。
Deep Space Network(DSN)
NASAが運用する深宇宙通信ネットワーク。カリフォルニア、スペイン、オーストラリアの3箇所に設置された大型パラボラアンテナ群で構成され、地球から離れた宇宙機との通信を担う。
リアクションホイール
宇宙機の姿勢制御に使用される装置。ホイールを回転させることで、反作用として宇宙機の向きを変える。燃料を消費しないため、長期ミッションで重要な役割を果たす。
慣性計測装置(IMU: Inertial Measurement Unit)
宇宙機の加速度や角速度を測定する装置。宇宙機が自身の位置や姿勢を把握するために不可欠。MAVENでは2022年以降、IMUの故障が報告されていた。
【参考リンク】
NASA – MAVEN Mission(外部)
NASAによるMAVENミッションの公式ページ。ミッションの目的、成果、最新の状況が掲載されている。
The Planetary Society – MAVEN(外部)
惑星協会によるMAVENの解説ページ。ミッションの科学的意義やコスト、成果について詳しく説明されている。
LASP – MAVEN(外部)
コロラド大学ボルダー校の大気宇宙物理学研究所によるMAVENプロジェクトページ。運用主体による詳細な情報を提供。
【参考記事】
NASA loses contact with MAVEN Mars orbiter – SpaceNews(外部)
MAVENとの通信途絶の経緯、探査機の技術的問題の履歴、予算状況について詳しく報じている。
A NASA spacecraft orbiting Mars may be dead – NBC News(外部)
12月6日の通信途絶から約1ヶ月後の状況、タンブリング状態の詳細について報じている。
NASA Continues MAVEN Spacecraft Recontact Efforts – NASA Science(外部)
NASAによる公式アップデート。12月6日のトラッキングデータ断片の解析結果について詳述。
Mars MAVEN Mission May Be Lost in Space – Sky & Telescope(外部)
MAVENの科学的成果、11年間の太陽活動サイクル全体の観測実績について報告している。
NASA’s MAVEN spacecraft is still silent at Mars – Space.com(外部)
12月15日時点での状況アップデート。予期しない回転状態、軌道変化の可能性について解説。
【編集部後記】
火星を周回する探査機が突然沈黙するという事態は、私たちに深宇宙探査の難しさと儚さを改めて思い起こさせます。MAVENは10年以上にわたって火星の大気を観測し続け、火星がかつて温暖で水に満ちた惑星だった可能性を示す重要なデータを送り続けてきました。今回のような通信途絶は、技術的な課題だけでなく、予算削減の圧力にさらされる宇宙探査の現実も浮き彫りにしています。皆さんは、科学的使命を果たし続ける探査機と、それを支える予算や政策のバランスについて、どのようにお考えでしょうか。遠く離れた火星で孤独に回り続けるかもしれない探査機の物語は、私たちに宇宙探査の価値とは何かを問いかけているように思えます。






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